神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

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第4夜 夢魔

23、鬼②

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 山田先輩が出て行くと、事務所は二人きりになる。
 来客用のカリモクのソファに神坂は身体を横たえた。

「神坂さんって実はすごいヤツですよね。山田先輩は悪夢から解放されたんですよね」
「実はって、含みのある言い方だね。本当に悪夢から解放されたかどうかは今夜寝てみないとまだわからないけれど、たぶん彼は大丈夫だよ」


 彼のためにコーヒーを淹れる。
 身体を起こして伸ばしたその手が、わたしの手に触れた。
 こんな、何気ない接触だけでも体温や湿度を感じてどきどきするのだけれど、神坂は平気なようである。
 大人の余裕か。
 神坂は、コーヒーの香りに鼻をひくつかせ眼元がうれしげに緩んだ。
 
「コーヒーを淹れてくれたからおしえてあげるよ。そんな特別なことでもなんでもないんだ。山田くんの潜在意識の表れである夢を分析しただけだよ。聞けば、悪夢を頻繁に見始めたのは4年になってから。皺だらけでかぎ爪で自分を崖っぷちまで追いかけてくる鬼って、怖い、母親のイメージじゃないかい?母親は子供を思い通りに進路を進ませたいとプレッシャーをかける。山田くん本人の希望は、別の道なんだろう。だけどその道は安泰とはいえないと不安に思っている。その不安が崖の下の竹槍が暗示している。だから少しだけ背中を押してみた。母親の圧力から逃れて、望む道を進むために、何か方策があるのかないのか。彼は見つけ出したね。それが崖に刻まれた細い階段道のこと。彼が階段を降りて地面に着地した時点で、彼は自分の良いと思う道を進むことを決意したと思う」
「鬼が母親ですか、母親ってそんなに恐ろしいものですか!」

 神坂は意外そうに片眉を上げた。
 今のわたしの発言で、わたしの親子関係に思いを巡らしたようだった。

「君のところはわからないけれど、母親の子への支配が強ければ、鬼にもみえるんじゃないかな?その夢の内容を書いた紙は、悪夢を記した悪夢そのものだろ?どうしようもないと思いながら親との葛藤を、その紙を自らの手でたちきらせ、目の前で灰にした。プレッシャーも恐怖も一度物理的に形にして消し去ったんだ。気持ちがすっきりするのは当然だと思うよ。炎は浄化の炎になりえるけれど、今回は依頼者の心理的な反応を期待してそうしたんだ」
「悪夢の浄化はインチキです、って聞こえるんですが」
「それで、救われるのならば、それでいいだろう?相談料、解決料もいただいたことだし、これだと仕事としては楽かなあ。こんなのばかりだと楽でいいのに」

 基本、神坂は集客にがつがつしていない。
 来る者は、彼的に面白そうだと思うものだけ本腰を入れている。
 働くってそんな適当な感じでいいのか?と思うところだけれど、解決にいたった依頼人の満足度はすこぶる高い。神坂は集客に力を入れるわけでもなく、全く生活に困ってなさそうで、わたしのバイト料も滞ったことがない。

 それでも、なんでも屋でこんなことできますという解決事例用に山田先輩にもう少し残ってもらって口コミ投稿を依頼したらよかったと思っていると、神坂が何も言わずにいることに気がついた。

 完全に身体を起こしじっとわたしの顔を見ていた。
 コーヒーは飲み終えていて、指先を伸ばして肌に触れた。
 どうして彼はもう無いはずの頬のアザの位置に触れるのだろう。
 子供の頃あったあのアザが消えたのは、いったいいつのことだったか。
  
「櫻木くん、最近寝不足なのかな?肌荒れしている。肌荒れには、刺激物を控えてハトムギ茶を飲んだ方がいいよ。寝不足の原因は、何か悩みごとがあったりするの?」
 
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