姫の騎士

藤雪花(ふじゆきはな)

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8-2、勝負の行方

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「恩に着る!さすが我が悪友!ゴールで待つ!それからミシェル、絶対にセルジオに追い抜かれるな!」

 爽やかに敵に塩を送ると、ルイはもう後ろを振り返らない。
「……いい友人だね」
 アンがあきれてつぶやいた。
 本当に、いい友人を持ったものである。

 ルイが見据えるのは必死に走るカルバンの背中である。
 ルイの走りはカルバンに比べて軽い。
 カルバンの荷物が重すぎるのだ。
 最後のハードルを越えていたカルバンが、猛追するルイに気が付いた。
 後は直線の50メートル。
 順位の1位2位は二人に確定だろう。


 三位争いはミシェルとセルジオだが、ミシェルが先に水から上がった。
 二メートルの差がとうとう埋まらない。

「あんたに言われなくても三位は死守するわよ!こんなにクソ重いものを持っているのに、セルジオのお荷物は自分で走ってきたなんて、この勝負馬鹿げているわ」
 憎々しげに毒を吐く。
 ミシェルは水際に座り込むと、おもむろにセルジオとアンに手と腕を使って水を浴びせかけた。
 水攻めを顔に受け、二人はむせた。
「おいっ、やめろ!騎士になりたいのなら、正々堂々としたらどうだ!」

 セルジオの苦言は、ミシェルの憤りを怒りに変える。
 ミシェルはさらに勢いをつけてきた。何度も何度も繰り返す。
 セルジオは目をあけていられない。
 アンは水びたしとなった。
 アンの服は水を吸い、セルジオの腕にずしりと重くなる。

 ミシェルは満足すると、リュックを背負う。
 セルジオはやられたらやり返さずにはいられない。
 それに、いままでのミシェルの嫌がらせに辟易していたこともあった。

「アン、おもいっきりミシェルにお返しをしてやれ!」
「あい。わかった!」
 アンも、相当の負けず嫌いである。
 腕を伸ばして、走り出そうとするミシェルの背中めがけて水をかける。
 二度ほど、水がたっぷりとかかった。
 それで充分である。

 ようやく、二人は水から上がる。
 あとはハードルを越えるだけである。
 セルジオはアンと向かい合い、アンの腕をつかんで支えた。
 背後から荒い息使いが聞こえた。
 見ると、先ほど追い抜かした女が水に入ろうとしていた。

「走れそう?」
「走れる!」

 触れている腕からは、小刻みな震えがセルジオに伝わる。
 勝負では、姫騎士候補たちから聞くに堪えない罵詈雑言を浴びせられ続けていた。
 脚を引っ張られた時には恐怖だって感じただろう。
 水を浴びせかけられたのも、まったく受ける必要もない悪意だった。
 アンの身体はアンが思っているより以上に疲労している。
 限界が近いことをセルジオは知る。

 目の前の華奢な若者は、髪は水を滴らせ、しっとりと濡れた肌は艶めいていた。
 青灰色の瞳は日差しを受けて、透き通った宝石のようだった。
 だが、その美しい目はセルジオを見ていない。
 ずっと先のゴールを見ていた。
 いや、単純にゴールではなくて、ゴールで待つジルコン王子を見ているのか。

「行こう!」
 アンはセルジオを急き立てる。
 その目はきらきらと輝き、希望に満ちていた。
 どんな困難が待ち受けていても、そこには希望があると信じている目だと思った。それとも、自分の未来を自分で切り開くことができると信じている目なのか。

 不意に、はじめてアンにであった時の感覚を思い出す。
 木漏れ日を肌に受ける、その息を飲むほどの美しさ。
 凝視して、この瞬間を脳裏に焼き付けたくなった。
 己の心の奥底から沸き上がる、あらがいきれないほどの切望。
 自分のすべて持っていかれる感覚。

 己に運命の女が存在するのならば、アンかもしれないとセルジオは思った。
 欲望を満足させるための美女ではなく。
 彼女の望みをかなえ、己の命をかけて守ることが、自分の生きる目的になるだろうという確信に似た予感。
 もちろんアンは、女ではないけれど。

 コイツを守りたいという気持は、騎士に似ている。
 アンは、今はジルコン王子の婚約者の姫の役で、自分はその姫を守る騎士の役だったが、そっくりそのまま現実だったらいいのにと、セルジオは思った。

 二人は走り出した。
 アンは途中で足を絡ませ転びかけた。
 セルジオはアンをおんぶする。
 最後のハードルを飛んだ。
 ゴールだった。




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