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終話 償いの果てに

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「脱走など、一体どうやって……!?」
「それが、何者かが手を貸したようなのです。一度牢までご同行願えませんか」
「……良かろう。アーサー、クオ、シルバにゴルドも共にゆこうぞ」
 名を呼ばれた俺らは当たり前のように頷いたが、事態を報告した兵士は驚き目をぱちくりとさせていた。
「い、今アーサー……様と……!? 王子、なのですか……?」
「はい、ハンス、心配をかけました」
 そのハンスと呼ばれた兵士は案内も忘れてその場に泣き崩れた。
「良かったです~王子~、いえ、次期国王陛下~」
「ありがとうハンス。でも今は、問題の牢へ案内してくれますか?」
 アーサーがそう言って困ったように笑うと、ハンスは慌てて立ち上がって涙を拭き、俺らをその牢へと案内した。

ーー

 牢へつくと、牢の前には血痕が残り、牢は無傷で鍵で開けられた形跡があった。
「この血の痕は……もしや牢屋の番兵のものか?」
 と、マリアンヌ。
「はい……モーガン・コベットが、殉職致しました……」
 ハンスがそう報告をすると、皆残念そうに俯いた。
「そうであったか……丁重に弔ってやるのだ」
「はい、承知しています」

「これは……恐らく朧のメンバーの仕業だ……」
 俺はそれに気付くと、このまま俺も感情を取り戻さなかったとすれば同じことをしていたかもしれないと思い、心が酷く痛んだ。
「クオには分かるのですか?」
 と、アーサー。
「あぁ、一見何の痕跡もないように思えるが、独特の痕跡の消し方、少しだけ残ってしまう黒い気の気配。これは……俺が少し前までやっていたことだ……」
「そなた、あまり自分を責めるでないぞ。そなたもあの実験の被害者なのだ。そなたはそれを乗り越え、今国に尽くさんとしている。妾にはそれで十分だと思えるぞ」
「心遣い、感謝する……」
 俺はマリアンヌの慰めを素直に有り難いと思った。

ーー

 俺らは気を取り直して話の場を玉座の間へと移した。そこでマリアンヌが仕切り直す。
「さて、朧の仕業となると、少々厄介であるな……。奴らのリーダーアカツキはこの国の表舞台へ出ることを、どうやら望んでいたようだ。夫の野望や怨恨に付け込んで何か事を起こすかもしれぬな……」
「朧と真っ向から対立するとなると、きっと、かなりの犠牲が出るぞ……」

 俺はアジトの部屋の数をザッと想像した。恐らく100以上のメンバーが在籍しており、皆身体を改造されて強化された殺戮兵器のようなものだ。きっと何万の兵を投入したところで意味がない。
「そうであろうな、皆そなたのような精鋭であろう。故に、厄介なのだ……」


ーー皆が頭を抱えて悩んでいたその時

 一人の兵士が血相を変えて玉座の間へと飛び込んできたーー

「大変です! 巨大な化物が東の森からこの王都へと向かってきています!」
「!!!!」
「化物だと……!? 東……アジトの方角だ」

 皆でバルコニーへ出て東の方を確認すると、アジトのある位置から煙が立ち込め、その少し西を首が8つはあるであろう巨大な大蛇がゆっくりと王都の方角へと侵攻していた。
 土煙を巻き上げながら、木々を薙ぎ倒し真っ直ぐに向かってくる。俺もアーサーもこんなに遠く離れていても、その気配を感じることができた。
「あれは、父上……ジョゼフです。間違いありません」
「なんと、誠であるか!?」
「俺もこの気配には覚えがある。あの駄王で間違いなさそうだ……」
 取り乱すマリアンヌへ俺もそう付け加えた。するとアーサーが俺の向かいに立ち、鋭い視線を向けてきた。
「クオ……これは、僕が王になるための最後の試練だと思っています。共に戦ってくれますか?」
 それに対し俺はふっと笑う。
「当然だ。ウィニーと3人であの化物を倒そう」
「がおぉぉぉん!」
 ウィニーも白虎の姿へと変身し、共に戦うという意思表示をした。
「クオ、ウィニー、ありがとう! 母上は王都の守りを固めてください。正面門付近の建物からは避難指示を!」
 アーサーはそう言ってウィニーにまたがる。
「承知した……、そなたら、誰もかけることなく戻ってくるのであるぞ」
「もちろんです。僕らは負け戦をしに行くんじゃない。未来を勝ち取りに行くんですから! 行こう、二人とも!」
「了解」
 俺とウィニーはアーサーの一声でバルコニーから飛び降りた。そして、まるで突風が吹き抜けるかのごとく、王都の中央大通りを正面門に向かって走り抜けた。

ーーセレニアの森ーー

 王都から森へ出て5分程走ったところで、例の巨体と遭遇する。近くへ来るとその身体からは黒い気が吹き出され、辺り一帯が禍々しい気配に包まれていた。
『シャァァァァァッ』
 その巨体は俺らには見向きもせずに、一心不乱に這っていく。
 俺はとりあえず奴の気を引くため、斬撃を放つことにした。
ーー真空刃ーー
 奴の巨体に少しだけ傷が付き、それは動きを止めると、8つの首のうち3つの首が俺らを認識した。
『シャァァァァァッ!』
 襲ってくる首を跳んで交わしながら、王都に背を向けるように方向転換をさせる。
「よし、いいぞ! ここで仕留める!」
「はい! ウィニー、頼みます」
「がおぉぉぉん!」
 アーサーがウィニーから飛び降りると、ウィニーは雄叫びを上げて身体から白い光を放出させた。それは、辺り一帯の禍々しい気配を白く包み込んでいく。
ーー白の領域ーー
『ギャァァァァッ』
 俺らの想定通り、それはうめき声を上げて苦しそうにしていた。
「クオ! 弱体に成功しました! 一気に畳み掛けましょう!」
「了解!」

 ウィニーが白い光を放ち続ける空間で、俺らはそれぞれ呻いている大蛇へ攻撃を仕掛ける。
ーー疾風一閃ーー
 俺がその首の一つを斬り抜けると、地響きを上げて首がドサッと崩れ落ちる。落ちた首はすぐに黒い霧となって消えていき、その巨体はもはや人ではなく魔物であることを示唆していた。
ーー中級光魔法ーー
「レイ!」
 アーサーの光線も首を一つ切り落とす。すると、先に俺が斬り落とした方の首根っこから、少しずつ新たな首が生え始めていた。
「全部切り落として、大技で仕留めるぞ!」
「了解!」
 
 俺らは次々に首を切り落としていき、伸びてきていた新たな首も粉砕すると、大技の溜め動作へと入る。
 アーサーは地面へ手のひらを向け、そのまま足元へ大きな光の魔法陣を描いていく。
 俺は身体中の気の巡りを速めるとそれに伴い血の巡りも促進され、身体全体が赤いオーラで包まれる。身体能力を向上させる技だ。
 更に、アーサーの詠唱が始まる。

「我が身に宿りし光の流脈、今此処にその全てを解き放たん。
 悪しきを砕く神の鉄槌、我が祈りに応え、かの者に裁きを与えよ。

ーー超級光魔法ーー

 パージストリーム!!」

 アーサーの詠唱が完了したところで、俺も高く跳躍し、特大の斬撃を十字に突き放つ。

ーー奥義 獄嵐十字衝ーー

 首なしの大蛇へ降り注ぐ無数の光の矢と、大きな十字の斬撃が交わり一つの大爆発を引き起こす。

ーー連携奥義 嵐神の鉄槌ーー

 それは辺り一帯を更地へ変えつつ、神々しい光で包み込んだ。


ーーー

ーー



「アーサー、ウィニー?」
 その強い光で一瞬気を失った俺は、頭をボンボンと叩きながら辺りを見回す。すると、光がなくなると同時にアーサーと白猫のウィニーが俺に抱きつくように飛び込んできた。
「クオ! やりました!!」
「にゃぁぁお!」
「っ!」
 俺は不意をつかれて受け止めきれずに後ろへ倒れ込む。
「やったのか……?」
「はい、大蛇の最後の身体が黒い霧になる瞬間を僕はこの目で見てました!」
「にゃぅにゃぅ!」
「そっか……あんな馬鹿でかいもんでも、なんとかなるもんなんだな」
「一人では無理でも、力を合わせれば不可能なんてないのです! クオ、ウィニー、これからも力を合わせてこの国をより良くしていきましょう!」
「にゃーぉ!」
 アーサーとウィニーは俺の腹の上でガッツポーズをしていた。
「分かったから……どけって」
 俺は諦めたように苦笑し、腹が解放されるのを待った。しかし、解放の時は一向に訪れない。
「ふふ、僕もう魔力を使い切ってしまって、動けません! 城までおぶってください!」
「さっき勢い良く飛び込んできただろうが……」
「最後の力を振り絞りました!」
 アーサーは曇りなき笑みを浮かべている。
「……」
 ウィニーも力を使い果たしたようで、俺の腹の上で伸びきっていた。
「……ったく、世話の焼ける……」
 俺は二人を退かして起き上がると、アーサーを背負いウィニーを頭の上へ乗っけて、トボトボと王都への帰路についた。

ーー王都 セレネリアーー

 正面門から王都へ入り視界に入ったのは、俺らを拍手で出迎える沢山の国民と一列に敬礼をする兵士らの姿であった。
 歓声に包まれて大通りを進むと、その先に待っていたのは王妃マリアンヌであった。

「良く戻った、英雄らよ。そなたらの勇姿は城のバルコニーからしかと見届けさせてもらったぞ。国の者も沢山の人が避難も忘れて屋根に登り、そなたらの姿を目に焼き付けておったわ」
「そうか……わりぃが大技を使った反動で俺ももう、限界だ……」
 俺はその場に倒れ、意識を失った。

ーー

 それから俺は城の医務室で目を覚ますと、今までに食べたことのないご馳走を振る舞われた。そしてウィニーと共にアーサー率いる『朧偵察隊』に同行をし、アジトへと向かった。
 そこは、かつての建物の面影は全く無く、ただの瓦礫の山が広がっていた。瓦礫の中から次々に遺体が発見され、リーダーアカツキとDr.ベルクの姿もあった。
 そして瓦礫の中から“ジョゼフの黒魔人計画書”の欠片が見つかり、今回の事件は黒い気に耐えられなくなったジョゼフが暴走し引き起こしたものだと断定された。
 今後このような悲劇を防ぐためにも、見つかった計画書や研究の書類等は全て綺麗サッパリ燃やし尽くされたのであった。俺的には今後のアーサーの苦悩も一つ減り、結果オーライである。


ーー1ヶ月後。


 アーサーが城のバルコニーへと出ると、王都の大通り中に国民の姿があり、皆彼の登場を歓迎した。今日はアーサーの戴冠式。俺とウィニーもバルコニーの端でその光景を見守っている。
 アーサーは片膝をつき腰を落とすと、マリアンヌに王冠を被せてもらう。その瞬間、民衆の歓声がより大きく沸き上がった。
 そしてアーサーが立ち上がると、まずはマリアンヌが一歩前へと出る。

「妾は此度、自らの夫を暗殺するため裏組織朧と共謀をした」
 その瞬間、民衆はしんと静まり返り、やがてわざわざと話し合う声が聞こえてくる。
「その罪を償うため、この生涯を牢の中で過ごすことをここに宣言する」
 民衆はこぞって落胆の声を上げ、その宣言を悲しんでいた。後ろで聞いていたアーサーは民衆の反応を見ると、ここぞとばかりにマリアンヌへ並び、彼らに呼びかける。
「我が母君であるマリアンヌは、確かに重罪を犯した。だがそれは、この国を案じてのことであり、この私を案じてのことでもあった。今こうして私が王位に就くことができたのも彼女の努力があってこその結果であり、この平和も彼女の力なくして実現することはなかった。よって、私の王としての初めての政策をここに言い渡す。マリアンヌの幽閉を取り下げ、我が国の宰相に任命し、その生涯を国のために尽くすことをここに命じる。異論なき者は拍手を!」
「わぁぁぁぁぁ!」
 その瞬間、王都中が拍手喝采となった。その歓声に包まれて、マリアンヌは静かに涙を流していた。

ーー

 アーサーの戴冠式が終わり、俺は玉座の間を訪れていた。
「旅に出たい?」
 アーサーは俺のまさか発言に声を上ずらせる。
「クルムの村のような毎日魔物に怯えて暮らしている村々を回って、結界を整備したいんだ」
 俺がそう告げると、アーサーも隣で聞いていたマリアンヌもパッと表情が明るくなった。
「なるほど、ウィニーと一緒に国中を巡るというのですね」
「そういうことだ。何も国を出るとか、そういうんじゃない」
「誠、良き行いである。どうしても全ての村々に結界を整備することができずにいた故、我らとしても大助かりであるぞ」
 と、マリアンヌ。
「そうですね、クオはそれを償いとすると決めたのですね」
「そうだ。ついでに国中の魔物を一掃してやる」
「ふふふ、かなり大きく出ましたね」
 アーサーは可笑しそうに笑う。
「それくらいの決意があると言うことだ」
「はい、分かっています。それではクオ、あなたを結界整備隊長へと任命します。貧しい村々を巡りも、彼らを魔物の恐怖から解き放ってあげて下さい」
「承知致しました」
 俺は片膝をついて頭を下げた。

 こうして俺は、ウィニーと二人で国中の村々を周り、片っ端から結界を張っていった。そして月に一度城へと凱旋し、若き国王へその進捗を伝えた。


ーーエピローグーー

 異世界ヴァシアスの片隅にひっそりと存在するセレーネ島。島全体が王国セレーネの領土であり、数々の町や村が存在している。

 元暗殺者クオと聖獣ウィニーは、クオが60の歳を過ぎるまでその職務を全うした。そして老人となったクオは、町へと発展を遂げたクルムで愛猫と共にその余生をのんびりと過ごした。やがてクオがその人間にしては長い生涯を終えると、国を挙げて丁重に弔われた。
 彼が亡くなった後、聖獣ウィニーは再び国中を駆け巡り、その平和へと貢献をした。ウィニーは国中の人々から愛され崇拝され、クルムの町の近くに『白虎の神殿』が建造された。
 クオの棺もその神殿内へと移送され、その平和の象徴に祈りを捧げんと、毎日多くの人々がこの地を訪れている。

『ヴァース暦1602年、セレーネの英雄、ここに眠る』~白虎の神殿 祈りの間より~

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