姫の騎士

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
25 / 29

15-1、パレード

しおりを挟む
 息をひそめ、内へ内へと目をむけてしまう冬の寒さが緩んでいく。
 白一色だった冷たい世界から、花の香りが漂い、草木の鮮やかな緑が照り映え、陽光は厚みを増していく。
 エールの民にとって今年の春は特別だった。
 温室では春の祭りに間に合うように、バラや芍薬、牡丹、ダリア、トルコ桔梗といった艶やかな花の開花と収穫を急いでいた。
 春祭りの始まりのパレードの先頭には春の精霊に扮した女神が神輿に担がれて行く。
 女神の後には、王室支援の学校の音楽隊やダンス隊、様々な精霊たちに扮した子供たちが続き、場を盛り上げる。
 春祭りのパレードでは、陽気な音楽と笑いとダンスに歓声を送り、最後に居残った冬の精霊の名残を吹き飛ばすのだ。
 パレードの後はそのまま無礼講の祭りへとなだれ込む。
 毎年この時期、人々は待ち望んでいた春の訪れを歓迎し、歌って踊って美味しいもので腹を満たし、浮かれ騒ぐのである。

 このパレードと同時に、ジルコン王子とアデールの姫の成婚祝賀パレードが行われる。
 王子と姫は、何か月にもわたっていくつもの結婚の儀を行ってきていた。最後を締めくくるのが、お披露目を兼ねたパレードである。

 そのため、春祭りの初日、例年以上にエールの王都の沿道には着飾った人々が溢れ、すべての窓が開け放たれ、窓辺には花が飾られていた。
 ジルコン王子の花嫁の訪れを、今か今かと待ちわびていたのである。



「ねえ、どうしたの、あいつ」
「このところ落ち込んでる」
「はあ?女にふられたとか?」
「振られるどころではなくて、逃げられたそうだ」
「え、うそ、かわいそ……」
 その朝の黒騎士のアンとジムの会話である。

 いつもの簡易な黒服ではなく、正装の黒銀の制服に身を包んだ黒騎士たちは愛馬に向かい、この日のために新調した赤い組紐の豪奢な胸懸の具合を確かめていた。
 セルジオの愛馬の胸にも同じものがかけられている。
 馬たちも王都の熱気を感じて、普段よりも興奮している。

「セルジオ、調子が良くないのならパレードに参加しなくていいぞ」
 騎乗したロサンがセルジオに声をかけた。
 セルジオはジルコン王子に手を引かれ、馬車に乗り込む純白の花嫁のドレスに身を包む主人を見た。
「大丈夫です」
「なら、胸をはり背を伸ばしていけ。お前はロゼリア姫の権威を象徴する男だということを忘れるな」
「わかってます」

 セルジオは顔を叩き気合を入れた。
 鐙に足をかけ一息で騎乗する。
 真新しい赤黒の正装がまったく体に馴染んでいない。動くたびに黒の刺繍がきしきしと軋んだ。
 セルジオの位置は、姫側の馬車の真横。
 ロサンは王子の側である。
 
 空気を震わせる大歓声が上がった。
 春祭りの女神の神輿と子供たちの楽隊を迎えたのだ。
 馬車前で待機していた歩兵が二人、立ちあがり幟旗を立てた。
 王室を現す黒に金の狼文様が春風にはためいた。
 セルジオの胸の赤黒のリボンも揺れる。
 王子一行も動きだす。

「そのリボン……」
 ロゼリア姫がセルジオに声をかけ、なおも何かを言うが、大歓声に声がかき消されて最後まで聞こえない。
 花が散り敷かれた沿道を、黒騎士と姫の赤い騎士を引き連れた豪奢な一行がゆったりと進む。
 あとからあとから祝いの花びらがゆらりゆらりと降り注ぐ。
 美しく結い上げた金の髪に、純白のドレスに、赤い花が咲いていく。
 ゆったりと進む成婚パレードが始まったのである。

 牡丹雪のような花びらが舞う中、パレードは進む。
 濃厚な花の香りと群衆の熱気と喧騒で、酔いそうなぐらいである。
「王子さま、おめでとうございます!お妃さまとお幸せに!」
 ロゼリア姫は笑顔で手を振っている。
 時折、ジルコン王子がロゼリア姫を引き寄せてその頬に額にキスをすれば、突然の嵐が襲ったかのように一層、声高く歓声が上がるのだ。

「赤毛の姫の騎士さまよ!ハンサムだわ!」
「わたしたちの庶民から選抜試験を勝ち抜いたすごい人よ!」
「セルジオさま!」

 歓声の中には赤毛の騎士に向けられるものもある。
 セルジオは馬上で正面を見据えていた。
 こんな時であっても、何が起こるかわからないからだ。
 視界全体で沿道の人々に違和感がないか集中する。

「セルジオ、きまってるぜ!格好いいぜ!俺たちの騎士よ!」
 ロッソが最前列で手をふっていた。
 彼の周りは、道場の子供たちや仲間たちがいる。
 子供たちは花を手にしてめちゃめちゃに振っている。
 セルジオの母もいて、ハンカチで涙を拭っていた。
 セルジオは彼らにニコリとも笑いかけることも、手を振り返すこともできないが、自然と背中が伸びていく。
 彼らの喜ぶ姿を見て、ようやく姫の騎士になったのだという実感がわいてきたのだった。
 
 このところ落ち込んでいた理由を意識から締め出そうとする。
 年上の女と別れて王城に戻ってから、もんもんと過ごしていたセルジオは、彼女の真意を確かめたくて、昨日時間を作って彼女の住む集合住宅へ行った。
 だが、部屋はもぬけの殻だった。
 彼女はセルジオの世界から消えてしまった。
 母親が、友人が、子供たちが、騎士になった自分を喜んでくれている。
 自分は積年の夢をかなえたのだ。
 落ち込んでなどいられないではないか。

 群衆の中のドレスの娘たちの胸に赤いリボンが揺れていた。
 身を乗り出し警備兵に押さえられている娘の胸にもリボンがある。
 気にしてみれば、女性たちの8割は祝いのリボンをつけていた。

 彼女の仕掛けは大成功を収めたようである。
 彼女はうまくやれている。
 きっとカード織の事業もうまくいくだろう。
 今までも、彼女のためになることなど、自分は一つもしていない。
 きまぐれに訪れては抱いただけだ。
 自分がいなくても、彼女はこれからの人生をうまくやっていくだろうと思う。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

処理中です...