わんもあ!

駿心

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第2部

TAKE38 恋人の意識 前編

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◇◇◇◇

……

……

すっかり飲み終わった麦茶の入っていたコップをテーブルに置いて、小夜は亜門の昔の話をジッと聞いていた。

去年の夏、斗真達が黒岩高校とやり合ったわけ。


倒したい奴。
守りたい奴。

それが誰なのかは話を聞いてみないと小夜にわかるわけがなかった。


小夜は無意識に目を擦った。

それに亜門が気付いた。


「あ…わりぃ。話、むちゃくちゃ長かったよな…」

「え…うぅん!!全然平気。」

「でも眠いんじゃねぇか?」


そう言って亜門は時計をチラッと見た。

23時を過ぎてしまっている。

亜門は小夜の方に向き直った。


「斗真の話…とか出たけど何か思い出したことは…」

「うぅん…ごめん、何も。」

「そうか。続きはまた今度話そう。今日はもう寝るか。」

「うん…あ!!亜門!!熱は大丈夫!?」


小夜は亜門の額に手を当てた。

亜門は瞬きしたあと「あぁ」と思い出したように納得して、小夜の手を外した。


「頭打ったのも咄嗟に手でカバーしたから軽い。他にも殴られたところだって俺は慣れてるし…」

「いや…忘れるところだったけど今日は亜門の看病に来てるし!!」

「…小夜のその色々と忘れっぽいところ……どうにかしてほしい」

「あはは!!記憶喪失だけに?」

「笑えない」


亜門が目を細めて小夜の頭を軽く叩いた。


「軽い解熱剤飲むから平気。今日はもう寝るぞ。」


亜門は立ち上がって背中を向けた。

小夜は亜門のその背中に胸が苦しくなった。

話を聞いた限り、泰成の時にはもっと素直に安心して亜門は看病を受けてくれただろう。

話してくれた亜門の過去。

自分は斗真や泰成と同じように亜門の支えになることが出来るのだろうか。

不安。

怖い。

苦しい。

…でも愛しい。

小夜は立ち上がって亜門の背中に飛び込んで抱き締めた。


「…小夜?」

「…」

「マジ平気だから離れろ。」

「亜門はずっと一人でこうして耐えてきたんでしょ?」

「…」

「斗真くんみたいになれないかもしれないけど…」

「…」

「それ以上に私自身が問題だらけだけど、私も亜門に甘えてばっかだったけど、」

「小夜、」

「私も亜門の支えになりたい、」

「マジで離れろ。ストップ。」


亜門が振り返って小夜の肩を掴んで離した。

亜門の拒否をされたと小夜は思った。

自分なんかが亜門の支えになるなどおこがましいことを言ってしまった。


「ごめん。」

「いや…小夜の気持ちは嬉しいんだが…」


小夜は余計に俯いた。

そんなフォローをされるのが余計に悲しい。


「嬉しいけど、時間がダメ。場所がダメ。」

「……え?」


亜門の言葉がわからず顔を上げた。

それと同時に亜門は手を離して顔を反らした。


「小夜のそのストレート攻撃は今は勘弁。」

「あも…」

「小夜の気持ちも俺の頭も無視して、先に体が反応しちまうから。」

「……ん…?」


亜門は思いっきり眉をひそめて、目も細めた。

そして小夜の腕を掴んで隣の部屋へと連れていった。

クローゼットと勉強机とベッド。

亜門の寝室だとわかった。


「はい寝ろ。お前ココ。俺は下で寝る。」

「え…いや、下ってさっきの1階?ソファーで寝る気!?」

「ごちゃごちゃ言うな。もう限界。はい寝ろ!!」


端的に棒読みの亜門を不思議に感じたので小夜は亜門を引き止めた。


「待って!!亜門は怪我人なんだから!!それに亜門の家だし、私がソファーに…」

「……お嬢様がソファーは無理だろ。」

「ぬ!?お嬢なめんなよ!?」

「大丈夫だ、気にするな、おやすみ。」

「亜門!!」


早口で部屋を出ていこうとする亜門の手を取った。

途端に亜門はビクッと震えた。

それに小夜はビックリしたが、手は離さなかった。

亜門はしばらく黙ったあと、大きく息を吐いてゆっくりと小夜を見た。


「小夜は本とか漫画とか読んだんだよな?」


話題が飛んでよくわからないが、さっきの不自然な棒読みでなく、いつものゆったりとした口調に小夜はホッとした。


「うん。新刊も買うつもり。」

「……そんな中で付き合ってる男女が部屋で二人っきりになったらどうなるとかなかったわけ?」

「え?あるよ!!付き合ってなくても夜とか誰もいないところで二人は……」


小夜は漫画の続きの展開を思い出した。

目を見開く。

亜門から手を離す。

顔を真っ赤にさせていった。


「うぉおおおぉー!!!!」

「…あったんなら気付いといてくれよ。」


亜門は片手で顔を覆って項垂れた。

小夜は頭を抱えた。


「えーっと、えーっと、ご…ご、ごめ、」

「……謝んな、わかってくれたならやりやすい。じゃあな、もう黙って寝ろよ。」

「う…でも、」

「あ?」

「あれは漫画の中の話…だよね?」


そう言うとそれまで落ち着きのなかった亜門はふと真顔になった。


「亜門?」


そしてゆっくりと近付いてきた亜門に、手を掴まれ腰も引き寄せられた。


「え?…わっ。」


バランスを崩した小夜はいつの間にかベッドに寝かせられていて、亜門が覆い被さっていた。


(ち…ち、近い。)


小夜はどんどん顔の温度が上がっていくのを感じた。

普段はそこまで感じないが、亜門の体を大きく感じる。

掴まれている手首が熱い。

それにびくとも動かない。

亜門の足が小夜の足に当たっているのもわかる。

漆黒の瞳が小夜を捕えて離さない。

小夜はいたたまれなくて顔を横にそむけた。

しかしその耳に亜門の熱い息がかかる。


「今日…やっぱり、一緒に寝るか?」


心臓が早いのか遅いのかわからない。

ただ、とてつもなくでかい音を鳴らしているのは確実だ。

慶介に押し倒された時の比じゃない。


「小夜…」


その低い声に全身がビリビリ痺れてきた。


まだ何も始まってないのに、このままでは体が壊れるかと思った。

小夜は力強く目を瞑った。


「ごめん!!!!待ってぇー!!!!亜門!!!!」


小夜は全力で叫んだ。

次の瞬間、体が軽くなった気がした。

重圧も気配もない。

小夜は目を開けた。


亜門は小夜から体を離してベッドの縁に腰掛けていた。


「あ…もん。」

「漫画や小説の中は大袈裟だったり良い風にも悪い風にも都合良く書かれてるかもしんねぇけど…」


亜門は小夜の手を取って、起き上がらせた。


「そこらの男はもちろん、友達だろうが、……念のため俺相手でも警戒はしてもらった方がありがたい。」

「…わかりました。」


心臓が未だにバクバクと落ち着かない。

亜門は目を細めて小夜の顔を覗きこんだ。


「マジで他の男の前でもそんな迂闊な態度取ったら、許さねぇからな。」

「ーッッわかりました!!」

「よろしい。」


亜門は小夜の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「ビビらせちまって、悪かったな。」

「とんでも…ないです。」

「ところでこれは大丈夫なんだろな?なんかされたわけじゃねぇよな?」

「これ?」


亜門は小夜の前髪を上げて、額の絆創膏を凝視した。


小夜もすっかり忘れていた。


「あぁ、大したのじゃないよ。」

「ふーん。」

「ただ慶介くんにキスされそうだったのを…」


そこまで言って小夜はしまったと思った。

だって亜門は明らかに不機嫌な顔をしていた。

不機嫌そうに目が思いっきり細い。


「ち…違うよ!!」

「…」

「ちゃんと避けた!!だからしてない!!」

「…」

「避けたどころか頭突き喰らわせてやった!!だから多分、慶介の歯が当たって…」

「…プッ。」


亜門は小さく吹き出した。


「そうか…頭突きか。やるなぁ、お前。」


少し声を出して笑った亜門に小夜もつられて笑った。

亜門は親指で外れかけの絆創膏をなぞった。


「まぁ、傷が残らなかったらいいけどな。」


小夜が返事する前に亜門が絆創膏をピッと外してしまった。

そして小さなかさぶたを凝視する。


「うん、痕は残らなそうだ。」

「そっか。」

「あぁ。」

「…」

「…」


何故か沈黙が走った。

小夜はそして何故か亜門の鎖骨に目がいった。

さっきの押し倒されたことを思い出して、また心臓が鳴り出す。


(亜門って…男の子なんだ…当たり前なんだけど…)


すると気付けば視界が亜門の喉元でいっぱいになった。


「…え?」


額の傷に亜門の唇を落とされたのだ。

チュッと音をたててから亜門は小夜から離れた。

小夜の顔はボンと一瞬で茹で上がった。


「おやすみ。」


立ち上がって扉に向かう亜門の背中を見て、小夜は呆然とした。

キスされた額を手で押さえて、小夜は何も言えなかった。

しかし亜門は出る直前で動きを止めた。

小夜は何事かとその背中を眺める。

しばらくして亜門は自分の頭を掻いてから、また小夜の方に戻ってきた。


「な…な…な…に…」

「自分からしといてなんだけど、」

「なに…」

「デコだけにしたらやっぱ満足出来なくなった。」

「へ!?まっ、まんぞ!?」

「一応先に謝っとく。」

「何をッッ!?」

「避けんなよ。頭突きもすんな。」

「あもッッー…ん…」


避けるもなにも、何も考えることが出来なかった。

首を押さえられながら、小夜は亜門にキスされた。
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