神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

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第3夜、憑き物落とし

17-2、

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「美女じゃない?それに憑きもの落としですか……?」

 神坂は美女か憑きものか、どちらに反応したのだろうか。
 くすりと背中が笑う。 
 その瞬間、背筋に怖気が走った。
 わたしを守る背中に思わず腕を突っ張った。
 遊歩道を後を見ずに掛け抜けて、彼から逃げ去らないといけないという衝動が不意にわき上がる。
 紫苑もなにか感じたのか、彼も二歩三歩、よろけるようににじり下がり、距離を置いた。

「そうだよ憑きもの落としだよ!あんたもみただろ、獣のように喰らい付いて、噛みつき、切り裂き、吸おうとした。あれは、俺であって俺じゃない化け物だ。憑きものだ」
「ほんとうに、噛みついていたね。犬の憑きものだって?とても、可笑しなことを言うんだね」

 今度は声を上げて笑い出しそうな気配。
 この背中は本当に神坂晴海のものなのか。

「犬でも狼でも狐でもなんだっていい。今すぐこの憑きものを落としてくれるのなら、あんたの言い値を払う!」
「それを、祓ってしまっていいのか?」
「身長が伸びないのも、髪が伸びないのも、俺の身体が変なのも。全部これのせいならば、きれいさっぱり、金輪際、祓って欲しい。俺は呪われているんだ!」

 紫苑の苦悩と恐怖がとめどなくどうと流れ出だす。
 対峙する男は、その苦しむさまを眺めて楽しんでいた。
 思案気な口調でいう。

「さて、どうしようか。取引には対価が伴う。いまのままの、かわいい早坂紫苑でいたければ、女の生気を気を失わない程度に吸って、元気を充電して人間社会でまぎれて生きるということもできそうだが。そのかわいさならばいくらでも進んで生気を与えてくれる女がでてくるだろう。現に6人も印をつけただろう?」

 人は、自分が生きる社会を人間社会というのだろうか。
 早坂紫苑は激しく首を振った。

「飢餓感にさいなまれながら?成長しない身体を抱えながら?夢を追い大人になっていく友人たちの背中を見ながら?獣が俺の身体を乗っ取るのを阻止できないままに女の生気を吸って生きながらえるだって?」
「お前がそう望んだのだろう?」
「そんなの嫌だ!そんなの、人じゃない。化け物だ!俺は化け物として生きたくない!」

 紫苑は指を立てて顔をかきむしった。
 いつの間にか指には鋭い爪があった。
 爪は、幼さを残したかわいらしい顔を切り裂いた。
 とおろりと赤い血が幾筋も滴り落ちた。
 聞こえるはずない、ぽたり、ぽたりという血を吸う地面の音が頭に響く。

「ほう?その、かわいい皮をいらないというのか。ならば、その腹に、ご大層に抱えている大事なものを覗かせてくれるというのなら、その苦しみから解放してやってもいいが。ただし、元にはもどれないが、それでもよいというのならば」
 
 紫苑はうなずいた。 
 男は腕を伸ばして紫苑の腹を探り、くるりと返して引き出した。
 それはくるくると回る白い煙である。
 回りながら凝縮し、そして膨らんではまた凝縮する。
 赤黒い虫に取り憑かれていた藤原優子の魂とは違う、つかみところのない炎のような白い塊だった。

 あの男だった。
 
 空はよどみ、森の闇は闇に包まれて遠くに去る。
 いつの間に、神坂晴海は別人格のあの男にすり替わったのか。
 男は、神坂晴海にとりついている憑きものなのかもしれない。
 早坂紫苑にとりついている、獣の憑きもののように。
 隙をみて、宿主の意識を乗っ取って出現する。

 男は手の中の白い炎の渦をのぞき込んだ。

 

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