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水かけ祭
26、水の神
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それは、随分昔から存在していた。
どこにでもあるものではあるが、いろんな力関係のバランスにより、あっちにいったり、こっちにいったり、時には気まぐれに動き回ったりしていた。
たまに、力を貸してとお願いが届く。
気が向けば助けもしたりするけれども、無視をしたりもする。
ほとんどの願いは、それの気が引けずに、素通りをしていく。
それは、何にも囚われることのないまったく自由な存在であった。
それには、心引かれる小さな存在があった。
その存在を、只それとして認め、くすぐり、愛で、敬意をもって扱ってくれる小さな生きもの。
彼らには、印が刻まれている。
それが、自分であると意識する前に、心を引かれた小さきものの存在を忘れないように、その魂に刻みつけたものだ。
彼らが望むなら無条件で力を貸した。
それが喜びであった。
時が経るうちに、小さきもののうちで力のあるものが、それを利用する意思をもって、その地のその場に縛り付けた。
小さきものの都合により、それに命令し従わせる。
それは、何処にでもあるもので、何処にでも動き回わる性質のものであったので、縛り付けられると暴れた。
小さきものは、さらにそれを縛り付けることに心血を注ぎ始めた。
それをきちんと自分達の望むように管理することが、小さきものの繁栄には必要不可欠だと思われたからだ。
彼らは定期的に、それーー
それは、大きなものから分離されて、自我らしきものを形成するようになっていた。
水の神、水の精霊と呼ばれ、己もそう思うようになっていた。
正確には、切りはなされた水の精霊の一部が変質した結果、自我らしきものをもつに至った存在、とでも表現できた。
そこにそれを閉じ込めた小さきものたちは、それをなだめるために、贄を捧げるようになっていく。
贄に選ばれたのは、自分たちを認め、愛でてくれる存在の、印をもった古い人だった。
印を持つ人を内側にとりこむと、その地に縛られ淀んだ己が清められるように思われた。
何百年間はその、古き人を取り込んだ。
それからは、古き人はまれになって、印のない黒い髪の新しき人が届けられた。
その頃になれば、その存在、変質し淀んだ水の精霊は、捧げて寄越されるものなら何でも良かった。
印をもった古き人の特徴的であった黒いひとみ、黒い髪が、その食欲を刺激した。
内側に取り込むと、満足の記憶が呼び起こされる。
それは懐かしく心地よかった。
それなので、贄を届ける小さきものの、望みを聞いてやろうと、かつて水の精霊だったものは思うのだった。
神殿は王宮の敷地内にあり、数々の重要な施設が頑丈な城壁に囲まれている。
さらに、その城壁の外は運河から水を引いた深い堀が、パリスの城と王都パリスを隔てている。
堀には東西南北に引き上げられる橋がかけられている。
北の橋は開かずの門で、神殿に直結している。神殿の行う儀式のときのみ開かれる。
水の祭の初日、朝から門が開かれて、橋が掛かっていた。
堀を挟んだ向かい側には多くのパリスの国民が、今年の水の巫女を拝顔しようと、例年になく集まっていた。
手には花々。
儀式の最後に投げ入れようと持っている。
花を売る、売り娘の籠の花を買い求める人たちもいる。
神殿の側には特別席が設けられていて、建国祭に呼ばれていた各国の要人や王族などが観覧できるようになっていた。
「これは初代のルシル王がパリス国を建国する、その前から行われていた水の神、水の精霊を鎮める儀式なのです。
その歴史は五百年とも、千年とも言われています。
歴史ある地を引き継いで、ルシル王はこの地に神殿を、王宮を造りました」
神官の一人が招待客に説明をしている。
パリスの王族もいる。
年老いた王妃たち三人、カルサイト第一王子、妹たち。
中には、バラモン国に留学していて、長期休みを利用して戻ってきている姫のジュリアもいる。
ただし、パリスの王の席は空洞である。
体調が思わしくないまま、もう数年が経過していて、国民の前に現れるのは、限られた時の、短時間のみ。
招待客は、国内外から様々である。
中でも一番よい席、カルサイト第一王子の横には、赤毛のバラモン国王弟ムハンマドがバーライト国王の名代として座る。
ムハンマドの後ろには、二人の強もての赤い胸あて肩あての護衛がつく。
観衆の目当ては、儀式もさることながら、一同に会する、そうそうたる顔触れをひと目拝顔したいというのもある。
今年は特別なのだ!
リリアスは特別席の後ろから、彼らを見、そして堀の運河を見、ひしめく観客を見た。
特別席にはムハンマドがいる。そして自分の後ろには、蒼い衣に身を包んだルージュがいる。
だがしかし、リリアスの意識をとらえていたのは、堀の中に棲むその存在。
いびつに歪まされ汚された、既に本来の性質からかけ離れたもの。
儀式が始まる。
美しい白い布を被ったリリアスは、神官の一人に手を引かれて大観衆の前に出る。
リリアスに言い聞かされた役目は、定形の言葉を大きな声で叫ぶこと。
(あなたは何?!)
リリアスは、こころの中でその存在に呼び掛けた。
直接呼び掛けられたそれは、たまらず体を震わせた。
力がみなぎるようだった。
堀の水が盛り上がり、バシャンと何かがはねあがり、その姿を現した!
何万もの黒い鱗が光を反射させて虹色に煌めく。淀み変容したとはいえ、妖しく美しい、半ば実体化した水の精霊だった。
いったいこの場にいる何人が、その黒い鱗の姿を見たのだろう。
精霊の加護をもつものは確かにみた。
その血に古き血脈を濃くたどれるものの一部はみた!
招待客の一部は腰を浮かして、それをみた。
観衆も招待客も、ほとんどのものには、突然、何にもしないのに水が巨大に盛り上がってしぶきをはねあげて水滴が虹色に煌めいた、神秘的な現象としてしか理解できない。
神事の始りを今か今かと待つ大観衆は大いに沸いた!!
どこにでもあるものではあるが、いろんな力関係のバランスにより、あっちにいったり、こっちにいったり、時には気まぐれに動き回ったりしていた。
たまに、力を貸してとお願いが届く。
気が向けば助けもしたりするけれども、無視をしたりもする。
ほとんどの願いは、それの気が引けずに、素通りをしていく。
それは、何にも囚われることのないまったく自由な存在であった。
それには、心引かれる小さな存在があった。
その存在を、只それとして認め、くすぐり、愛で、敬意をもって扱ってくれる小さな生きもの。
彼らには、印が刻まれている。
それが、自分であると意識する前に、心を引かれた小さきものの存在を忘れないように、その魂に刻みつけたものだ。
彼らが望むなら無条件で力を貸した。
それが喜びであった。
時が経るうちに、小さきもののうちで力のあるものが、それを利用する意思をもって、その地のその場に縛り付けた。
小さきものの都合により、それに命令し従わせる。
それは、何処にでもあるもので、何処にでも動き回わる性質のものであったので、縛り付けられると暴れた。
小さきものは、さらにそれを縛り付けることに心血を注ぎ始めた。
それをきちんと自分達の望むように管理することが、小さきものの繁栄には必要不可欠だと思われたからだ。
彼らは定期的に、それーー
それは、大きなものから分離されて、自我らしきものを形成するようになっていた。
水の神、水の精霊と呼ばれ、己もそう思うようになっていた。
正確には、切りはなされた水の精霊の一部が変質した結果、自我らしきものをもつに至った存在、とでも表現できた。
そこにそれを閉じ込めた小さきものたちは、それをなだめるために、贄を捧げるようになっていく。
贄に選ばれたのは、自分たちを認め、愛でてくれる存在の、印をもった古い人だった。
印を持つ人を内側にとりこむと、その地に縛られ淀んだ己が清められるように思われた。
何百年間はその、古き人を取り込んだ。
それからは、古き人はまれになって、印のない黒い髪の新しき人が届けられた。
その頃になれば、その存在、変質し淀んだ水の精霊は、捧げて寄越されるものなら何でも良かった。
印をもった古き人の特徴的であった黒いひとみ、黒い髪が、その食欲を刺激した。
内側に取り込むと、満足の記憶が呼び起こされる。
それは懐かしく心地よかった。
それなので、贄を届ける小さきものの、望みを聞いてやろうと、かつて水の精霊だったものは思うのだった。
神殿は王宮の敷地内にあり、数々の重要な施設が頑丈な城壁に囲まれている。
さらに、その城壁の外は運河から水を引いた深い堀が、パリスの城と王都パリスを隔てている。
堀には東西南北に引き上げられる橋がかけられている。
北の橋は開かずの門で、神殿に直結している。神殿の行う儀式のときのみ開かれる。
水の祭の初日、朝から門が開かれて、橋が掛かっていた。
堀を挟んだ向かい側には多くのパリスの国民が、今年の水の巫女を拝顔しようと、例年になく集まっていた。
手には花々。
儀式の最後に投げ入れようと持っている。
花を売る、売り娘の籠の花を買い求める人たちもいる。
神殿の側には特別席が設けられていて、建国祭に呼ばれていた各国の要人や王族などが観覧できるようになっていた。
「これは初代のルシル王がパリス国を建国する、その前から行われていた水の神、水の精霊を鎮める儀式なのです。
その歴史は五百年とも、千年とも言われています。
歴史ある地を引き継いで、ルシル王はこの地に神殿を、王宮を造りました」
神官の一人が招待客に説明をしている。
パリスの王族もいる。
年老いた王妃たち三人、カルサイト第一王子、妹たち。
中には、バラモン国に留学していて、長期休みを利用して戻ってきている姫のジュリアもいる。
ただし、パリスの王の席は空洞である。
体調が思わしくないまま、もう数年が経過していて、国民の前に現れるのは、限られた時の、短時間のみ。
招待客は、国内外から様々である。
中でも一番よい席、カルサイト第一王子の横には、赤毛のバラモン国王弟ムハンマドがバーライト国王の名代として座る。
ムハンマドの後ろには、二人の強もての赤い胸あて肩あての護衛がつく。
観衆の目当ては、儀式もさることながら、一同に会する、そうそうたる顔触れをひと目拝顔したいというのもある。
今年は特別なのだ!
リリアスは特別席の後ろから、彼らを見、そして堀の運河を見、ひしめく観客を見た。
特別席にはムハンマドがいる。そして自分の後ろには、蒼い衣に身を包んだルージュがいる。
だがしかし、リリアスの意識をとらえていたのは、堀の中に棲むその存在。
いびつに歪まされ汚された、既に本来の性質からかけ離れたもの。
儀式が始まる。
美しい白い布を被ったリリアスは、神官の一人に手を引かれて大観衆の前に出る。
リリアスに言い聞かされた役目は、定形の言葉を大きな声で叫ぶこと。
(あなたは何?!)
リリアスは、こころの中でその存在に呼び掛けた。
直接呼び掛けられたそれは、たまらず体を震わせた。
力がみなぎるようだった。
堀の水が盛り上がり、バシャンと何かがはねあがり、その姿を現した!
何万もの黒い鱗が光を反射させて虹色に煌めく。淀み変容したとはいえ、妖しく美しい、半ば実体化した水の精霊だった。
いったいこの場にいる何人が、その黒い鱗の姿を見たのだろう。
精霊の加護をもつものは確かにみた。
その血に古き血脈を濃くたどれるものの一部はみた!
招待客の一部は腰を浮かして、それをみた。
観衆も招待客も、ほとんどのものには、突然、何にもしないのに水が巨大に盛り上がってしぶきをはねあげて水滴が虹色に煌めいた、神秘的な現象としてしか理解できない。
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