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6 乙葉大ピンチ

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『ところで、どっちの線を切るか、もう決めたか?』
 急に真剣な声になって京一が言った。
「いや、まだです」
『わかっているとは思うけど、あまり時間がないからな。できるだけはやく決めてくれよ』
 手きびしく京一が言った。
「僕はまだしも、乙葉さんの大事な命がかかっているっていうのに、京一くんはあいかわらず辛辣しんらつですね……」
 久遠はおどろきと呆れの入り混じった声で言った。
 そして、赤にするか、青にするか、どちらの色の線を切ればいいのか、久遠はしばらく熱心に考えた。
 考えたところで、あまり意味がないことはわかっていても、直感で決めることを怖がって、中々決断に踏み込めなかった。
 そんな久遠に、いい加減、しびれを切らしたのか、
『久遠、もう考えても仕方ないし、直感で決めろよ。さっきだって、勘で操作したって言ってただろ?』と、京一が言った。
 久遠は京一にそう話しかけられても気づかずに、黙ってあることを思い出していた。
 それは学校で、乙葉がテストの前に持っていたシャーペンのことだ。乙葉はテスト前の勝負時には、必ず赤いシャーペンを持つと言っていたのだ。それをふいに思い出した久遠は、覚悟を決めたようにゆっくりと目を閉じた。
「決めました」
『やっとか、頼んだぞ』
 久遠は操作室にあったハサミを持つと、ふたたび地面にひざをつけ、棚の中に頭を突っ込んだ。そして爆発物の前で止まると、真剣な顔をして二つの線を見つめた。
(これで正しい線を切れば、乙葉さんを救える……!)
 決死な思いだった。
 やがて久遠は、恐怖もなにもかもかなぐり捨てたように、
「じゃあ、切ります」と、手に汗握りながら言った。
 操作室の棚の中に、静かで異様な緊張感がただよう。トランシーバーからはなにも聞こえない。京一はきっと、久遠が線を無事に切り終わるのを、だまって待っているにちがいない。
 久遠は一呼吸置いたあと、線にハサミを近づけた。
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