神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

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第4夜 夢魔

22、鬼①

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 かすかに開いた扉に体を滑り込ませる。
 事務所には既に依頼人が来ていた。
 神坂はノートにメモをとりながら、差し向かいに座り国文の男子学生の話を聞いていた。
 わたしは邪魔しないように、テーブルにお茶が内のを確認するとお茶を準備した。
 依頼人の男子学生の声は小さく力がない。不安げな様子が伝わってくる。
 男子学生はわたしの出した熱い湯飲みをがぶ飲みすると両手で握りしめた。ずっと話続けてお茶を飲んではじめてわたしに気が付いたようだった。彼を知っている。考古学コース4年の山田先輩だった。
 教授の手伝いも積極的に行う、面倒見のいい先輩である。

 わたしはいったん本棚の向こう側の、ミニキッチン兼隠れスペースに戻ろうかと思うが、神坂は腰をずらして場所を開けて、自分の隣に同席するようにと無言で示す。
 山田先輩の、不安な目が神坂とわたしの間を泳いだ。
 後輩に悩み事を知られたくない。
 できればふたりきりにして欲しいという排他的な気持ちをわたしは鈍感力全開で、にっこり営業スマイルを作って跳ね返す。
 密室でふたりきりというのは、事務所側としてもリスク管理上、避けたいところなのだ。扉を開いているのも、そういう意味がある。

「アシスタントの櫻木くんにも守秘義務は守らせておりますのでご安心を。それで、夢の内容はそれだけですか?」
「……覚えている限りお話いたしました。このところ毎晩おなじものを見ているので、眠るとまた悪夢をみるんじゃないかと思って眠れなくて、睡眠不足で授業も集中できず、失敗ばかりして、本当に参っているんです。睡眠薬でも夢を見るのでもう薬にも頼りたくないんです。これをなんとかしてほしくて」

 声も、湯飲みを持つ手も小刻みに震えている。
 いったいどんな悪夢なのか、神坂晴海が書き留めたノートが気になった。神坂がわたしにもわかるように山田先輩の夢の内容を要約してくれる。

「夢のなかでいつも、皺だらけの化け物のような鬼が髪を振り乱して追いかけてきて、死にものぐるいになって逃げるのだけれど、崖っぷちまで追いたてられ、飛び降りたら死ぬ、とどまっても鬼に襲われて死ぬ。どちらを選んでも死ぬしかなくて、にっちもさっちもいかず足がすくんでいるところ鬼に襲われて食われて死ぬ夢、ということですね?」

 神坂がメモを手に内容をさらりと確認する。
 山田先輩は青い顔で身震いした。
 自分の恐怖が神坂に伝わってないと思ったのか、さらに付け加えた。

「鬼の目が不気味に光っているんです。指はかぎ爪で、全部の指が折れ曲がっていて、それが僕の腕をつかんで、真っ赤な口を大きく開いて頭からがじがじとかじるんです!夢だからって笑ってみんな取り合ってくれなくて……。オカルト好きだからね、山田くんは、と笑われるんです!どうしようもなくて、ここだったらこの悪夢をなんとかしてくれるんじゃないかと思って、藁をもすがる気持ちできたんです。なんとかしてください」

 ごとりと、先輩の背後で音がした。
 音の正体は、湯のポットの蓋がずれた音だと思うのだが、山田先輩は鬼の化け物がそこに潜んでいるのではないかとびくりとして振り返った。
 神坂のところに悪夢が持ち込まれるのは、初めてである。
 わたしはこの先、神坂がどのようにおさめるのか、知りたくてうずうずする。

「悪夢を終わらせることはできますよ。僕のいうとおりにしていただけますか?」

 神坂は目を閉じるように指示した。
 夢の後半部分の、崖っぷちに立つように言う。

「そんなことできません!足を踏み外せば崖の下には斜めに切りそろえた竹が刺さっていて串刺しになって死んでしまう!」

 映画か漫画でみたような落とし穴の罠のようなものがあるようだった。
 山田先輩は悪夢を再現仕掛けたのか悲鳴のような声で拒絶する。

「大丈夫ですよ。崖の下には飛び降りるのではなくて、崖をのぞき込んでください。え?いままでのぞき込んだことがないって?それでいいですよ。飛び降りるのでもなく、追いつかれて食われるのではない別の選択肢を選んでみましょう。今は、昼間で夜の夢じゃないですし、僕も、櫻木くんもいるのですから、あなたの意志でなんとかなります。……で、何がみえますか?」

 やさしく促され、山田先輩は自分の身体に腕をまきつかせ、目を閉じた。
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