男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
22 / 238
第二話 16歳の誕生日

20、エール国に行くのは誰?④

しおりを挟む
お転婆な姫も、あれからちゃんと姫になったようだった。

ジルコンは、子供の頃にロゼリアが告白した、国家ぐるみの男女の入れ替わりを完全に信じていたわけではない。
あの頃はもしかして入れ替わっていたのかもしれないが、それも早々に切り上げられただろうと思う。
あの当時のわずかな期間だけだったのかもしれない。
男は男、女は女なのだ。

ジルコンの手から震えながらするりと抜けた姫の姿をジルコンは目で追う。
エール国の妻としても表にでても恥ずかしくないほどの美しさである。
ただ、昔のやんちゃなふるまいが姫として躾けられ、馴らされてしまっていた。
記憶の中の女の子があのまま育ったらどうなるか、想像したこともあるジルコンは一抹の寂しさを感じるが、振り払う。
ジルコンはもともと女にはあまり期待していない。
女は見目好くおしとやかで口答えをせず、粛々と受け入れてくれればいいのだから。

この訪問の理由はもう王にも王妃にも伝えてあった。
お願いという形ではあったが、それは形ばかりのもの。
アデール国には拒否権はないことはいくら世情に疎くても王と王妃ならわかっているはずである。

「先ほど、王と王妃にご了解をいただきました。このままあなたを我が妻にすることが、この訪問の最大の目的なのです」
あらためて姫に申し込む。
姫は大きく目を見開いた。
その目は動揺して泳ぐ。同じ顔の兄王子に向かう。
その王子は恐怖に似た色をその目に宿らせ、ジルコンを真正面から見返した。
ジルコンのどこか期待していた通りに、王子は吠えた。

「襲われるようなことが日常のような危険なお前の傍に、かわいい、い、妹をやれるわけなんかないだろう!」
「アンジュ、何をいうのですか、黙りなさい」
王妃は語気鋭く諫めた。
兄に助けを求める妹も妹だと思うが、やはり、この王子は甘ちゃん王子だった。
ジルコンは怒りに燃える王子に扮するロゼリアをみた。
なぜか、この己の心に正直でまっすぐな田舎の王子が好ましく思えてしまう。

「どうやら、お兄さまはあなたを奪われることがいやなようですね。姫はどうなのですか?わたしとのご結婚はおいやですか?」
ジルコンは姫に振る。だが、その視線は王子から離せない。

「わたくしは、、、兄の意見に従います」
周囲の思いに気を配れる女のようだった。
それは良い資質に思えた。

くすりとジルコンは笑った。
「アンジュ王子、あなたの発言はロゼリア姫の結婚を左右し、強いては、アデール国の命運を左右するようだ。
あなたは、ちゃんと冷静に物事を総合的に判断できているのか?」
「い、妹を人質なんかにしない。愛のない結婚はさせない」
ジルコンは小さくため息をつく。
今度はベッドで成り行きを静かに見守るベルゼ王に向き合った。

「なるほど、わかりました。この結婚には最大の問題点がありますね。双子の王子と姫の精神的な結びつきが強くて、姫はご自分のことも全て兄の判断に任せてしまう。
だが、残念なことに兄の方は、こういってはなんだが、もっと良い表現があるとよいのだが、思い付かなくて本当に申し訳ないのだが、兄の方は足りていない。冷静に状況を判断する情報であり、考え方であり、己の判断の及ぼす意味。
小さな森の国の村の視点ではなくて、もっと大きく対局を見極める俯瞰した視野。
物事をおのれだけの考えでしか測れないと、この大陸は血で血を洗う戦乱の時代に突入する。それがあなたのご子息にはわかないようで大変残念だ」

ロゼリアは、ジルコンの、己の足りていない発言に頭に血が上る。
だが、最後まで聞くうちにその頭に上った血は降りていく。
ロゼリアが押し黙り、ようやく聞く耳ができたことをジルコンは確認する。
今度は、きちんとロゼリアに真正面から向き合った。

「では、アンジュ王子よ。今回のわたしの目的は姫を持ち帰ることであったが、まずはあなたと姫が別個の独立した人間であるということを理解してもらった方が良いようだ。
あなたは、命の危険が日常であるようなところへかわいい妹をやることがどうしてもできないのだろう?
なら、ロゼリア姫にはこのままこの国にいていただき、その代わり、あなたがこの国をでないか?」

ロゼリアはその意味が分からずジルコンの顔を凝視する。
「おま、、あなたについて国を出てどうするのですか」
「あなたは、この小さくて居心地の良い安全な檻からでて、もっと壮大に広がる世界へ出てその狭い了見を広げたらいい。目と耳を養い、俺を説得できるだけの力を得るがいい。俺についてこい。面白いものを見せてやる」

自信に溢れた笑顔がそこにあった。

「結婚も、本当は何もいますぐでなくてもいいと俺は思っている。婚約ということでもいい。
結婚までの暫しの猶予となり、そして王子には社会を知る勉強の機会となる。
丁度、諸国の主要どころの若者を集めて俺主催の勉強会を開いている。
次世代の俺たちが思い描く世界が、そのまま俺たちの世界になるからだ。
もっと平和で豊かで住みよい世界にしたいと、あなたも思うだろう?
生まれたときから絡みついた双子の絆も断ち切ることができるだろう。
世界の情勢に疎くて、祖国を守れると思うのか?アンジュ王子?
この大陸のどこかで誰かがひどい風邪をひけば、その影響は安全だと思っているアデールにも及ぶぞ?それをだまって見ているのか?なんの働きかけもできず翻弄されるだけでそれでいいのか?それが嫌なら俺についてこい。
それにわたしとあなたが友情を築ければ、親世代に引き続いての確かな友好国と成れよう」

わたしから俺に変わっている。
気取ったところのない素顔をジルコンは見せていた。



しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...