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番外編 1、大鳥大吾の憂鬱
1-2、
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「櫻木はどうやって別々の物だと見分けているの?」
「だから違うでしょ、っという答えじゃ駄目なのよね」
櫻木美奈は自分の思考を辿った。
それで、彼女が無意識のうちにそれをやってのけたのだと知るのだが。
「えっと、たとえば、破片をじっくり見ると、作った人の手の動きが見えてくる。小さな手がじっくりと丁寧に作ったのか、一気呵成に作り上げたのか、女性的な感性が伝わってくるのか。そう思えば、おなじ時代、おなじ土、おなじ窯で焼かれたかもしれない切片であっても、同じように見えて違うでしょう?」
「これって縄文時代のものでしょ?」
「5000年でも1万前でも、血肉をもった人がつくったことに変わりはないでしょ」
そう言われて、改めて一つ一つをみると、そんな気もする。
櫻木は、僕が取りかかっていた手のひらに乗るほどの大きさの、四分の一ほどが埋まらないお椀型の土器をじっと見た。
櫻木はふいと立ちあがると、他のテーブルをじっくりのぞいていく。
ひょいと何かを取り上げた。
「これなんか合いそうなんだけれど。大きな手の男の人が作ったんじゃないかなあ。豪放磊落な感じがそれからも、これからもするから」
櫻木が僕にみせたそれは、親指で押しつけてくぼませた土器の欠片で、一番最初に僕自身が用途不明で、僕たちのテーブルではないとより分けた(捨てた)ものだった。
「まったく違うだろ、僕のは釉がかかっているのにそれはかかっていない。それに形がそもそもお椀じゃないし……」
真っ向からしてしまった僕の否定を、彼女は涼しい顔で聞き流した。
櫻木はいびつなかたちのそれを桃色の指先でくるくると踊らせて方向をさだめると、僕の器に当てた。
それは、ありえないほどぴたりと割れ口にあった。
僕がただの碗物と思っていた物は、その時代には非常に珍しい片口の器だった。
釉は口の方までかかっておらず、ちょうど釉の境目で割れてしまったのだった。
「合っちゃったね」
櫻木自身も驚いて、全身の筋肉が緩んで笑顔になる。
櫻木美奈の笑顔に、それ以上の笑顔を返さずにはいられない。
数千のかけらのなかで、凸と凹とが一度でぴたりと合う確率は一体どれぐらいなのだろう。
恋に落ちる確率と、どちらが高いのだろう。
櫻木美奈は古い器物にたいしてその時代に生きた人々の息づかいを感じることができるたぐいまれな才能を持っていた。
彼女になんとなく指南されて、彼女に負けずと僕たちは目利きの自分なりのポイントを見つけ出し、チームはそれなりに復元した個数で一番になる。教授にも褒められた。
櫻木美奈は自分の手柄が人のものになっても笑顔だった。
誰よりも早く、誰よりも良いものを、誰よりも多く得るのが優れた社会人だとみなす価値観の中で、彼女は他の誰とも違っていた。
気になると、僕は彼女を目で追わずにはいられない。
授業は他に何をとっているのか。
考古学とはいえ範囲は広い。そのなかで特にどんな分野に興味を持っているのか。
第三外国語は何をとっているのか。
より個人的なことも当然気になった。
彼女は実家通いなのか、寮なのか。
寮ならばどこの出身なのか。
学院ではどんなサークルに所属していて、仲の良いのはどんな友人なのか。
そして、彼氏はいるのかいないのか。
いるのならば、その彼とはどれだけ続いているのか。
いたのならば、その男はどこの誰で、どうして別かれて、今はそいつは何をしているのか。
ゼミの友人に聞いても、「櫻木、誰?ああ、あの眼鏡の?」
不思議なことに、少なくとも僕の友人たちの中に、彼女に注目している男はいなかった。
彼女は、もしかして気配を消す特技でもあるのかもしれない。
だけど、僕は彼女をみつけてしまった。
彼女の親友は、俳優コースの山吹華蓮だった。
芸教らしく、眼を引く美人である。
僕は山吹華蓮に探りをいれることにした。
「だから違うでしょ、っという答えじゃ駄目なのよね」
櫻木美奈は自分の思考を辿った。
それで、彼女が無意識のうちにそれをやってのけたのだと知るのだが。
「えっと、たとえば、破片をじっくり見ると、作った人の手の動きが見えてくる。小さな手がじっくりと丁寧に作ったのか、一気呵成に作り上げたのか、女性的な感性が伝わってくるのか。そう思えば、おなじ時代、おなじ土、おなじ窯で焼かれたかもしれない切片であっても、同じように見えて違うでしょう?」
「これって縄文時代のものでしょ?」
「5000年でも1万前でも、血肉をもった人がつくったことに変わりはないでしょ」
そう言われて、改めて一つ一つをみると、そんな気もする。
櫻木は、僕が取りかかっていた手のひらに乗るほどの大きさの、四分の一ほどが埋まらないお椀型の土器をじっと見た。
櫻木はふいと立ちあがると、他のテーブルをじっくりのぞいていく。
ひょいと何かを取り上げた。
「これなんか合いそうなんだけれど。大きな手の男の人が作ったんじゃないかなあ。豪放磊落な感じがそれからも、これからもするから」
櫻木が僕にみせたそれは、親指で押しつけてくぼませた土器の欠片で、一番最初に僕自身が用途不明で、僕たちのテーブルではないとより分けた(捨てた)ものだった。
「まったく違うだろ、僕のは釉がかかっているのにそれはかかっていない。それに形がそもそもお椀じゃないし……」
真っ向からしてしまった僕の否定を、彼女は涼しい顔で聞き流した。
櫻木はいびつなかたちのそれを桃色の指先でくるくると踊らせて方向をさだめると、僕の器に当てた。
それは、ありえないほどぴたりと割れ口にあった。
僕がただの碗物と思っていた物は、その時代には非常に珍しい片口の器だった。
釉は口の方までかかっておらず、ちょうど釉の境目で割れてしまったのだった。
「合っちゃったね」
櫻木自身も驚いて、全身の筋肉が緩んで笑顔になる。
櫻木美奈の笑顔に、それ以上の笑顔を返さずにはいられない。
数千のかけらのなかで、凸と凹とが一度でぴたりと合う確率は一体どれぐらいなのだろう。
恋に落ちる確率と、どちらが高いのだろう。
櫻木美奈は古い器物にたいしてその時代に生きた人々の息づかいを感じることができるたぐいまれな才能を持っていた。
彼女になんとなく指南されて、彼女に負けずと僕たちは目利きの自分なりのポイントを見つけ出し、チームはそれなりに復元した個数で一番になる。教授にも褒められた。
櫻木美奈は自分の手柄が人のものになっても笑顔だった。
誰よりも早く、誰よりも良いものを、誰よりも多く得るのが優れた社会人だとみなす価値観の中で、彼女は他の誰とも違っていた。
気になると、僕は彼女を目で追わずにはいられない。
授業は他に何をとっているのか。
考古学とはいえ範囲は広い。そのなかで特にどんな分野に興味を持っているのか。
第三外国語は何をとっているのか。
より個人的なことも当然気になった。
彼女は実家通いなのか、寮なのか。
寮ならばどこの出身なのか。
学院ではどんなサークルに所属していて、仲の良いのはどんな友人なのか。
そして、彼氏はいるのかいないのか。
いるのならば、その彼とはどれだけ続いているのか。
いたのならば、その男はどこの誰で、どうして別かれて、今はそいつは何をしているのか。
ゼミの友人に聞いても、「櫻木、誰?ああ、あの眼鏡の?」
不思議なことに、少なくとも僕の友人たちの中に、彼女に注目している男はいなかった。
彼女は、もしかして気配を消す特技でもあるのかもしれない。
だけど、僕は彼女をみつけてしまった。
彼女の親友は、俳優コースの山吹華蓮だった。
芸教らしく、眼を引く美人である。
僕は山吹華蓮に探りをいれることにした。
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