魔が歌は愛のしずく

藤雪花(ふじゆきはな)

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第1話 草原の巫女

6、最強の巫女 ②

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リシュアは巫女の瞑想修行について行ったかと思うと、すぐに飽きて座す巫女にじゃれ始める。
水行では滝つぼの深くに潜って浮き上がらない。
血相を変えて探しまくる姉巫女たちを尻目に、限界まで息を止めて水底の魚と遊んでいることもしばしばである。

薬草の仕分けでは、おおざっぱで役に立たない雑草が完全に取り除かれず混ざっている。
かと思えば、なんの効能もない葉を、きれいだからというだけで熱心に集めていたりする。
勝手に草を食べては腹を下して大騒ぎとなる。

だがそのリシュアは歌だけは大好きで、巫女たちが歌う歌を、元気で大きな声で歌う。
巫女が集中し、歌に込める聞くものに直接作用させる「愛」や「癒」や「やすらぎ」の気持ちを、面白い替え歌で爆笑に変えてしまうこともある。

「また、お前修行の邪魔をして!」

怒るのは兄貴分のシュリ。
赤子の頃から面倒を見ているために、すっかり本当の兄妹のようである。
老巫女に赤子の時に見込まれ期待されたはずのリシュアは、5ツになる頃には老巫女から、今度は才能なしとみなされてしまっていた。

そうなると、はじめから雑務でこの森に入っているシュリのように巫女たちの身の回りの世話をするのが遊びと勉強の合間の仕事となる。

普段は楽しいことばかりを追求しているようなリシュアも、たまに見習い巫女のイリューシャの歌うときに真面目にその声を合わせることもある。
誰にもきちんと教えてもらっていないのに、リシュアの声はイリューシャの声と美しく絡みあい唱和する。
そんな時、決まってイリューシャの歌の力は倍増しているのだ。

見習い巫女としての修行の最後の段階に来ていたイリューシャが13歳となり、リシュアが8歳になったその時も、リシュアは森の主の、小さな白い子狼を見つけてきたのだった。
その子狼は虫の息だった。
崖から落ちたのか、手足が奇妙な形に折れ曲がっている。
腹も膨れている。
内臓の損傷、不正な出血は見るからに明らかだった。
泣きながら、リシュアはイリューシャに歌を歌ってと頼む。
イリューシャは静かに死に逝く魂を送る歌を歌い始めた。

「違う!まだこの子は生きる気持ちがある!その命は燃えている!送る歌ではなく傷を劇的に修復する歌を歌って!」

イリューシャは驚いた。
リシュアの手の中の小さな白い獣には、どこにも命の燃える気配など見当たらない。
だが、リシュアは本気だった。
血のつながらないこの小さな妹に、この子は助からないと言うには酷に思えた。

だからイリューシャは歌う。
無駄だとは思いながら骨をつなげ、内臓の損傷を癒す歌を。
泣きながら、リシュアは折れた手足を正しい形に整えた。
膨らんだ腹を裂き、たまった黒い血を流し傷跡を手でふさぐ。
その間も白い獣は痛みを感じられるほどの力はない。
弱くか細く、心臓を打ち続けるのみ。

リシュアはイリューシャの隣でふっと息を吸った。
騒ぎを聞きつけて、ほうきをもった双子の弟のシュリが駆けつけてきていた。
泣いていたリシュアが歌っていると気が付いたのは、随分たってから。
イリューシャが気が付かないほど自然に、影のように、己の修復を促す歌に唱和していたからだ。
狼の腹に置かれていたリシュアのちいさな手の下で、次第に力を満たしていく心臓が強く打つのをイリーシャは「見」た。
同時に、はじめからリシュアが見ていたのであろう、獣の中に小さいながらも必死に燃えていたその命の炎が燃え上がる輝きを。
シュリが驚き息を飲む気配。
リシュアの歌声に歓喜が混ざった。

「シュリも歌ってよ!」
「歌えないよ」
「何だっていいから、合わせて!」
歓喜に有頂天となり、リシュアはシュリに無茶ぶりをする。

そして、イリューシャの歌声の影にすぎなかったリシュアが、突如、旋律を乗っ取った。
小さな命を鼓舞し、苦しみに耐えるように勇気づけ、生きる喜びを称える命の歌。
もはやイリューシャは主旋律ではない。
リシュアの力強く粗削りな命の歌に寄り添い、補強する側になっていた。
シュリも心は一つで歌っている。

とうとう森の主の白い子狼は、真っ青な目を開いた。
心臓は力強く規則的に打っている。
その身体も魂も、完全に癒えていた。
もう、三人の歌は必要なかった。
リシュアの手のひらをべろりとなめると、元気に回復した白い子狼は一目散に己の足で森の中に帰っていったのだった。


「ねえ、リシュア。どうして皆の前では真面目に歌わないの?」

最年少で最強の力をもつ巫女は、姉巫女たちでもなく老巫女でさえもなく、イリューシャと囁かれていた。

「だって、修行は退屈だし、森の中にはもっと楽しいことがあるし。草木や動物たちとおしゃべりするのは楽しい!老巫女はずっとこの森で生きてきた。巫女になればここに閉じ込められるでしょう?森の外からはいろんな人たちがいろんな情報をもってやってくる。
おいしいもの、不思議なもの、きれいな衣装もあるわ!そんな世界って、巫女をするよりも楽しそうじゃない?イリューシャはそう思わないの?」

見事に歌い終え、額に浮かんだ汗をぬぐってリシュアは無邪気にいう。

「まあ、呆れた子。せっかくの素質が台無しだわ」

持って生まれた才能も、修行をしなければなまくらになり錆びて、使い物にならなくなることもある。
だから巫女たちは生涯修行をするのだ。
その修行を退屈というこの小さな子は、才はあっても巫女に向かない。 



       
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