姫の騎士

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
16 / 29

10-1、息抜き

しおりを挟む
 酒場の仕事の遅番に入ったアニエスは、隅の席で酒を飲むセルジオに気が付いた。
 他人を拒絶するような雰囲気を漂わせ、見るからに落ち込んでいる。
 少し前までは毎晩のように顔を出していた男である。

「なんなの、またあんたたち、騎士試験落ちたの?」
 アニエスは後ろの席で盛り上がっているセルジオの友人たちの席の、テーブル一杯に広がった空いた皿とグラスを片付けた。
 赤ら顔をした大きな体はロッシだったか。
 彼らはもうすっかり出来上がっている。

「またってひどいなあ。確かに俺は筆記試験で落とされたけどな!あいつはいいところまでいったのになあ。結果を教えてくれないんだが、どうせ落ちたんだろ!ひとりでいじけているセルジオを慰めてやってくれ!あんたのこと好きだったしなあ」

 アニエスは過去形に気が付かないわけではない。
 胸がちくりと痛むが、いちいち傷ついたことを教えるような乙女ではない。

「ねえ、大丈夫?飲みすぎでしょう」
「おいこらっ、持っていくな」

 酒瓶を取り上げたアニエスは掴まれた。
 赤銅色の目がうろんげにアニエスを見上げた。

「なんだ、俺の美人じゃないか。元気にしてたか」
「あなたがいなくてももちろん元気よ。わたしは、昼も夜も忙しいんだから」
「ふうん?何して?」
「何してって、いろいろよ?」
「男のところに行ったり来たり?」

 セルジオは肩ひじを机につき、アニエスを離して、その手で真っ赤な髪をかき上げる。
 セルジオは触れると怪我をしそうな、少し危険な男の色気を漂わせる。
 まだ19歳なのに反則である。

 アニエスは酒を飲んでいる男の発言は、右から左に聞き流すことにしている。
 夜の仕事をしていると、身持ちが緩い女であると誤解される。
 アニエスは人を見る目はあるほうである。
 男が自分に本気なのか、遊びなのか、見極める。
 付き合ってきた男たちはみんな、アニエスに対して本気だった。
 だが本気でアニエスを好きだといった男たちは、病気の妻をもつ既婚者であったり、子だくさんの良きパパだったり。
 好きだ、愛していると言って男はキスをして、そして、アニエスとは別の、彼の本気の家庭に帰っていく。
 彼らの自分に向かう本気だけでは、自分は幸せにならないと何度目かに思い知らされて、信念を変えた。

 大事にすべきは男の気持ちではなくて、自分の気持ちではないか。
 自分が好きか、嫌いかが重要だと思った。
 そんな時に声をかけてきたのが、友人たちに囲まれるセルジオ。
 見られるだけで丸裸にされるような気がした。ぞくぞくした。

 彼の、赤銅色の目で見つめられたい。
 燃えるような髪のように、彼の熱に浮かされたいと思う。
 セルジオは自分を女として求めていた。
 だから、何度目かに誘われてベッドインしたのは、アニエス自身が彼をこの腕に抱き、セルジオが欲望むき出しになり、悦楽に顔をゆがめる姿を見たいと思ったからだ。
 初めて他人の本気より、自分の好きに従ったアニエスだった。
 それが、まさか、たった一度のセックスで終わるとは思ってもみなかったのだけど。

 知れば知るほど、アニエスはセルジオに惹かれた。
 セルジオは自分の将来をその手で掴めないでいた。
 たった一握りの栄誉ある騎士になりたいと切望する。
 私生児で下町に育ちながらも、貪欲に学び考え切望する姿は、今まで出会った世慣れて完成された男たちとは全く違っていた。

 誰がこうして、彼がああいって、彼女がそうしたから、わたしは怒って、ひどいでしょ。面白いでしょ。意外でしょ。

 彼と話をしても、自分が噂話に毛がはえた程度の会話しかできないことに気が付いた。
 こんな自分では、自分の夢をかなえるために貪欲に学び努力する男には、物足りないに違いないと思う。
 自分がただ単に流されて生きていたことを思い知ってしまった。

 セルジオは、本当ならば自分の手の届くような男ではない。
 以前、自分が彼に言った、治安警察兵や辺境警備兵などの手堅い仕事につくならば、色気と安定を備えたセルジオを女たちはほっておかないだろう。
 だがセルジオは夢をあきらめきれない。
 どんなに努力しようとも、忠義を求める騎士に、傭兵を思わす赤毛は敬遠されてしまうのだ。
 
 セルジオをみて、アニエスは自分は何が好きだったのか思い出した。
 アニエスが好きだったのは、母と共に編み物をしたり、ちくちくと袋をぬったりする時間。
 好きがこうじて、学校を卒業して王都の織物工場に働きに出た。
 だけど、日の当たらない工場の埃っぽさと、機を叩く騒音の中に毎日いることが嫌になった。
 好きと仕事は違うのだと思い知った。
 それから工場を飛び出して、友人に進められるままに酒場の給仕をするようになった。
 あれから、何かを自分の手で作り出していない。
 食事でさえも出来あいのものだ。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

処理中です...