電撃姐御とカワウソ少年の最強探し

駿心

文字の大きさ
2 / 8

日常からの変化の地上の出会い

しおりを挟む
異世界転生から数週間。

美杜は、女神が言っていた「魔王を討伐しろ」という言葉を、あっさりと脳内から消し去った。


「魔王退治なんて面倒だし、てかそもそもどこにあるかわからんし。てかあの女神、『天空』って言ってなかった?その時点で私には無理っしょ」


大切な特攻服だけは、濡れないように、そして目立たないように、日頃は近くの樹木の上の方に掛けて隠した。

そしてもともと着用していたデニムのショートパンツとチューブトップの格好で、美杜は水面をプカプカと浮かびながら、小さくハハハと笑った。


「すぐ疲れる地上は退屈だしな~。疲れてまで人に出会って魔王城どこですか~って聞いて回るのも面倒だし。つか地球に居たときから人間関係って奴は煩《わずら》わしかったしな。……水の中なら無敵だし、まぁいっか」


美杜は、持ち前の気だるげな性格で、あっさりと魔王退治を諦めた。

何せ、思いのほか、海の中の生活は快適だったのだ。

海では新鮮な海鮮物がたくさんあった。

千里眼で獲物の動きを見極め、電撃で一瞬にして気絶させ捕らえる。

地上に出て、電撃魔法を利用して火を起こし、炙り焼きにして食事をとる。

地球でも食事はいつも一人で用意していたから、この異世界で一人きりの食事も、何の感情も、何の戸惑いもない。

むしろ今は、女神から与えられた力が、こんなにも便利に使えることに、少しばかりの便利ささえ感じていた。

その上、持ち前の度胸で、瞬く間に近海のモンスターたちをねじ伏せた。

電撃を放てば、どんな巨大な水中モンスターも一瞬で痺れ、身動きが取れなくなる。

その圧倒的な強さは、たちまち水中の生物たちの間で噂になり、畏敬の念を込めて彼女は『霹靂《へきれき》のクイーン』と呼ばれるようになった。

なぜモンスターたちの噂を美杜も知っているかと言うと、サイコメトリーで意思疎通がはかれるからだ。


「電光石火の次はヘキレキってか。なんだよヘキレキって。そんでもってクイーン様ねぇ……はは、ダセェ」


口ではそう言いながらも、美杜はまんざらでもない気分だった。

レディース総長時代に、仲間たちから「総長!」と慕われていた頃を思い出す。

なんだかんだ言って、自分を頼ってくれる存在がいることに、どこか心地よさを感じるものだ。


「つか水中生活、サイコーじゃね?天国じゃん。好きなだけ水の中で気持ちよく浮遊して、飯にも困らないし、何と言っても『人』って存在ゼロで疲れない。エラ呼吸サイコー」


この異世界でももちろん人間は当たり前に存在している。

彼らはみんな地上で過ごし、冒険者らしき野蛮な奴らは森かダンジョンの地下で活動している。

船に乗って移動している冒険者もいるが、彼らは地上に顔を出す水中モンスターをあしらうだけで、地の利が活かせない水中まで入って無理に倒そうとしたりはしない。

水中モンスターは基本スルーなのだ。

もちろん、人が全く海に寄ってこないわけじゃない。

大体が漁師か、ごくごくたまに水の精霊とやらを呼び出す練習をする一部の冒険者である。

しかし、千里眼で近づく者を事前に察知しては、その時は美杜は水中へとその姿を消す。

誰も自分の邪魔をしない、完璧な引きこもりライフだ。

そして意外と孤独もなかった。

サイコメトリーで水中モンスターの悩みに耳を傾け、時には相談に乗ってやることもあったからだ。

もっとも、美杜の返答はいつも「めんどくせぇ」「適当にやれよ」といった塩対応だったが、それでもモンスターたちは彼女の言葉に耳を傾け、どこか満足げな様子で去っていく。


「てか、お前等は魔王様の世界征服のために冒険者達を襲いに行かなくていいのかよ」

「魔王様の基本的命令は『好きにしろ』ですから。幹部とかは知りませんが」

「へぇ~、まぁ魔王っぽい発言と言えば、ぽいかな」

「俺達は海で自由に生きて繁殖するだけで魔王様のための魔力が溜まるから、それでいいって。」

「確かに、水中は魔力が溢れててすごいよな。こんな平和な世界で何が脅かされてるんだって思ったけど、なるほど……世界征服は着々と準備されているのか。」

「冒険者達の中には水中や火中でも呼吸ができる魔法を使える奴もいるらしいですけど、水中まで追いかけて俺達を討伐しようとする冒険者は今の所会った事ないです」

「そりゃそうだろな。だってリスク高くてコスパ悪そうだもんな」

「コスパ?」

「ま、自分が一番可愛いってこと。」


本気でモンスターを殲滅しようってやつはいない。

本気で他人のために何かをやろうというやつはいない。


「ま、私もそんな一人ですけど」


魔王を倒すことを頼まれたのに、頼まれ事を無視して自分のしたいことしかしない。

女神も確か同じようなやつが10人ぐらいいるって言っていたからいいかと、美杜は他人任せな思考で水中で優雅に漂いながら心穏やかに過ごした。

時々、美杜の存在をやはり疎ましく思っている喧嘩っ早いモンスターに襲われそうになれば、容赦なく電撃でいなし、有無を言わさずに制圧する。

ますます水の中では無敵の存在だった。


「凄いです!クイーン!」

「クイーンがいれば、ここら一帯は安心です!」


美杜は「あれ?これって魔王討伐どころか私が魔王っぽくない?」と思わなくもなかったが、快適な水中での生活を満喫していた。


「あー、そろそろ酸素補給するかな」


そんな快適な生活の中で、たまに襲ってくる口呼吸の衝動は、彼女にとって唯一の不便だった。

ゆったりと水面へと浮上し、海辺に顔を出す。

潮風が、湿った髪を優しく撫でる。

水の中にいるときは、呼吸だけでなく、肌も魔力か何かでヴェールで包まれているようで、水中では肌がふやけたり、荒れることはない。

しかし地上に上がればヴェールが自然に剥がれるように自然と肌が乾く。

それなりに便利な体ではあるが、やはり1日1回のこの習慣は面倒で、いつまでも慣れる事なく憂鬱だった。

しかも今日はいつもとは違うことがあった。

地上で樹木の上の方に大切に隠している特攻服が、いつもの場所に無かったのだ。

美杜は眉をひそめ、焦燥感が募る。

木に登って辺りを探したら、別の木の枝の先の方に引っかかっていた。

風で飛んでしまったのかもしれない。

急いで回収しようとしたら、突然の突風にあおられ、遥か彼方へと飛ばされていく。


「おいおい、まじかよ…」


美杜は焦った。

あの特攻服は、唯一持っている地球の宝物だ。

過去の自分がそこに凝縮されているような、そんな気がしていた。

だからもっとちゃんとしたところに隠しておかないとな、と思いつつ、あまりに厳重にしても取り出すのが面倒だという、いつもの面倒くさがりの性格で問題を先送りにしていたことが仇となった。

慌てて特攻服を追いかけ、ふらふらと地上を走り出す。

この体になってから、地上での移動はすぐに体力を消耗する。

こんなに長く地上にいるのは久しぶりだった。

息が切れ、体が鉛のように重くなる。

肺が酸素を求めるようにヒューヒューと鳴り、心臓がバクバクと暴れる。

それでも、特攻服への未練が、前へ前へと彼女を突き動かした。

風が止み、ようやく特攻服を掴んだ。

泥だらけになったが無事に回収できたことに、美杜は安堵のため息を漏らす。


「よし、良かっ……」


しかし突然、足元の地盤が緩く、ぽっかりと開いた大穴が現れた。


「うわあああぁぁぁあ!?」


時すでに遅し。

美杜は、足を踏み外した拍子に、そのまま大穴へと転がり落ちていく。

ごとり、ごとりと何度か体に衝撃が走り、意識が朦朧とする。

全身が痛み、吐き気がこみ上げる。

気がつけば、そこは巨大なネズミの大群が営む、とんでもない地下通路だった。

ネズミたちは、転がり落ちてきた美杜を、巨大な食べ物だと勘違いしたのか、わらわらと群がり、全身をくすぐり始めた。


「ひぃっ、やめ、やめろってば!くすぐってーんだよ!」


くすぐったさと、地上での体力の限界、そして何よりネズミの群れに囲まれるという状況に、美杜はほとんど気絶寸前だった。

それでも、ネズミたちが掘り進んだ通路の果てに進み、ようやく見慣れない森の道端へと抜け出した。

ネズミ達は自分達のテリトリー外を安易に踏み出さないようで、外へ出た美杜を追いかけてこなかった。


「…どこ、ここ…」


慣れない地上での活動で体力を消耗しきった美杜は、道端にへたり込み、弱り果てていた。

全身の力が抜け、指一本動かすのも億劫だ。

これほどまでに体が弱っているのは、人生で初めての経験かもしれない。

そんな彼女の前に、弱小ながらも獰猛な地上のモンスターたちが、獲物を見つけたかのように群がってきた。

人間なんて、モンスターの養分として狙われるのは当たり前だ。

海の中でも始めの頃はそんな感じだった。

しかし無敵の水の中ではなく、弱りきった地上。

今は状況が違いすぎる。

ゴブリンが棍棒を構え、スライムがぬるりと這い寄る。

絶体絶命のピンチ。

美杜は、死を覚悟し、静かに目を閉じた。

その時だった。


「てめぇら!女を狙うなんざ男の……いや獣の風上にもおけねぇ!」


甲高い声が森に響き渡る。

飛び出してきたのは、小柄な少年だった。

まだあどけなさの残る顔つきだが、その目には強い意志が宿っている。

少年をよく見ると、頭にはモフモフの耳が、腰からはフサフサの尻尾が生えていた。

彼は地面を蹴り、驚異的な身体能力でモンスターたちの間を駆け抜ける。

その動きは俊敏だった。


「くらえ!俺の拳で痺れな!」


謎の決め台詞を少年は得意げに叫びながら、その小さな拳をゴブリンに叩き込んだ。

ドスッという鈍い音が響き、ゴブリンは数メートル吹っ飛ぶ。

少年は、その勢いのまま、次々とモンスターたちを吹き飛ばしていく。

相手が弱小モンスターとはいえ、その身のこなしは驚くほど素早く、力強い。


「おい、そこのお姉さん!大丈夫か!?怪我して立てないのか?」


モンスターを一通り吹っ飛ばしてから、少年は息を切らしながら美杜のもとへ駆け寄る。


「いや、まだ攻撃を受ける前でダメージは無い」

「でもヘロヘロじゃん」

「これはその、水が無いとヤバいんだ……私」

「水?」


そんな少年の背後で、吹っ飛ばされたモンスター達がゆっくりと起き上がり、攻撃してきた少年を睨んでいた。

いくら素早く攻撃がヒットしたとはいえ、まだ小さな体の少年のパンチでは一発で瀕死にできるわけがなかったのだ。


「あぶねぇ!お前、後ろ!」

「つまりお姉さんは水があれば復活するんだな」


少年は迷わず美杜を抱え上げた。

その小さな体からは想像もできないほどの力持ちだ。

美杜は、あまりの出来事に言葉も出ない。


「ちょ、おま…どこ連れてく気だ…」


かすれた声で美杜が問うが、少年はまっすぐに前を見据え、ひたすら走った。

走り出した美杜達をモンスターが次々に追いかけてくる。

再びピンチの中、どこへ向かっているのかも分からず、ただ彼の背中に身を預けるしかなかった。

美杜は、生まれて初めて、他者に命を預ける感覚を味わっていた。


「あっちだ!もう少し!」


彼が指差す先には、きらきらと輝く川が流れていた。

川にたどり着くや否や、タツは美杜を勢いよく川へと投げ込んだ。


「ぷはっ!てめぇ、いきなり何すんだ!」


文句を言おうとしたその時、美杜の体に力が満ちるのを感じた。

水を得た体は、まるで充電されたかのように活力を取り戻す。

全身に電流が走り、青白い光が美杜の体を包み込む。


「はっ!」


美杜は、一瞬にして川から飛び上がり、空中へと身を躍らせた。

その手から放たれた電撃が、追いかけてきたモンスターたちを一瞬で灰燼《かいじん》に帰《き》す。

光り輝く電撃を放つ美杜の姿を、少年は目をキラキラさせて見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】悪役令嬢は婚約破棄されたら自由になりました

きゅちゃん
ファンタジー
王子に婚約破棄されたセラフィーナは、前世の記憶を取り戻し、自分がゲーム世界の悪役令嬢になっていると気づく。破滅を避けるため辺境領地へ帰還すると、そこで待ち受けるのは財政難と魔物の脅威...。高純度の魔石を発見したセラフィーナは、商売で領地を立て直し始める。しかし王都から冤罪で訴えられる危機に陥るが...悪役令嬢が自由を手に入れ、新しい人生を切り開く物語。

辺境ぐうたら日記 〜気づいたら村の守り神になってた〜

自ら
ファンタジー
異世界に転移したアキト。 彼に壮大な野望も、世界を救う使命感もない。 望むのはただ、 美味しいものを食べて、気持ちよく寝て、静かに過ごすこと。 ところが―― 彼が焚き火をすれば、枯れていた森が息を吹き返す。 井戸を掘れば、地下水脈が活性化して村が潤う。 昼寝をすれば、周囲の魔物たちまで眠りにつく。 村人は彼を「奇跡を呼ぶ聖人」と崇め、 教会は「神の化身」として祀り上げ、 王都では「伝説の男」として語り継がれる。 だが、本人はまったく気づいていない。 今日も木陰で、心地よい風を感じながら昼寝をしている。 これは、欲望に忠実に生きた男が、 無自覚に世界を変えてしまう、 ゆるやかで温かな異世界スローライフ。 幸せは、案外すぐ隣にある。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

卒業パーティーのその後は

あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。  だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。   そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。

処理中です...