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第五章 価値あるもの
第33話 特産品選び
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明けぬ夜なし
満ちぬ月なし
闇夜を映す射干玉の
黒髪真白き雪の肌
混沌の闇底に
まどろみたゆたう
麗しき姫
我らの祈りは届きしか
つながりたまえ
照らしたまえ
与えたまえ
そのまなこに再び曙光を宿したまえ
高きところから低きところへ
熱も光も流れゆく
命も愛も流れゆく
明けぬ夜なし
満ちぬ月なし……
※
新月の儀式の後、わたしは三日間眠り続けたそうである。
「シャディーン殿は心配されて、何度か来ては治癒を施しておられましたよ」
アリサの言葉で、意識を失っている間、新月の儀式で唱和され続けていた歌とは別の歌を聞いていたような気がすることを思い出した。
シャディーンが歌っていたのならば治癒の魔術だと思う。
だけど、どんな歌だったのか、新月の儀式のときに繰り返し繰り返し聞かされていた歌とちがって、シャディーンの歌は全く思い出せなかった。
魔術の呪文が古代言語だということを、なぜか最近わかってしまった。
シャディーンの言語能力は古代言語までわたしに伝えている。
「目覚めたのなら、ルシルス王子が来てほしいといわれておりましたが、どうされますか?」
「どうするって、もちろん行くわよ」
基本暇なのだ。
十分すぎるほど睡眠をとったためか、体は軽い。
ルシルス王子はジュリアの部屋にいるという。
ジュリアの部屋に着くまでに、あの夜、ジュリアの意識の混沌とつながっていたときのことを思い返す。
記憶の欠片には、ルシルス王子は数えきれないほど登場していた。
シャディーンも同様だったが。
それだけ、ジュリアにとってふたりが大事な存在だった。
そして、ジュリアの自我がわたしに懇願したことが気にかかる。
こんなに目覚めることを待ち望み、異世界からわたしを連れてきてまでもなんとかしてやりたいと思うジュリアを愛する者たちに囲まれているのに、なぜ起こすなというのだろうか。
このことに関しては謎は謎のまま放置状態である。
ジュリアはいわゆる脳死状態だと思う。
人工呼吸器がない状態で生き続けられているのは、シャディーンたちの治癒魔術と、緑豊かな温室のような部屋という、高濃度酸素状態で、弱い呼吸でも豊富な酸素が体の中に取り入れられているからだろう。
だが、寝た切りの状態で筋力も骨も弱まっていく。
遠からず待っているのは肉体の死、本当の死。
ジュリアの部屋は様変わりしていた。
観葉植物はそのままだったが、ジュリアのベッドを囲むようにテーブルが置かれ、その上に様々なものが置かれている。海産物、農作物、かご類、塗りの書棚、乾漆の器。金製品、銀食器、根っこごと持ち込まれたひょろひょろした紅葉をはじめた照葉の苗……。
いつも静寂が友の霊廟のようだったジュリアの部屋の扉は開け放たれ、彼女の部屋にわたしを押しのけて荷物を運びこむ男たちもいる。
誰も近づけぬ結界はどうなったのか。
ルシルス王子は手に資料を持ち、官僚と話をしていたが、わたしに気が付き、満面の笑顔になった。
「ジュリ!ようやく起きれるようになったんだね!」
「この状態は、いったいどういうことですか?理解が追い付かないんですけれど」
「どうって、妹にはもっと刺激が必要なのじゃないかと思って。それに、もうじき本懐したときのために、グリーリッシュ皇子に献じる特産品を吟味しているんだよ。君の意見も聞きたいけれど、まずは妹と朝の挨拶をしてくれないかな?」
わたしは中央のいつもは下ろされている天蓋の紗幕が開いていることに気が付く。
その中に、ジュリアが体を起こしている。
髪を片側にまとめ、膝の上に本を置いている。
のぞき込めば、その薄闇の中で淡く輝く宝石のような瞳が見えた。
「ジュリア姫?もしかして、新月の儀式が成功して…?」
起きたのだと思ったが、うっすらと開いた目は、心の奥底を見ているのか何も映してはいなかった。
その空虚さに、一瞬喜んでしまった反動がきつい。
「ジュリアは外界に反応しているんだ。眉を寄せたり、微笑んだり。ジュリのおかげだ!新月の儀式は、毎回劇的にジュリアに完全に目覚める方向へと作用している!あと1、2回儀式を行えば、完全に意識をとりもどすかもしれないと侍医もいっていた。素晴らしいことだよ!」
「ルシルス王子、あの儀式のとき、実はわたしは……」
ルシルス王子の喜びようの前に、わたしを起こさないで、という彼女の自我のメッセージを伝えるべきか迷う。
ルシルス王子は、今は否定的な言葉を受け止められないのではないかとためらった。
満ちぬ月なし
闇夜を映す射干玉の
黒髪真白き雪の肌
混沌の闇底に
まどろみたゆたう
麗しき姫
我らの祈りは届きしか
つながりたまえ
照らしたまえ
与えたまえ
そのまなこに再び曙光を宿したまえ
高きところから低きところへ
熱も光も流れゆく
命も愛も流れゆく
明けぬ夜なし
満ちぬ月なし……
※
新月の儀式の後、わたしは三日間眠り続けたそうである。
「シャディーン殿は心配されて、何度か来ては治癒を施しておられましたよ」
アリサの言葉で、意識を失っている間、新月の儀式で唱和され続けていた歌とは別の歌を聞いていたような気がすることを思い出した。
シャディーンが歌っていたのならば治癒の魔術だと思う。
だけど、どんな歌だったのか、新月の儀式のときに繰り返し繰り返し聞かされていた歌とちがって、シャディーンの歌は全く思い出せなかった。
魔術の呪文が古代言語だということを、なぜか最近わかってしまった。
シャディーンの言語能力は古代言語までわたしに伝えている。
「目覚めたのなら、ルシルス王子が来てほしいといわれておりましたが、どうされますか?」
「どうするって、もちろん行くわよ」
基本暇なのだ。
十分すぎるほど睡眠をとったためか、体は軽い。
ルシルス王子はジュリアの部屋にいるという。
ジュリアの部屋に着くまでに、あの夜、ジュリアの意識の混沌とつながっていたときのことを思い返す。
記憶の欠片には、ルシルス王子は数えきれないほど登場していた。
シャディーンも同様だったが。
それだけ、ジュリアにとってふたりが大事な存在だった。
そして、ジュリアの自我がわたしに懇願したことが気にかかる。
こんなに目覚めることを待ち望み、異世界からわたしを連れてきてまでもなんとかしてやりたいと思うジュリアを愛する者たちに囲まれているのに、なぜ起こすなというのだろうか。
このことに関しては謎は謎のまま放置状態である。
ジュリアはいわゆる脳死状態だと思う。
人工呼吸器がない状態で生き続けられているのは、シャディーンたちの治癒魔術と、緑豊かな温室のような部屋という、高濃度酸素状態で、弱い呼吸でも豊富な酸素が体の中に取り入れられているからだろう。
だが、寝た切りの状態で筋力も骨も弱まっていく。
遠からず待っているのは肉体の死、本当の死。
ジュリアの部屋は様変わりしていた。
観葉植物はそのままだったが、ジュリアのベッドを囲むようにテーブルが置かれ、その上に様々なものが置かれている。海産物、農作物、かご類、塗りの書棚、乾漆の器。金製品、銀食器、根っこごと持ち込まれたひょろひょろした紅葉をはじめた照葉の苗……。
いつも静寂が友の霊廟のようだったジュリアの部屋の扉は開け放たれ、彼女の部屋にわたしを押しのけて荷物を運びこむ男たちもいる。
誰も近づけぬ結界はどうなったのか。
ルシルス王子は手に資料を持ち、官僚と話をしていたが、わたしに気が付き、満面の笑顔になった。
「ジュリ!ようやく起きれるようになったんだね!」
「この状態は、いったいどういうことですか?理解が追い付かないんですけれど」
「どうって、妹にはもっと刺激が必要なのじゃないかと思って。それに、もうじき本懐したときのために、グリーリッシュ皇子に献じる特産品を吟味しているんだよ。君の意見も聞きたいけれど、まずは妹と朝の挨拶をしてくれないかな?」
わたしは中央のいつもは下ろされている天蓋の紗幕が開いていることに気が付く。
その中に、ジュリアが体を起こしている。
髪を片側にまとめ、膝の上に本を置いている。
のぞき込めば、その薄闇の中で淡く輝く宝石のような瞳が見えた。
「ジュリア姫?もしかして、新月の儀式が成功して…?」
起きたのだと思ったが、うっすらと開いた目は、心の奥底を見ているのか何も映してはいなかった。
その空虚さに、一瞬喜んでしまった反動がきつい。
「ジュリアは外界に反応しているんだ。眉を寄せたり、微笑んだり。ジュリのおかげだ!新月の儀式は、毎回劇的にジュリアに完全に目覚める方向へと作用している!あと1、2回儀式を行えば、完全に意識をとりもどすかもしれないと侍医もいっていた。素晴らしいことだよ!」
「ルシルス王子、あの儀式のとき、実はわたしは……」
ルシルス王子の喜びようの前に、わたしを起こさないで、という彼女の自我のメッセージを伝えるべきか迷う。
ルシルス王子は、今は否定的な言葉を受け止められないのではないかとためらった。
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