η(イータ)

麦ちゃ

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η(イータ)

あるαの話

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 彼、葉山健一はやまけんいちは、生粋のαであった。そして同時に、筋金入りのΩ嫌いでもあった。

 一般に、上流階級のαは、確かにΩを軽く見ている——あくまで彼らは性のはけ口でしかないと思いがちである——が、本質的にΩを嫌うαは、滅多にいなかった。
 
 αにはΩを軽視しているものも多いが、結局のところ、彼らはΩが可愛くて仕方がないのだ。これはもはや本能であろう。

 また、Ωというのは、社会的立場が最も弱い性であるにもかかわらず、αという完璧な性を脅かす性でもあった。
 というのも、何もかも”完璧”と謳われるαが、Ωのフェロモンに晒されれば、たちどころに理性を失い、襲い掛かる。
  
 完璧であるはずのαが、最弱であるはずのΩに翻弄されてしまう。

 欲しいと、思ってしまう。

 したがって、αのΩに対する心情というのは、誠に複雑なものが存在していたのだった。

 さしずめ、オメガ・コンプレックスとも言えるだろう。

 その結果、何千年も前に———彼らαの先人達は、Ωという、弱いくせに自分達の心を乱して来る存在を、抑圧して、自らが囲って、目の届くところに縛り付けておく事にしたのであった。

 そのため、つい100年前くらいまでは、Ωが教育を受けたり、一人でレストランに入ったりするのも禁止されるという、酷い差別をされていた。


 そう言った歴史を経て、今なお、Ωは社会的に弱い立場に置かれている。

 医療技術が発展し、Ωはヒートをかなり抑える事が可能になったし、第二次性雇用均等法の制定などにより、表面上は・・・・第二次性による差別は無くなった事になっている。

 しかし現に、明るみになりずらいような場面では、未だに二次性差別は、さりげなく存在している。

 だが、国も世界も、差別を無くしていこう!と言い、色々試行錯誤しているような———そんな過渡期のような時代に、葉山健一の根強いΩ嫌いは、非常に反社会的であった。


 彼は、今年で26になる。

 大学卒業後研修を経て、最短の25歳で刑事になった男だ。所属は凶悪犯罪を取り扱う、第一課である。

 非常に優秀な彼であるが、刑事としてはまだまだ半人前。彼は死にそうなほど疲れた身体を引きずって、やっとのことで自宅のマンションへたどり着いた。

 「はぁ…」

 彼は自室へ入るなり、ベットに倒れ込んだ。本当はシャワーを浴びたかったし、着替えもしたかったが、そんな気力は微塵も残っていなかった。

 何しろ、ずっと追い続けてきた凶悪連続殺人犯を、やっとのことで検挙できたのだ。
 捜査一課は一丸となり、数ヶ月にわたって捜査を続けてきた。
 
 一時は犯人が女児を人質にして立て篭もるり、どうなるかと思ったが、なんとか突入して取り押さえる事ができた。

 犯人はナイフを所持しており、健一の先輩に当たる一人が斬りつけられたが、かすり傷程度で済んだ。

 健一は目を瞑って、とにかく眠ろうと思ったが、なんだか嫌に目が冴えている。

 ベットの上で数回寝返りを打った後、諦めて立ち上がった。

 「なんなんだよ…」

 イライラしながらリビングのソファに腰掛ける。

 そういえば、朝からろくに物を食べていなくて、自分が空腹だということに気がついた。腹を満たせば、眠気も襲って来るかもしれない。

 健一は起き上がって冷蔵庫を開けたが、中には常備させている栄養ゼリーと麦茶しかなかった。

 仕方がないので出前を頼もうと思いスマホを探したが、なぜか見当たらない。
 どこかで落としたのかと焦ったが、すぐに捜査一課の自分のデスクの右端に置いたままなのを思い出した。

 半ば絶望的な気持ちになったが、今更飯を買いに外にゆく気力もない。
 こういう時、普通のαなら、恋人の可愛いらしいΩに電話一本かければ、すぐに飯を作りに来てくれるのだろう。
 しかし、生憎健一はΩが大嫌いだ。

 彼が刑事になったのも、職場にΩがいないということが大きく関係していた。Ωに対する職業差別は撤廃されているが、事実、刑事のΩはほとんどいなかった。
 他県の刑事部にはいるところもあるらしいが、彼の勤めている刑事部には、まだいない。

 まぁ、時間の問題かもしれないなと思いながら、健一は仕方なく栄養ゼリーを一つとって、徐にテレビをつけた。

 テレビからは、先程一課が検挙した連続殺人の事が報道されていた。

 うんざりしながらチャンネルを回すと、第二次性の特集番組が目に止まった。

 ————ですから、ηイータというのは、非常に興味深い性種であり…

 髪の長い女が、パネルを使いながら解説している。パッとしないところを見る限り、βだろう。両サイドに座ったゲスト達はわざとらしく相槌を打ち、何か言い合ったりしている。

 右から2番目に座ってるゲストの女はαだな…その二つ隣は男のΩか…
 
 このように、αは、大抵一眼見るだけで相手の性種がわかるようになっている。これはΩも同様だ。何故なのかなんて、理由は誰にもわからない。ただ、そういう風にできてしまっているのだ。

 Ωを視界に入れたくなくて、健一はテレビを消した。

 しんとした静寂が、再び部屋の中に戻ってくる。

 ————それにしても、ηとは、誠に不可解な性種である。

 健一が小学生くらいの頃であろうか、どうやらαとβ、そしてΩの他に、もう一つの性種の存在がまことしやかに噂されるようになった。

 皆最初は信じようとはしなかったが、健一が高校生になる頃には正式に学会で発表され、第二次性登録機関に、四つ目の性種として登録された。

 ηイータと名付けられたその四つ目の性は、全世界のαを瞬く間に震撼させた。

 η。

 ———彼らはαでもΩでもなく、αでもΩでもある———謎に満ちた、恐ろしい性である。

 彼らの存在が、全世界のαを震え上がらせた理由。それは、彼らにうなじを噛まれると、性種が変化してしまうのだ。

 つまり、αがηにうなじを噛まれると、Ωに変性してしまう。
 
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