2 / 29
1-1、赤い髪のセルジオ
しおりを挟む
母は軍人だった。
血潮の飛び散る戦場で父と出会った。
燃え上がるような赤い髪をした父は、戦場を渡り歩く傭兵。
母は妊娠し退役し、そして俺を生んだという。
俺は生まれてから一度も父の顔をみたことがない。
そうだけれども。
俺は、命のやり取りをする戦場で、命がけの恋をした父と母のように、この命をかけても惜しくないと思えるような、運命の女に出会いたいと願うのだ。
※
最近の王都は賑わしい。
少し前まで日照りで苦しんでいた王都は、雨がふり心配事が解決すると、早くも元の活気と寛容さを取り戻していた。
そして、賑わしいのにはもうひとつの理由がある。
結婚をしぶっていたというジルコン王子の結婚が、来春に決まったのだ。
このエール国のジルコン王子は、黒髪青目の秀麗な外見である。
彼が引きつれる10人の独身の黒騎士たちは、女たちのあこがれ。
王子や彼の黒騎士たちの結婚事情となれば、女たちが騒がずにはいられない。
そのジルコン王子が諸国の王子や姫たちを集めて、勉強会という名の集団お見合いをしていたというのは最近のこと。
ジルコン王子は一番人気で、姫たちや大貴族の娘であるイリス嬢を押さえ、その心を射止めた姫というのが辺境の田舎の国、アデールの姫なのだ。
王都では、連日さまざまな噂が飛び交っていた。
雨乞いの神事でその姫が王子の相手役を務めたらしいということは、セルジオも既に耳にした。
他にもいろいろありそうで、昨夜、ベッドを共にした娘は王城に勤める女官見習いの友人から聞いた話だと前置きをする。
「その婚約したアデールの姫っていうのはね、田舎の貧乏国から来たから、服だってわたしたちと変わらないようなものだそうよ。姫なのに、所作にも優雅さの欠片もないんだって。すこし前にはアデールの姫の双子の王子がきていたそうなんだけど、この勉強会が王子たちの結婚のお相手選びを兼ねていると知って、自分が兄に変わって残ることにしたんだって。それで、ジルコン王子に狙いを定めて、夜這いして、既成事実をつくった。それで、ジルコン王子はしかたなく婚約することになったんだって」
「……夜這いするぐらいだから、色っぽい美人なのか?」
噂話に興味はない。口から口へ伝わるごとに、尾ひれがついていくものである。
5つは年上の娘は鼻で笑った。
「それが、色っぽいともいえないようなのよ。がさつで、奇行が目立つんだって。金髪らしいんだけど、そんなの黒髪が多いエール国ではちょっと珍しいだけでしょ。わたしの方が、よっぽど魅力的な女だと思んだけど」
娘はセルジオに豊かな胸を押し付け、冷たい脚をからめてきた。
彼女は食堂で働く澄ました美人である。
セシリオは何度も通い、昨夜ようやくくどき落としベッドに連れ込んだ。
娘は一度寝ると油断したのか、どこか自慢げに、会話の端々に関係した男の影が見え隠れする。
セルジオも、いずれ彼女が落とした男の一人として登場するのは確定である。
彼女を、己の命をかけてもいいと思えるかというと、残念ながら無理そうだった。
彼女とデートするのは、あと二三回だろうか。
二人でいるときに、彼女を守らなければならない場面に遭遇しないことを祈るばかりである。
セルジオは体を起こした。
昨夜、ベッドの床に脱ぎ散らかしたズボンを手に取った。
両脚一度にはき、シャツを羽織った。
娘が不満げに見ていたが、気が付かないふりをする。
「ねえ、どこに行くの、まだ朝も早いわよ。もう一回しましょうよ」
「朝の鍛錬に行く時間なんだ」
「鍛練って、軍人になるつもりなの」
「軍人ではなくて騎士」
「まだそんな夢を見ているの」
「男は夢を食って生きているもんだろ」
「王騎士も黒騎士も募集はしてないでしょうに」
「それでも、いつ募集がかかるかわからないから鍛練は怠れない」
「治安警察兵とかだったら常に募集があるわよ。辺境警備兵とかも」
「俺は、騎士になりたいんだ」
男の夢を潰しにかかる女は御免である。
彼女と話をしているとイライラしてくる。
昨夜の気持ちよさは、この会話で帳消しになってしまった。
「女は現実的なのよ。わたしの赤毛の騎士さま」
心の声が聞こえたかのような言葉に、腹が立った。
この女と寝るのはもう終わりだとセルジオは考え直した。
鍛練の道場は、街はずれにある。
子供のころからセルジオはやんちゃであった。
近所の子供たちと木の棒を振り回して物を壊したり、怪我をしたりさせたりは毎日のこと。
手を焼いた母親はセルジオを街はずれのこの道場に連れてきた。
ひどい怪我をさせて後悔するようなことになる前に、その棒を正しく扱えるようになりなさい。
武器を扱うのなら、まず自分を守り、さらに大事な人を守れるようになりなさい。
そうして軍人になるために、学校に通いながらこの道場に通う。
だが、その夢は微妙に変わる。
フォルス王が凱旋帰国した時、沿道で声援を送っていた小さなセルジオは、王のすぐ後ろに付き従う金と黒の騎士の華やかさに目を奪われた。
その後に続いた軍人たちの黒い甲冑は傷だらけでほこりにまみれてくすんでいた。
軍人たちも戦勝の祝福を人々から受けていたけれど、人々の歓喜と祝福の中心はフォルス王と王騎士たちだった。
格好良さでは軍人たちより騎士たちが上である。
血潮の飛び散る戦場で父と出会った。
燃え上がるような赤い髪をした父は、戦場を渡り歩く傭兵。
母は妊娠し退役し、そして俺を生んだという。
俺は生まれてから一度も父の顔をみたことがない。
そうだけれども。
俺は、命のやり取りをする戦場で、命がけの恋をした父と母のように、この命をかけても惜しくないと思えるような、運命の女に出会いたいと願うのだ。
※
最近の王都は賑わしい。
少し前まで日照りで苦しんでいた王都は、雨がふり心配事が解決すると、早くも元の活気と寛容さを取り戻していた。
そして、賑わしいのにはもうひとつの理由がある。
結婚をしぶっていたというジルコン王子の結婚が、来春に決まったのだ。
このエール国のジルコン王子は、黒髪青目の秀麗な外見である。
彼が引きつれる10人の独身の黒騎士たちは、女たちのあこがれ。
王子や彼の黒騎士たちの結婚事情となれば、女たちが騒がずにはいられない。
そのジルコン王子が諸国の王子や姫たちを集めて、勉強会という名の集団お見合いをしていたというのは最近のこと。
ジルコン王子は一番人気で、姫たちや大貴族の娘であるイリス嬢を押さえ、その心を射止めた姫というのが辺境の田舎の国、アデールの姫なのだ。
王都では、連日さまざまな噂が飛び交っていた。
雨乞いの神事でその姫が王子の相手役を務めたらしいということは、セルジオも既に耳にした。
他にもいろいろありそうで、昨夜、ベッドを共にした娘は王城に勤める女官見習いの友人から聞いた話だと前置きをする。
「その婚約したアデールの姫っていうのはね、田舎の貧乏国から来たから、服だってわたしたちと変わらないようなものだそうよ。姫なのに、所作にも優雅さの欠片もないんだって。すこし前にはアデールの姫の双子の王子がきていたそうなんだけど、この勉強会が王子たちの結婚のお相手選びを兼ねていると知って、自分が兄に変わって残ることにしたんだって。それで、ジルコン王子に狙いを定めて、夜這いして、既成事実をつくった。それで、ジルコン王子はしかたなく婚約することになったんだって」
「……夜這いするぐらいだから、色っぽい美人なのか?」
噂話に興味はない。口から口へ伝わるごとに、尾ひれがついていくものである。
5つは年上の娘は鼻で笑った。
「それが、色っぽいともいえないようなのよ。がさつで、奇行が目立つんだって。金髪らしいんだけど、そんなの黒髪が多いエール国ではちょっと珍しいだけでしょ。わたしの方が、よっぽど魅力的な女だと思んだけど」
娘はセルジオに豊かな胸を押し付け、冷たい脚をからめてきた。
彼女は食堂で働く澄ました美人である。
セシリオは何度も通い、昨夜ようやくくどき落としベッドに連れ込んだ。
娘は一度寝ると油断したのか、どこか自慢げに、会話の端々に関係した男の影が見え隠れする。
セルジオも、いずれ彼女が落とした男の一人として登場するのは確定である。
彼女を、己の命をかけてもいいと思えるかというと、残念ながら無理そうだった。
彼女とデートするのは、あと二三回だろうか。
二人でいるときに、彼女を守らなければならない場面に遭遇しないことを祈るばかりである。
セルジオは体を起こした。
昨夜、ベッドの床に脱ぎ散らかしたズボンを手に取った。
両脚一度にはき、シャツを羽織った。
娘が不満げに見ていたが、気が付かないふりをする。
「ねえ、どこに行くの、まだ朝も早いわよ。もう一回しましょうよ」
「朝の鍛錬に行く時間なんだ」
「鍛練って、軍人になるつもりなの」
「軍人ではなくて騎士」
「まだそんな夢を見ているの」
「男は夢を食って生きているもんだろ」
「王騎士も黒騎士も募集はしてないでしょうに」
「それでも、いつ募集がかかるかわからないから鍛練は怠れない」
「治安警察兵とかだったら常に募集があるわよ。辺境警備兵とかも」
「俺は、騎士になりたいんだ」
男の夢を潰しにかかる女は御免である。
彼女と話をしているとイライラしてくる。
昨夜の気持ちよさは、この会話で帳消しになってしまった。
「女は現実的なのよ。わたしの赤毛の騎士さま」
心の声が聞こえたかのような言葉に、腹が立った。
この女と寝るのはもう終わりだとセルジオは考え直した。
鍛練の道場は、街はずれにある。
子供のころからセルジオはやんちゃであった。
近所の子供たちと木の棒を振り回して物を壊したり、怪我をしたりさせたりは毎日のこと。
手を焼いた母親はセルジオを街はずれのこの道場に連れてきた。
ひどい怪我をさせて後悔するようなことになる前に、その棒を正しく扱えるようになりなさい。
武器を扱うのなら、まず自分を守り、さらに大事な人を守れるようになりなさい。
そうして軍人になるために、学校に通いながらこの道場に通う。
だが、その夢は微妙に変わる。
フォルス王が凱旋帰国した時、沿道で声援を送っていた小さなセルジオは、王のすぐ後ろに付き従う金と黒の騎士の華やかさに目を奪われた。
その後に続いた軍人たちの黒い甲冑は傷だらけでほこりにまみれてくすんでいた。
軍人たちも戦勝の祝福を人々から受けていたけれど、人々の歓喜と祝福の中心はフォルス王と王騎士たちだった。
格好良さでは軍人たちより騎士たちが上である。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから
ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。
彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる