花呪紋

藤雪花(ふじゆきはな)

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1、日の国

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 嵐が過ぎると、穏やかな浅瀬に突如、磐座が出現した。

 空から巨大な手が船をつまみ上げ、頭から斜めに押し込んだかのような難破船の偉容は、早朝に海岸に打ち上げられた魚や海藻を拾いに来た漁師の女たちが腰を抜かすほど驚愕させた。

 漂着者は百名を超えた。
 百歳を超える物知りの婆もはじめてのことである。
 足速が丸二日間休みなく駆け続け、この前代未聞の出来事を日の国の王である朱王に伝えた。
 派遣された通訳により、さらに衝撃的な事実が明らかになる。
 永遠に続くかと思われていた華王朝が鬼神のような男により一夜にして壊滅。
 さらに巨大な殷王朝が興ったというのだ。

 一の呪術師である過去視のお婆は、濁った眼だけを残して朱の布を全身にぐるりぐるりと巻く。

「厄災は海から訪れる。彼らすべてを抹殺せよ。我らの存在を決して目立たせてはならない」
 そうお婆が言えば、二の呪術師である先視のミナは、
「やがて訪れる厄災を避ける道は見えないけれど、海の向のその先は無数に枝分かれして、さらに百万に広がっている。そのすべてを辿りきれてはいないけれど、百万に一つは希望があるのかもしれない」
 といい、お婆と真っ向から対立した。

 二つの神託は多くの者たちを巻き込んだ。
 激論の末に朱王は結論を下す。

「船だけを見ても、殷国は人、技、財のすべてにおいて我々を凌駕する。お婆のいう通りに今ここで彼らを海神の元へ送り届けたとしても、わずかに厄災を先延ばしするだけで、十年後、百年後には大国の大軍が押し寄せ、我ら大地、末裔は蹂躙される定めは変わらないのだろう。そうであるならば、今こそ海に出でて百万にひとつの望みに託し、広大な大地に安寧の種をまこうではないか」

 こうして難破船を修繕し保護した者たちを故郷へ帰し、華国に成り代わった殷国王に朝貢する使者を立てることが決まったのである。

 しかし、帰りの約束ができない旅のため、思うように人員が集まらない。
 朱王は身分も部族も関係なく広く募ることにした。
 大役を引き受けたのは二十八名の老若男女であり、朱王の三人の娘も手を挙げた。

 織部の母の元に生まれながら舞人になることを望むアヤ。
 生まれた時から婚姻が定められていたタマ。
 先視のミナと双子でありながら聖痕をもたなかった、タダビトのニナ。
 刺青の護衛の中には、部族の掟を破った罪人のハヤトもいる。

 部族の掟や生業になじめないもの、天涯孤独な者など日の国で生きづらさを抱えた者たちや、不治の病に侵されている者、現役を終えても矍鑠とした老人など、元より戻るつもりのない者たちが名を連ねた。
 航海の祭式を終え、すべきことを終えた朱王は重い息を吐いた。
 生きている間に答えや結果を得ることはできないだろうと、朱王は思う。
 朱王の横には、彼と同様に海と空のあわいの船影に目を凝らす、若き呪術師のミナがいる。

 呪術師の印である聖痕は、ミナの左頬の大きな痣である。
 それは鳥の翼に例えられるが、朱王には花に見えた。
 朱王の立ち位置からはミナの頬は白くなめらかで、その口角はわずかに引き上がる。
 いつもは伏せられた瞳は煌めいていた。

「お前はニナか」

 ニナであるはずがなかった。
 呪術師は日の国で王よりも畏怖され大事にされる、籠の鳥。
 王の口から滑り出た問いに、娘は笑った。




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