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第六章 収穫祭
第39話 収穫祭①
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仕込んだ酒の熟成は進む。
出来上がった酒を絞った雫を口にすれば、雑味のない清涼な若々しい風味が口内に広がり、さわやかな香気が鼻に抜ける。
麹菌が米のデンプンを糖に変え、その糖をアルコールに変化させていくのは、このジュリアの酒蔵に住み着いた天然酵母に加え、酒蔵に毎日出入りするわたしの身体に付着する藤崎家の酒蔵のものも、きっと混ざっている。
この世界の米とわたしの世界とが融合されていた。
広間に置かれた王妃とわたしの酒の飲み比べをした者たちは、王妃の酒に笑顔になってうなずき、わたしの酒に目を閉じた。友と連れ立ってきた者たちは二人して王妃に花の一票を入れるものもいる。いつもの上出来の味わいだからだ。一人で来たものは、わたしの酒を舌の上で転がし清涼な香気に意識をゆだねる。
わたしの酒は今までにない清涼な味わいの酒だと評判になった。
次第にわたしの花が増えていき、王妃を推す侍女たちの頑張りにもかかわらず、僅差でわたしの酒が祭りの酒に決まった。
投票の花を数える場に立ち会った王妃は、真っ赤な唇を引き上げて笑う。
余裕の笑みであるがその目は笑っていない。
「去年も、おととしもわたくしのお酒でしたから、姫の酒も使わないとわたくしが卑怯な手段を使っていると思われるから、今年ぐらいお譲りしないといけませんものね。確かにいままでに味わったことのない淡泊な味わいですけれど、これだと食事に負けてしまうでしょうね」
「ただの物珍しさの勝利ですわ」
王妃の侍女がわたしに聞こえるように言った。
「ジュリさま、負け惜しみにしか聞こえませんね」
アリサも負けずにわたしにささやいた。
もちろん、王妃たちに聞こえるようにである。
広場から去りかけた王妃は立ち止まった。
「そうそう、御神酒はジュリア姫が作ったことになっているのですから、その酒をつくったあなたは姫として参加されるのでしょう?民も久々にジュリア姫を目にする機会となるのですから、装いだけでもジュリアの代わりらしくなさい。完璧にね」
「さまざまな髪形のあれをお持ちですし、王妃さま、ご心配されることもありませんわ」
侍女たちは含み笑いをする。
わたしが嫌がるのをよく知ったうえで、なおかつかつらをかぶらせたいのだ。
夏の盛りを越えたとはいえ、重いかつらは正直ご遠慮願いたい。
さらに絶世の美女と評判のお姫さまの代役というのも、荷が重いのではないか。
透き通るような肌に、長いまつ毛の下の覗く瞳は美しい。
日焼けし放題のわたしと違いすぎる。
「わたしは別に参加したいとも思わないから、別に参加しなくても……」
「王妃、大丈夫ですよ。ジュリが酒造りをしなくてはならなくなったことの責任はわたしにもありますから、ちゃんと祭りの始まる明日の夕刻を迎えられるようにしますから」
とろけるような笑顔でルシルス王子が口をさしはさんだ。
王子の存在はその場を和ませる。
「ルシルスがそうおっしゃるのでしたら安心ですね。祭りが楽しみですわ!」
「だからわたしは別に……」
わたしが収穫祭の儀式に参加しないという選択肢はなさそうで、成り行き上逃れられなさそうである。
王子は顎に手を置き、改めてわたしを頭の先からつま先まで眺めた。
陽光のような美貌に暗雲がかかる。
改めて、顔の造作の粗を探されているようで落ち着かない。
「姫の代役となると、足りないな。もう少し、作り上げなければならないかな。まだ時間は十分ある」
口の中でなにやらひとり呟くと、ルシルス王子は足早に去っていく。
「ああっ、わたしも準備をしなければ!」
「ちょっと、わたしは出るって言ってないんだけど」
「これは決定事項のようです。そうとなったら準備は万端にしなければなりません!」
アリサもルシルス王子の後に続く。
収穫祭の御神酒に選ばれたい、アイリス王妃を見返したい、この世界の米酒に一石を投じたいなど大それたことなど望んでいない。この世界では新しい酒をアストリア国の特産品としてロスフェルス帝国への献上品にするのも正直なところどうでも良かった。
できあがった酒を口に含ませたとき。
たったの数滴だったけれど、寡黙だけれどそこにいるだけで安心感がある父、わたしが好きだからヨーグルトに刻んだイチゴを混ぜてくれる母、わたしのやることならなんでも一緒にしたがる弟のいる日常がまな裏に一度に浮かんだ。わたしは、かつての自分の世界が恋しかった。
ジュリア姫の目覚めは近いような気がする。
収穫祭の後の新月の儀式が最後になりそうな予感がする。
わたしがこの世界での役目を終えるのはもうあと数日後なのだ。体もこのまま持ちこたえれば、無事になんとか生きて戻れそうである。
その前に、絶世の美女の代役という、鏡さえ持っているものなら絶対に名乗りを上げないような、気の乗らないことをしなければならないのだけれど。
出来上がった酒を絞った雫を口にすれば、雑味のない清涼な若々しい風味が口内に広がり、さわやかな香気が鼻に抜ける。
麹菌が米のデンプンを糖に変え、その糖をアルコールに変化させていくのは、このジュリアの酒蔵に住み着いた天然酵母に加え、酒蔵に毎日出入りするわたしの身体に付着する藤崎家の酒蔵のものも、きっと混ざっている。
この世界の米とわたしの世界とが融合されていた。
広間に置かれた王妃とわたしの酒の飲み比べをした者たちは、王妃の酒に笑顔になってうなずき、わたしの酒に目を閉じた。友と連れ立ってきた者たちは二人して王妃に花の一票を入れるものもいる。いつもの上出来の味わいだからだ。一人で来たものは、わたしの酒を舌の上で転がし清涼な香気に意識をゆだねる。
わたしの酒は今までにない清涼な味わいの酒だと評判になった。
次第にわたしの花が増えていき、王妃を推す侍女たちの頑張りにもかかわらず、僅差でわたしの酒が祭りの酒に決まった。
投票の花を数える場に立ち会った王妃は、真っ赤な唇を引き上げて笑う。
余裕の笑みであるがその目は笑っていない。
「去年も、おととしもわたくしのお酒でしたから、姫の酒も使わないとわたくしが卑怯な手段を使っていると思われるから、今年ぐらいお譲りしないといけませんものね。確かにいままでに味わったことのない淡泊な味わいですけれど、これだと食事に負けてしまうでしょうね」
「ただの物珍しさの勝利ですわ」
王妃の侍女がわたしに聞こえるように言った。
「ジュリさま、負け惜しみにしか聞こえませんね」
アリサも負けずにわたしにささやいた。
もちろん、王妃たちに聞こえるようにである。
広場から去りかけた王妃は立ち止まった。
「そうそう、御神酒はジュリア姫が作ったことになっているのですから、その酒をつくったあなたは姫として参加されるのでしょう?民も久々にジュリア姫を目にする機会となるのですから、装いだけでもジュリアの代わりらしくなさい。完璧にね」
「さまざまな髪形のあれをお持ちですし、王妃さま、ご心配されることもありませんわ」
侍女たちは含み笑いをする。
わたしが嫌がるのをよく知ったうえで、なおかつかつらをかぶらせたいのだ。
夏の盛りを越えたとはいえ、重いかつらは正直ご遠慮願いたい。
さらに絶世の美女と評判のお姫さまの代役というのも、荷が重いのではないか。
透き通るような肌に、長いまつ毛の下の覗く瞳は美しい。
日焼けし放題のわたしと違いすぎる。
「わたしは別に参加したいとも思わないから、別に参加しなくても……」
「王妃、大丈夫ですよ。ジュリが酒造りをしなくてはならなくなったことの責任はわたしにもありますから、ちゃんと祭りの始まる明日の夕刻を迎えられるようにしますから」
とろけるような笑顔でルシルス王子が口をさしはさんだ。
王子の存在はその場を和ませる。
「ルシルスがそうおっしゃるのでしたら安心ですね。祭りが楽しみですわ!」
「だからわたしは別に……」
わたしが収穫祭の儀式に参加しないという選択肢はなさそうで、成り行き上逃れられなさそうである。
王子は顎に手を置き、改めてわたしを頭の先からつま先まで眺めた。
陽光のような美貌に暗雲がかかる。
改めて、顔の造作の粗を探されているようで落ち着かない。
「姫の代役となると、足りないな。もう少し、作り上げなければならないかな。まだ時間は十分ある」
口の中でなにやらひとり呟くと、ルシルス王子は足早に去っていく。
「ああっ、わたしも準備をしなければ!」
「ちょっと、わたしは出るって言ってないんだけど」
「これは決定事項のようです。そうとなったら準備は万端にしなければなりません!」
アリサもルシルス王子の後に続く。
収穫祭の御神酒に選ばれたい、アイリス王妃を見返したい、この世界の米酒に一石を投じたいなど大それたことなど望んでいない。この世界では新しい酒をアストリア国の特産品としてロスフェルス帝国への献上品にするのも正直なところどうでも良かった。
できあがった酒を口に含ませたとき。
たったの数滴だったけれど、寡黙だけれどそこにいるだけで安心感がある父、わたしが好きだからヨーグルトに刻んだイチゴを混ぜてくれる母、わたしのやることならなんでも一緒にしたがる弟のいる日常がまな裏に一度に浮かんだ。わたしは、かつての自分の世界が恋しかった。
ジュリア姫の目覚めは近いような気がする。
収穫祭の後の新月の儀式が最後になりそうな予感がする。
わたしがこの世界での役目を終えるのはもうあと数日後なのだ。体もこのまま持ちこたえれば、無事になんとか生きて戻れそうである。
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