運命の子【5】~古き血族の少年の物語

藤雪花(ふじゆきはな)

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蛮族の王

9、バレンチン国の囚われ人

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バレンチン国は砂漠よりもさらに過酷な環境の、岩と固い大地の、水も緑も獲物も少ない国である。

そのため、他国の豊かな土地へ襲撃を繰り返していた。
国という形態もあてはまっていないかもしれない。強いものが上に立つ。
それが、過酷なバレンチンを住みかにする者たちの生き残る術であった。
過酷な故に、古くから精霊たちの力を面々と敬い、多くの土地では忘れられかけている古い信仰を残している。

バレンチン国の若き王シアノは、情熱の矛先を、オアシスを中心にして豊かに文化を花開かせるバラモンへの侵略に向かわせようとしていた。
もう小さな襲撃は繰り返している。
表沙汰にはならないように細心の注意をしている。
この商団では荷物の他にも意外な収穫があった。
加護の力を6つも持つ不思議な体をした娘は、バラモンにはいるはずのないものだった。バラモンではほとんど失われたと聞いていたのに驚きだった。

シアノが外にでると、綺麗に襲撃の痕跡は消されていた。
倒した護衛10名と死んだ仲間一人の体は、大地に深く埋めている。静かに黙祷を捧げる。
死者は大地に返しまた命の輪の中で循環する。丁寧に送り返してやらなければならない。

シアノは荷馬車に目を向けた。
先程声をかけた部下のソールが気がついた。
「見ますか?」
うなずくと、ソールは荷馬車の幌を少し開けた。
両手を拘束されたものたちが15名ほど。若くて使えそうなものたち、働けそうな者ばかりだ。新婚カップルも震えている。団長もいる。
金髪の男を探すと、奥にいた。
脚に受けた矢の傷は手当てされ、目を閉じ眠っているようだった。
矢には眠くなる薬が仕込まれている。
そろそろ目を覚ますころではあった。
基本的には捕まえたものを、直ぐに凌辱することはしない。
黒髪の美しい娘は、シアノが気に入ってしまったから特別だった。
そういう、他のものには許されない気まぐれが通用する立場である。


襲撃に気がついたのは金髪の男とあの娘と、もう一組の旅の男二人の計4名。

「ひとり逃げた男がいます。追いかけていますが、町に逃げ込まれると厄介ですね」
部下のソールがいう。

できるだけ長く、密かに襲撃が行われていることを隠しておきたかった。
彼は右腕であり、もっとも信頼している。
彼がいなければ、この荒くれものの集団はまとめきれないとも思う。


ふらっと黒髪の娘がテントから出てきた。
まだ茫然自失な様子で辺りを見回した。
あの時に手枷を外したままつけていないが、シアノには娘が何もできないと思った。
リリアスは馬車に閉じ込められたバラモンの人たちに気がつき、走り寄った。
閉じ込められた皆の疲れた顔が一斉に向けられる。
リリアスはその酷い有り様に衝撃を受ける。
涙と泥と汗にまみれ、手枷をつけた姿だった。リリアスを見ても無言である。
その奥に、金髪のズインは横たわっていた。

「ズイン!!」
リリアスは叫んだ。
「生きている」
シアノはその肩をひいた。
馬車のそばのソールに体当たりでもしていくような気がしたからだ。
リリアスの呼びかけに、ズインの手がピクリとする。

ズインは目が覚めた。だが、目は開かない。変身のチャンスは一回だけ。

蛮族は精霊の加護を封じる知恵を身に付けている。獣に変身できる力を持っていることを知られないことが、逃げられる可能性を高めるように思えた。

「ズインごめん、、巻き込んでしまって、、」
リリアスは泣いた。
ズインの矢の怪我は変身すれば修復することができる。ズインと同様にリリアスもチャンスをうかがおうと思った。


襲撃隊は一旦帰国する。
シアノはまだ茫然自失している娘を、自分の馬に引き上げた。
リリアスのがくがくとした細かな震えがシアノに伝わる。
暗示は効いていると思う。
彼には精霊の力はないが、暗示を掛けるのは得意である。

直ぐに帰路につく。
特に急ぐわけではない、遠方からみても不審に思われないぎりぎりのペースだ。

「あなたは、バラモン国人か?その黒髪、黒目、白い肌はバラモンでは珍しいし、その力も、体もあなたは特別過ぎる」

バレンチンは黒髪黒目はいるが、ある程度他の色の混ざる淡い色味である。
シアノのウエーブした黒髪も黒目も厳密には濃い茶色だ。
「わたしたちを解放して」

リリアスは問いかけに無視する。
馬上でシアノの腕に収まっているリリアスは言った。
「ジャンバラヤ族が直に助けに来る。それにバラモンも動く」
シアノは鼻で笑う。
「ジャンバラヤ族は族内のことしか関心がない。他人を助けることはない。バラモンが動くのは当分先だろう」

シアノはリリアスの黒髪に顔を押し付けた。
「あなたの名前を教えてほしい」
「リリアス」
シアノはユリの花はわからないが、白く香り高い花のイメージが浮かんだ。

シアノ達が襲ったのが普通の商団であれば、彼のいう通りだっただろう。
彼らの誤算は、リリアスの存在だった。
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