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第2話 もう一つの顔
12、幽霊騒ぎ ①
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安寧国第10皇子のシリアンは草原との境にある小さな直轄地であるクルトウシにある己の館に立ち寄り、皇都に帰国する。
皇都では第10皇子は失笑にて迎えられる。
皇城でも同様である。
初陣で蛮族の掃討に少しも参加せず、戦後処理で生き残った捕虜たちを確保したのにも関わらず、僅かな天候の乱れにせっかく確保した捕虜たちを全員手放してしまったという失態は誰もが知る話である。
15歳の第10皇子は、皇のかつては有能であった側近ダビドと共に、無能の烙印を押されていた。
現皇バーライトが安寧国の建国の宣言を高々に掲げた時、15歳。
シリアンの15歳という若さは問題ではなかった。
一方で、蛮族を征討した上の兄たちは次期皇の座を巡り見えない火花を散らしていた。
彼らは強い軍隊をそれぞれ持ち、有能な部下たちを多く持つ。
皇都が彼らの凱旋に沸いている時、皇に報告を済ませたシリアンは、早々にクルトウシに戻ることになる。
シリアンが己の評判を引き換えにしてまで手に入れたもの。
それは一人の女の子である。
シリアンが立ち寄った時、10歳の子供がクルトウシの館に預けられていた。
子供の風貌は安寧国人のものではない。
栗色の髪、グレーがかる淡い目の色は、草原の民に見られる特徴であった。
処遇を定めるまでこの子供は預かり物である。
ダビドの預かってくれ、とだけの指示に執事と女中頭は顔を見合わせる。
主人が蛮族の遠征で得たものが、この薄汚れた子供だけである。
その子供になんの価値があるのか彼らには全く理解できなかった。
シリアンが戻るまでの10日間。
初めの数日はおどおどとしていた子供であった。
一言も口をひらかないために、口がきけない哀れな子供だと館の者たちは思った。
執事と女中頭は主人が連れ帰ったこの子供がどのようなものかわからない以上、また、どれぐらい滞在するのかわからない以上、彼らが考える最良の扱いをすることにする。
主人が連れ帰ったこの女の子が、将来、主人の恋人や妻としての役割を期待されているかもしれないのである。
もしくは既にそういう関係にあるのかもしれない。
だがその考えを彼らは振り払う。
20の主人に15の女子ならばあり得るかもしれないが、同じ5歳の年の差とはいえ、15の主人に10歳の子供なのである。
主人にそのような虐待の趣味はない。
湯に入れ、清潔な服を着せ、十分な食事を与える。
10歳の子供らしく勉強をさせるために、その学力知力体力をはかろうとする。
滞在が万が一長くなるのであれば、学校に通わせるか先生をつける必要があるかもしれない。
有能な執事であれば、主人が具体的に指示しなくてもその時のために準備万端にしておくものである。
この館には、下働きの蛮族の奴隷が若い者も年寄も何人かいるが、彼らと同様の扱いをすることをためらわれた。
それなので、主人の意図が正確にわからない今、主人の友人の子供を預かったという想定で、執事と女中頭は一致したのである。
安寧国人の自由人であるならば、10歳の子供なら当然うけているべき勉強はなされていない。リシュアは、おどおどしながら机に座る学力テストの三日間を過ごす。
4日目には机に座るのも飽きてしまった。
初めはおずおずと、返事が返ってくるのがわかると、今度は誰彼構わず捕まえて話し出す。
彼らがおのれに危害を加えるつもりがなさそうだと見て取ると、館の中を元気に走り回りだした。
リシュアが本気になると、誰も追いつけない。
だが館の探検も、女中たちとの追いかけっこも、飽きてしまう。
リシュアの次の興味は館の外に移る。
館の入り口には怖い顔をした門番が立っていた。
門番に歌いかけて、草原の民出身の門番の笑顔を勝ち取ると、館をぐるりと取り囲む大きな庭を探索することを許された。
そしてこの館に来て7日が立つ頃には、執事や女中頭の思惑とは関係なく、リシュアが自分で定めた日課が決まる。
朝は誰かの起きた気配に目が覚める。
下働きの奴隷たちと食事を作るのを助け、そこで食べ、午前中いっぱい女中に貼りついて館の中を掃除する。
庭を掃除をする庭師が目に入れば、窓から外に飛び出して、彼らとともに庭を掃く。
女中たちが洗濯を始めれば、見よう見真似で洗濯を始める。
食事の準備の邪魔をし、掃き集めた落ち葉を散らかし、洗濯をしているのか、自分が洗濯されているのかわからないぐらい服を濡らすことになるのだが。
そして午前中いっぱい動き回ったその午後は昼寝だったり、庭で一人で遊んだり。最近生まれた子犬と遊んだり。
たまに大きな声で歌ったりする。
10日過ぎる頃には、草原育ちのリシュアは、館の者が驚くほど元気で活発で、仕事を手伝うというよりも、むしろ邪魔され増やされながらも一緒にいると笑顔になってしまうほど、愛らしかった。
預かり子だから。
まだ処遇がはっきりきまってないのだから。
リシュアの傍若無人なふるまいは、その笑顔と時折予告なく始まる歌声に、許されたのである。
10日ぶりに館に帰国したシリアンは、クルトウシの館の者たちの顔がいつにも増して明るいことに驚いた。
主人がいることにも気づかず隣の部屋から談笑する声も聞こえてくる。
「、、、、あの子供はどうだった?」
藍で染めた刺繍が重い準正装の上着をシリアンは脱いだ。
「安寧国の自由人なら当然学ぶべきことは全く学んでおりませんが、愛らしく、健康でとても元気な子供です。興味さえうまく持ってもらえることができれば、頭も悪くないようですし、学力はつけられるでしょう」
執事は答える。
「何か、不思議なことはなかったか?」
主人の質問に執事と女中頭は顔を見合わせた。
質問の意味が分からなかったのである。
皇都では第10皇子は失笑にて迎えられる。
皇城でも同様である。
初陣で蛮族の掃討に少しも参加せず、戦後処理で生き残った捕虜たちを確保したのにも関わらず、僅かな天候の乱れにせっかく確保した捕虜たちを全員手放してしまったという失態は誰もが知る話である。
15歳の第10皇子は、皇のかつては有能であった側近ダビドと共に、無能の烙印を押されていた。
現皇バーライトが安寧国の建国の宣言を高々に掲げた時、15歳。
シリアンの15歳という若さは問題ではなかった。
一方で、蛮族を征討した上の兄たちは次期皇の座を巡り見えない火花を散らしていた。
彼らは強い軍隊をそれぞれ持ち、有能な部下たちを多く持つ。
皇都が彼らの凱旋に沸いている時、皇に報告を済ませたシリアンは、早々にクルトウシに戻ることになる。
シリアンが己の評判を引き換えにしてまで手に入れたもの。
それは一人の女の子である。
シリアンが立ち寄った時、10歳の子供がクルトウシの館に預けられていた。
子供の風貌は安寧国人のものではない。
栗色の髪、グレーがかる淡い目の色は、草原の民に見られる特徴であった。
処遇を定めるまでこの子供は預かり物である。
ダビドの預かってくれ、とだけの指示に執事と女中頭は顔を見合わせる。
主人が蛮族の遠征で得たものが、この薄汚れた子供だけである。
その子供になんの価値があるのか彼らには全く理解できなかった。
シリアンが戻るまでの10日間。
初めの数日はおどおどとしていた子供であった。
一言も口をひらかないために、口がきけない哀れな子供だと館の者たちは思った。
執事と女中頭は主人が連れ帰ったこの子供がどのようなものかわからない以上、また、どれぐらい滞在するのかわからない以上、彼らが考える最良の扱いをすることにする。
主人が連れ帰ったこの女の子が、将来、主人の恋人や妻としての役割を期待されているかもしれないのである。
もしくは既にそういう関係にあるのかもしれない。
だがその考えを彼らは振り払う。
20の主人に15の女子ならばあり得るかもしれないが、同じ5歳の年の差とはいえ、15の主人に10歳の子供なのである。
主人にそのような虐待の趣味はない。
湯に入れ、清潔な服を着せ、十分な食事を与える。
10歳の子供らしく勉強をさせるために、その学力知力体力をはかろうとする。
滞在が万が一長くなるのであれば、学校に通わせるか先生をつける必要があるかもしれない。
有能な執事であれば、主人が具体的に指示しなくてもその時のために準備万端にしておくものである。
この館には、下働きの蛮族の奴隷が若い者も年寄も何人かいるが、彼らと同様の扱いをすることをためらわれた。
それなので、主人の意図が正確にわからない今、主人の友人の子供を預かったという想定で、執事と女中頭は一致したのである。
安寧国人の自由人であるならば、10歳の子供なら当然うけているべき勉強はなされていない。リシュアは、おどおどしながら机に座る学力テストの三日間を過ごす。
4日目には机に座るのも飽きてしまった。
初めはおずおずと、返事が返ってくるのがわかると、今度は誰彼構わず捕まえて話し出す。
彼らがおのれに危害を加えるつもりがなさそうだと見て取ると、館の中を元気に走り回りだした。
リシュアが本気になると、誰も追いつけない。
だが館の探検も、女中たちとの追いかけっこも、飽きてしまう。
リシュアの次の興味は館の外に移る。
館の入り口には怖い顔をした門番が立っていた。
門番に歌いかけて、草原の民出身の門番の笑顔を勝ち取ると、館をぐるりと取り囲む大きな庭を探索することを許された。
そしてこの館に来て7日が立つ頃には、執事や女中頭の思惑とは関係なく、リシュアが自分で定めた日課が決まる。
朝は誰かの起きた気配に目が覚める。
下働きの奴隷たちと食事を作るのを助け、そこで食べ、午前中いっぱい女中に貼りついて館の中を掃除する。
庭を掃除をする庭師が目に入れば、窓から外に飛び出して、彼らとともに庭を掃く。
女中たちが洗濯を始めれば、見よう見真似で洗濯を始める。
食事の準備の邪魔をし、掃き集めた落ち葉を散らかし、洗濯をしているのか、自分が洗濯されているのかわからないぐらい服を濡らすことになるのだが。
そして午前中いっぱい動き回ったその午後は昼寝だったり、庭で一人で遊んだり。最近生まれた子犬と遊んだり。
たまに大きな声で歌ったりする。
10日過ぎる頃には、草原育ちのリシュアは、館の者が驚くほど元気で活発で、仕事を手伝うというよりも、むしろ邪魔され増やされながらも一緒にいると笑顔になってしまうほど、愛らしかった。
預かり子だから。
まだ処遇がはっきりきまってないのだから。
リシュアの傍若無人なふるまいは、その笑顔と時折予告なく始まる歌声に、許されたのである。
10日ぶりに館に帰国したシリアンは、クルトウシの館の者たちの顔がいつにも増して明るいことに驚いた。
主人がいることにも気づかず隣の部屋から談笑する声も聞こえてくる。
「、、、、あの子供はどうだった?」
藍で染めた刺繍が重い準正装の上着をシリアンは脱いだ。
「安寧国の自由人なら当然学ぶべきことは全く学んでおりませんが、愛らしく、健康でとても元気な子供です。興味さえうまく持ってもらえることができれば、頭も悪くないようですし、学力はつけられるでしょう」
執事は答える。
「何か、不思議なことはなかったか?」
主人の質問に執事と女中頭は顔を見合わせた。
質問の意味が分からなかったのである。
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