1 / 1
η(イータ)
あるαの話
しおりを挟む彼、葉山健一は、生粋のαであった。そして同時に、筋金入りのΩ嫌いでもあった。
一般に、上流階級のαは、確かにΩを軽く見ている——あくまで彼らは性のはけ口でしかないと思いがちである——が、本質的にΩを嫌うαは、滅多にいなかった。
αにはΩを軽視しているものも多いが、結局のところ、彼らはΩが可愛くて仕方がないのだ。これはもはや本能であろう。
また、Ωというのは、社会的立場が最も弱い性であるにもかかわらず、αという完璧な性を脅かす性でもあった。
というのも、何もかも”完璧”と謳われるαが、Ωのフェロモンに晒されれば、たちどころに理性を失い、襲い掛かる。
完璧であるはずのαが、最弱であるはずのΩに翻弄されてしまう。
欲しいと、思ってしまう。
したがって、αのΩに対する心情というのは、誠に複雑なものが存在していたのだった。
さしずめ、オメガ・コンプレックスとも言えるだろう。
その結果、何千年も前に———彼らαの先人達は、Ωという、弱いくせに自分達の心を乱して来る存在を、抑圧して、自らが囲って、目の届くところに縛り付けておく事にしたのであった。
そのため、つい100年前くらいまでは、Ωが教育を受けたり、一人でレストランに入ったりするのも禁止されるという、酷い差別をされていた。
そう言った歴史を経て、今なお、Ωは社会的に弱い立場に置かれている。
医療技術が発展し、Ωはヒートをかなり抑える事が可能になったし、第二次性雇用均等法の制定などにより、表面上は第二次性による差別は無くなった事になっている。
しかし現に、明るみになりずらいような場面では、未だに二次性差別は、さりげなく存在している。
だが、国も世界も、差別を無くしていこう!と言い、色々試行錯誤しているような———そんな過渡期のような時代に、葉山健一の根強いΩ嫌いは、非常に反社会的であった。
彼は、今年で26になる。
大学卒業後研修を経て、最短の25歳で刑事になった男だ。所属は凶悪犯罪を取り扱う、第一課である。
非常に優秀な彼であるが、刑事としてはまだまだ半人前。彼は死にそうなほど疲れた身体を引きずって、やっとのことで自宅のマンションへたどり着いた。
「はぁ…」
彼は自室へ入るなり、ベットに倒れ込んだ。本当はシャワーを浴びたかったし、着替えもしたかったが、そんな気力は微塵も残っていなかった。
何しろ、ずっと追い続けてきた凶悪連続殺人犯を、やっとのことで検挙できたのだ。
捜査一課は一丸となり、数ヶ月にわたって捜査を続けてきた。
一時は犯人が女児を人質にして立て篭もるり、どうなるかと思ったが、なんとか突入して取り押さえる事ができた。
犯人はナイフを所持しており、健一の先輩に当たる一人が斬りつけられたが、かすり傷程度で済んだ。
健一は目を瞑って、とにかく眠ろうと思ったが、なんだか嫌に目が冴えている。
ベットの上で数回寝返りを打った後、諦めて立ち上がった。
「なんなんだよ…」
イライラしながらリビングのソファに腰掛ける。
そういえば、朝からろくに物を食べていなくて、自分が空腹だということに気がついた。腹を満たせば、眠気も襲って来るかもしれない。
健一は起き上がって冷蔵庫を開けたが、中には常備させている栄養ゼリーと麦茶しかなかった。
仕方がないので出前を頼もうと思いスマホを探したが、なぜか見当たらない。
どこかで落としたのかと焦ったが、すぐに捜査一課の自分のデスクの右端に置いたままなのを思い出した。
半ば絶望的な気持ちになったが、今更飯を買いに外にゆく気力もない。
こういう時、普通のαなら、恋人の可愛いらしいΩに電話一本かければ、すぐに飯を作りに来てくれるのだろう。
しかし、生憎健一はΩが大嫌いだ。
彼が刑事になったのも、職場にΩがいないということが大きく関係していた。Ωに対する職業差別は撤廃されているが、事実、刑事のΩはほとんどいなかった。
他県の刑事部にはいるところもあるらしいが、彼の勤めている刑事部には、まだいない。
まぁ、時間の問題かもしれないなと思いながら、健一は仕方なく栄養ゼリーを一つとって、徐にテレビをつけた。
テレビからは、先程一課が検挙した連続殺人の事が報道されていた。
うんざりしながらチャンネルを回すと、第二次性の特集番組が目に止まった。
————ですから、ηというのは、非常に興味深い性種であり…
髪の長い女が、パネルを使いながら解説している。パッとしないところを見る限り、βだろう。両サイドに座ったゲスト達はわざとらしく相槌を打ち、何か言い合ったりしている。
右から2番目に座ってるゲストの女はαだな…その二つ隣は男のΩか…
このように、αは、大抵一眼見るだけで相手の性種がわかるようになっている。これはΩも同様だ。何故なのかなんて、理由は誰にもわからない。ただ、そういう風にできてしまっているのだ。
Ωを視界に入れたくなくて、健一はテレビを消した。
しんとした静寂が、再び部屋の中に戻ってくる。
————それにしても、ηとは、誠に不可解な性種である。
健一が小学生くらいの頃であろうか、どうやらαとβ、そしてΩの他に、もう一つの性種の存在がまことしやかに噂されるようになった。
皆最初は信じようとはしなかったが、健一が高校生になる頃には正式に学会で発表され、第二次性登録機関に、四つ目の性種として登録された。
ηと名付けられたその四つ目の性は、全世界のαを瞬く間に震撼させた。
η。
———彼らはαでもΩでもなく、αでもΩでもある———謎に満ちた、恐ろしい性である。
彼らの存在が、全世界のαを震え上がらせた理由。それは、彼らにうなじを噛まれると、性種が変化してしまうのだ。
つまり、αがηにうなじを噛まれると、Ωに変性してしまう。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
アルファのアイツが勃起不全だって言ったの誰だよ!?
モト
BL
中学の頃から一緒のアルファが勃起不全だと噂が流れた。おいおい。それって本当かよ。あんな完璧なアルファが勃起不全とかありえねぇって。
平凡モブのオメガが油断して美味しくいただかれる話。ラブコメ。
ムーンライトノベルズにも掲載しております。
起きたらオメガバースの世界になっていました
さくら優
BL
眞野新はテレビのニュースを見て驚愕する。当たり前のように報道される同性同士の芸能人の結婚。飛び交うα、Ωといった言葉。どうして、なんで急にオメガバースの世界になってしまったのか。
しかもその夜、誘われていた合コンに行くと、そこにいたのは女の子ではなくイケメンαのグループで――。
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
ヤンキーΩに愛の巣を用意した結果
SF
BL
アルファの高校生・雪政にはかわいいかわいい幼馴染がいる。オメガにして学校一のヤンキー・春太郎だ。雪政は猛アタックするもそっけなく対応される。
そこで雪政がひらめいたのは
「めちゃくちゃ居心地のいい巣を作れば俺のとこに居てくれるんじゃない?!」
アルファである雪政が巣作りの為に奮闘するが果たして……⁈
ちゃらんぽらん風紀委員長アルファ×パワー系ヤンキーオメガのハッピーなラブコメ!
※猫宮乾様主催 ●●バースアンソロジー寄稿作品です。
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
上手に啼いて
紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。
■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる