じゃじゃ馬婚約者の教育方針について悩んでいます。

萌菜加あん

文字の大きさ
40 / 118

40.ウォルフの逆襲

しおりを挟む
ピキンっ! 
という擬音語と共に、
その場の空気が凍り付いた。

オリビアの白目には、
無数の毛細血管が浮き出している。

「ちょっ……ちょっ……ちょっと、
 ねぇ、落ち着いて?」

オリビアをエスコートするルークが、
高速で目を瞬かせている。

「殺す!」

オリビアの瞳孔が開き、
ぽそりと物騒な言葉を漏らすと、

ルークがオリビアを羽交い絞めにして、
にっこりと笑い、

「ウォルフ……ハウス」

小声で囁いて寄越す。

「俺は犬かっ!」

オリビアは屈辱に頬を染めるが、
まったく身動きが取れない。

「無駄だよ? 
 もがけばもがくほど食い込むようになってるから、
 やめときな」

ルークは涼しい笑みを絶やさない。

(コイツっ!!! 
 美少女みたいな顔してるくせにっ!!!)

オリビアはきつく唇を噛み締めた。

剣術においては、おそらく自分の方がわずかに上、
シェバリエは、ほぼ互角。

しかし体術だけは、どうしてもコイツには敵わない。

「今は僕と争ってるときじゃないでしょ?
 しっかりしなっ!」

その囁きにオリビアは現実に戻される。

「ユウラを愛しているというのなら、
 ちゃんとオリビア様を演じ切らなくちゃ……ね」

ルークの言葉に、オリビアはぐうの音も出ない。

そして小さく息を吐くと、
その顔に笑みを称えた。

「そのドレスはあなたが選んだの? エドガー。
 ユウラによく似合ているわ」

ユウラが泣きそうな顔をして、
オリビアを見つめている。

「そうでしょう? 姉上。
 せっかくアカデミーをあげての姉上の歓待の宴なのに、
 こいつだけ冴えない軍服なんかを着ていたんですよ」

エドガーが不服そうに口を尖らせた。

「それはわたくしも気が付かなかったわけではないの。
 でもね、エドガー、ユウラにはすでに婚約者がいるのに、
 その婚約者の留守に、他の男性のエスコートを受けるのは
 あまり関心しないわね。変な噂が立ってもよくないわ」

エドガーはオリビアの言葉を鼻で嗤い、
軽薄な笑みを浮かべた。

「婚約者……ねぇ。
 だが所詮は政略結婚だ。
 自分の結婚相手を、
 他人に決められる制度って、どうなんでしょう。
 本人の意思でもあるまいに、そんなものに縛られるなんて
 彼女も可哀そうですよ」

そう言ってエドガーは、
意味ありげな視線をユウラにくれる。

「おっと、姉上、
 では失礼!」

ユウラの細い腰に手を回し、
その場を立ち去るエドガーを見つめるオリビアの瞳孔が再び開く。

ゴッゴッゴッ……。

そんな地獄の地響きのような擬音語とともに、
凄まじい気迫をその身に宿す。

オリビアは無言のままに、ルークの襟首を引っ掴んで
控室にさがる。

「えっ? ちょっと……」

現状を把握できないルークが高速で目を瞬かせると、、

「なあに。ほんの二時間くらいの辛抱だ。
 長い人生、たった二時間くらいこの俺のために、
 頑張ってみても罰はあたらないんじゃないか?
 なあ、ルーク」

瞳孔の開いたオリビアが、
ルークを壁際に追い詰めて、
壁ドンを炸裂させる。

「いや……だから君は一体何を考えて……?
 あっ、ちょっと待って。
 いっ……嫌ぁぁぁぁぁ!!!」

オリビアの控室に、ルークの悲鳴が響き渡った。

◇◇◇

「うっわー、マジっすか?」

ウォルフによって呼び出された、
エルライドが半笑いでその光景を眺めている。

「まあ、そういうことだから、
 コイツのルークエスコート役、よろしく頼むわ」

ルークと衣装を取り換えて、
オリビアはウォルフに戻り、

銀の光沢のあるタキシードを身に纏う。

一方ルークは、

先ほどオリビアが着ていた、
ワインレッドのドレスとイミテーションのティアラを頭に頂き、
完璧な美少女へと変貌を遂げている。

「僕は……穢れてしまった」

鏡に映った姿に衝撃を受けているらしく、

ルークは椅子の上で、
がっくりと肩を落として真っ白に燃え尽きている。

「なあに、それベールで顔を隠して、
 几帳の後ろに隠れてたら、すぐに終わる。
 今度メシおごるわ」

そう言い置いて、ウォルフが部屋を後にした。

残されたエルライドが、
笑いを堪えきれずに涙目になっている。

◇◇◇

「えっ? ユウラさん???」

エドガーにエスコートをされるユウラを、
クラスメートの友人たちが二度見する。

そしてざわめきが起こる。

国のトップアカデミーに通うのは、
大体が貴族の子弟や、
有力議員など上流階級に属するものたちの子弟である。

ゆえに幼少期から、
その素性は知れており、

特に国王陛下の声掛けにより取り決められた
宰相家のウォルフと将軍家のユウラの婚約は、
この場に知らぬ者はいない。

それに幼少期、それこそ初等部のころから、
ウォルフのユウラに対する溺愛っぷりは筋金入りで、

誰しもにユウラにちょっかいをかけようなどという、
不埒な思いを抱かせる隙すら与えなかった。

家柄、実力、すべてにおいて完璧な、
この男に挑む命知らずは、この国にはいないだろう。

と誰しもが、
そのときまで信じてやまなかった。

しかし今、一人だけ、
ウォルフに身分で勝るその男が、
ユウラの細い腰のくびれに手を回している。

「嫌ですっ! やめてくださいっ!!エドガー様っ!!! 
 私はウォルフ・フォン・アルフォードの妻です」

ユウラは眦に涙を溜めて、
きつくエドガーを睨みつけるが、

エドガーはその手を離しはしない。

ユウラに拒否されればされるほど、
顔から表情が抜け落ちてゆく。

「妻……か。
 恋人ではないのだな」

俄かに放ったエドガーの言葉の毒に、
ユウラは口を噤んだ。

「お前は満足なのか? 
 そんな一方的に庇護されるだけの
 哀れな関係に」

エドガーが低く笑い声を立てた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...