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シンデレラの継姉はまだ死にたくない

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 死んだら異世界に転生していた、なんて漫画みたいなことがほんとに自分の身に起きるだなんて、誰が予測できたのだろう。
 貴族の娘として生まれた私は八歳の誕生日に自分の前世を思い出した。それから十年間過ごしているうちに、いくつか気づいたことがある。
 私の母が再婚していること、再婚相手の子供がものすごく美人でそれを妬んだ母親と姉さまが虐めていること、召使い同然の扱いをされているその子供の名前がシンデレラなこと。
 そう、私が転生した世界はおそらくあのおとぎ話で有名なシンデレラなのである。……何故断言せずにおそらくと言っているのか。それは、シンデレラという話はいくつかのパターンに分かれているからである。


 一般的に有名なものとしては、魔法使いのお婆さんのおかげで舞踏会に行き、そしてそこで王子様に見初められ、なんやかんやあった後に無事結婚してハッピーエンドになるものだ。大体の人はシンデレラという言葉を聞いてこの話が思い浮かぶだろう。
 だが、シンデレラは古くからあるおとぎ話……。当然、時代によって話の内容が変化していくのである! ガラスの靴じゃなくて金の靴だったり、そもそも魔法使いのお婆さんが登場していなかったり、シンデレラが舞踏会に三回くらい行っている場合のものもある。しかも、現代ではシンデレラをもととした作品など山のようにあるので、この世界がシンデレラをモチーフにした映画とか漫画とか、ゲームだった場合、完全に私はお手上げなのである。
 そもそもどうしてこんなに話のパターンを気にしているのか。それは話の違いによって義姉たちの扱い、つまり私の処遇が決まるからである。良い方の結末は謝ったら許してくれるが、最悪なものだと鳥に目玉をつつかれて死亡するという救いのないものになっているのである。勿論、これらの処遇はシンデレラを虐めていたが故の罰であり、召使い扱いを止めればこんなことにはならないとは思うのだが……それでも不安なものは不安なのである。前世の記憶も蘇った私はさりげなーくシンデレラを助けていたつもりだが、それでも彼女が毎日大変な思いをしているのは事実だ。彼女に弾劾されてしまっても胸を張って無罪を主張することはできない。
 とりあえず今の段階でどのパターンのシンデレラなのか考えてみよう。恐らく有力なのはグリム版だ。何故かと言えば、シンデレラの実母が眠っているお墓が家の裏にあり、そこにハシバミの木が植えられているからである。ちなみに鳥に目玉をつつかれる結末はグリム版の方である。
「どーしよー!! もうおしまいだぁ!」
「急に騒ぐんじゃねえよ! うるっせぇなぁ」
 世界の終わりと言わんばかりに嘆く私に、メジャーを持った男が怒鳴る。そして頭を抱える私に優しくすることも心配することも無く、器用に腕や肩幅をメジャーで測って手元のメモ帳に書きつけていった。
 この男の名前はテオドア、アルペンハイム男爵家の三男だ。貴族であるが表舞台には立たず、彼の家が経営している仕立屋で働いている。歳は私と一つ違いの十九歳だ。仕立てのセンスや技術がずば抜けており、彼が作ったドレスが次の舞踏会の流行になるとまで言われている。さらに仕立屋としての腕だけでなく、端正な顔立ち、均整の取れた体つきも相まって、黙ってさえいれば絵本に出てくる王子様のようだ。確かに、髪は長いのにサラサラだし、エメラルドのような緑色の瞳も見惚れてしまうほど綺麗である。
 ただ、このというのは、彼の性格は良くも悪くもさっぱりしており、ついでに口が悪いのである。流石に客の前では敬語を使う時もあるらしいが、時間が経つとついつい失言をしてしまうのだとか。だから、普段は彼ではなく他の人がお客さんと接することになっている。付き合っていけば彼が優しい人であることは分かるのだが、そこにたどり着くまでが長いので仕方が無いとは思う。私は彼のあけすけな物言いはあまり気にしたことが無いのと、小さいころからの縁で直接来てドレスの相談をさせてもらっている。まあ、たまにドレスだけじゃなくて他の事も相談させてもらってるのだけども。
「で? 何をそんなにぴーちくぱーちく騒いでんだ。別に太ったわけじゃねえだろうに」
「いや、体形の事じゃなくて。えーと……例えばの話なんだけどさ」
「何だ」
「テオドアが虐められてるとして、もし自分がその虐められてる人たちよりも偉くなったらどうしたい?」
「殺す」
「怖いよ! ちょっと食い気味に言われるのが一番怖いよ!」
「まあ冗談はさておき、殺すとまではいかなくても普通に仕返しはするだろ。減給するとか、もっと上の人間に言いつけるとか」
「だよねぇ……」
 そりゃそうだ。私だってシンデレラと同じ立場なら仕返しくらいはしたいと思うし、多分する。でも、今回の私はする側じゃなくてされる側だ。肝心の舞踏会の日も近い。今日のテオドアもその舞踏会のドレスを作るために来ているのだ。
「てか急にどうしたんだよ。貴族のオジョーサマには敵が多いってか?」
「敵というか、自業自得というか、因果応報というか……いや、出来ることはするつもりだけどね」
「あ?」
 そうだ。自分が死ぬと分かっていて何もしないまま日々を過ごすほど私も馬鹿じゃない。考えうる不安要素は全て潰せばよいのだ!
「テオドア、追加発注をしてもよろしくて?」
「追加? 何だ、お貴族様は随分と景気がいいんだな」
「家じゃなくて私個人のお願いなの。後、作るのは私じゃなくて、シンデレラのドレスだよ」 
 声を潜めてそう言うとテオドアは少し驚いたようで眉を上げた。それもそうだろう、頻繁に出入りしているテオドアもシンデレラの正体とその待遇について知っている。もし私がシンデレラにドレスでも与えようものなら、お母様と姉さまの不興を買うことは容易に想像できるだろう。
「俺としちゃあ別に構わねえが」
「で、そのドレスをシンデレラにこっそり渡してほしいのよ。お母様たちにバレるといけないから舞踏会当日に渡してほしい。もしシンデレラに何か言われたら、私からってことは秘密にして上手いこと話しておいて。あ、あとこのことは私以外には秘密で、できれば店側でも話す人は口が堅い人だけにしてね」
「仕立屋にするにしちゃあ、注文が多いな。一体何考えてんだ?」
「秘密。全部終わったら話してあげるよ。で、受けるの、受けないの?」
「……面白そうだし、受けてやるよ。ただし」
「ただし?」
「報酬に金とは別で俺の願い事を一つ、叶えてもらおうか。なに、そんな難しいことじゃねえ。あるドレスを着て舞踏会に出て欲しい」
「ドレスを着て舞踏会に出る?」
「要は宣伝だな。うちの店はこんな商品もできるんですよってのを貴族様方に見せたいわけ。まあまだドレスの型紙もできてないんだが」
「ってことは、今度の舞踏会じゃなくてまた別の機会にそのドレスを着ればいいのね」
「そう言うことだ。出来れば参加者の数は多ければ多いほどいいが、そこは流石に文句は言わねえよ」
「それで作ってもらえるならお安い御用よ。見世物だって何だってなってやるわ」
「おー、気合入ってんな。当日もそのくらいで頼むわ」
 おとぎ話のストーリが決まっているのであれば、結末に至るまでの道筋をごちゃごちゃにすればよいのではないか、という考えに私は至った。ようはタイムパラドックスみたいなことを起こそうという訳である。というわけで、シンデレラには不可思議な力ではなく、現実的な方法で舞踏会に行ってもらい、そこで王子様といい仲になってもらうことにした。そうすれば、少なくともグリム版の話の道筋からは逸れるわけだから、結末も死ぬんじゃなくて離婚くらいで済むかもしれない。 
 あとグリム版もペロー版も二回ほど舞踏会に行っているので、できれば一回で王子様に靴が渡るようにしたい。これはストーリーをごちゃごちゃにするだけではなく、単純に私が舞踏会が面倒くさいからというのもある。私の自意識は中流家庭の女なので腹の探り合いやらお上品な会話なんかは疲れるのだ。テオドアみたいに良くも悪くも素直な人なら接しやすいのだが。
「おい、ローズ」
「ん、何?」
 テオドアが私の名前を呼ぶ。彼が差し出したのは色とりどりの布地だった。
「とりあえず今はお前のドレスだ。希望の色はあるか?」
「色か、そうだなぁ……」
 とりあえず今やるべきことはやったので、私のドレス作りに集中する。あーだーこーだと話し合いながら進めていく中、テオドアの中である計画が進行していることに、私は全く気付かないのであった。
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