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第1章:その便利屋、お尋ね者につき
第3話:不機嫌なお嬢様(挿絵あり)
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※ ※ ※ 森の中の家 ※ ※ ※
狼の鳴き声が響く。
今は獣が世界の主役になる時間帯、夜である。
そしてここは森の中にひっそりと建つ家の中。
「はあ…。」
可憐な少女が食卓でため息をついた。
高貴なる服装、優雅なたたずまい、上品な仕草。
彼女がこの小屋の住人ではないことは明らかだ。
「お嬢様、この香りはいかがでしょうか?」
洗練された服装の老人がお香を焚いた。
彼もまたこの家の住人ではない。
「ありがとう、爺や。落ち着くわ。」
少女の名はロレイン・アリアンナ。
アリアンナ家の令嬢。
「なによりでございます。」
そして老人の名はフィリップ。
アリアンナ家の忠実なる執事。
「大丈夫だって、お嬢様。あの人ならやってくれるさ。」
「そうそう。心配いらないわ。」
ロレインとフィリップに老夫婦が声をかける。
こちらの老夫婦こそがこの家の住人である。
「それにしても良いアロマが揃っておりますね。」
「嬉しいわ。アリアンナ家の執事さんにそう言ってもらえるなんて光栄だよ。」
フィリップと老婦人がアロマについての話題で盛り上がる中、ロレインは手を合わせて祈っていた。
「次はどんな香りをご所望ですか、皆さま?」
「そうだねぇ、じゃあカモミールかマジョラムを…。」
フィリップが次のお香の準備をしようとした直後、ドアを叩く音が家に響いた。
「来たわ!」
ドアに駆け寄ろうとするロレインを老人が制止した。
「待ってくれ、わしが行く。」
彼は慎重にドアに近づく。
こんな場所に住んでる以上はこの用心深さは不可欠なのだ。
「誰だ?」
「便利屋です。」
ロレイン、フィリップ、老夫婦。
家の中にいる4人が胸をなでおろす。
この落ち着いていて涼やかな声は彼で間違いない。
「いやー、良かった。あんた無事だったか…、どわああああ!」
老人はドアを開けた瞬間に絶叫して、腰を抜かした。
「あんた、大丈夫かい…、ひいいいいい!」
駆け寄った老婦人もまた長年連れ添ったパートナーと同じリアクションをとってしまった。
「どうされたんですか…、きゃあああああ!」
ロレインもまた同じリアクションである。
「なんで、どうして裸なのよ!?」
ドアを開ければそこには一糸まとわぬ美しき者が立っていたからである。
老夫婦はただただ声を失い、ロレインは顔を赤らめて目を背けていた。
「これは…、すばらしい…!」
フィリップは一流品を品定めする鑑定士のように感嘆していた。
彼の体にはシミもほくろも見当たらない。
まさに神が人間の子宮を借りて作った芸術品である。
「えーっと、中に入ってもいいですか?」
「なんてことをしてくれたの、便利屋!」
「とんでもないことをしてしまってすまない。そのことは素直に謝る。」
便利屋と呼ばれた彼は服を着て、ロレインに報告を終えたところだ。
伯爵の部屋を爆破したこと、シャンデリアが落ちたこと、チンピラたちを蹴り飛ばして脱出したこと、伯爵が怒っていること、以上を全裸で行ったということを。
「あなたに依頼したことは部屋の秘密を暴くことだけだったはず!わたしがいつ、あの部屋を爆破してと頼んだの!?あの部屋はお父様とお母様の想い出がいっぱい詰まっていたのよ!おまけに大広間のシャンデリアまで破壊するなんて!」
ロレインはお怒りのご様子だ。
頼んでいなかったはずの暴挙を便利屋が独断でやってくれたからだ。
「緊急時の判断は一任してくれただろ。死者だって出ていない。今後のことを考えれば些細な被害で済んだはずだ。」
「些細な被害…!?」
両親の想い出を踏みにじられた、便利屋にそんなつもりがなくともロレインはそう受け取った。
そんなつもりはなかったが伝わったなら、この世界から争いごとは半分は無くなる。
ロレインはこの不届きものに思い知らせるために手を振り上げた。
「お嬢様、便利屋様がおっしゃる通りです。死者が出ていないのであれば、些細な被害です。」
だがロレインのその手はフィリップによって止められた。
「爺や、どうして…?」
アリアンナ家に仕えてきたフィリップに何故、この怒りが分からないのだろう。
忠臣であるフィリップの思いがけない反抗で、ロレインは気持ちのやり場を失ってしまった。
「う…!」
「お嬢様、落ち着いて。」
怒れるロレインを老婦人クララが抱きしめる。
ロレインの激情を受け止められる存在はこの場ではクララだけだ。
「執事さん、こちらへ。」
「はい。」
今のロレインと生産的な会話は不可能だ。
便利屋はフィリップと話をすることにした。
「お嬢様から全てお聞きしました。私も今回の依頼に力添えをさせてください。」
「伯爵は怒り狂っています。もし、力を貸したと知れたら執事さんでも命に危険が…。」
「構いません。この依頼の為であれば、この命など惜しくはありません。」
便利屋はフィリップの眼に確かな覚悟を秘めているのを感じた。
血気盛んなだけの若者には出来ない、過酷な生き様を歩んできた者が出来る眼だ。
この目をした者を便利屋は止める気はしなかった。
「分かりました。ではこれを見てください。」
便利屋はフィリップに手持ちのケースを見せた。
手のひらサイズの丸くて平たいケースだ。
「これが旦那様の部屋で見つけた証拠なのですね?」
「ええ。」
確認を終えると便利屋は即座にケースをしまった。
危険物を扱うかのように。
「それとは別に伯爵の部屋で大きな魔法陣を見ました。そして奇妙な詠唱も聞いています。専門家に見てもらえば分かることがあるかもしれません。執事さんの知り合いに魔術師の方はいますか?」
「知っております。彼は魔術師であり、考古学者です。必ずお力になってくれるでしょう。」
フィリップは自信たっぷりで答えた。
とっておきの人物を知っているからだ。
「よし。じゃあ、俺は明日に備えて休みます。」
「かしこまりました。私はお嬢様の様子を見てまいります。」
便利屋は呑気に休憩を始めたが、彼はわかっているのだろうか。
彼の命運は現在、老夫婦とフィリップに慰められている少女の胸先三寸にかかっているということを。
「う…、うぅ…。」
明朝までにロレインの機嫌が治るのを祈るばかりだ。
※ ※ ※ 朝 アリアンナ邸 ※ ※ ※
アリアンナ邸は森の中にある。
何故かというとでかく作るためだ。
シャンデリアがでかい、屋敷もでかい、庭園もでかい。さらにはでかい石像が見張るかのように立っている。
アリアンナ邸は植物園や美術館や劇場、あらゆるレジャー施設を兼ねた一大パークなのである。
そしてそのテーマパークの正門の前でチンピラ達と馬たちがバズラの演説を聞いているようだ。
「荷物確認を始めるぞ!」
「おおー!」
朝になり、空は雲一つない快晴。
今日は絶好の捜索日和だ。出発前の最終確認をしている。
「賊の人相書き!」
男たちは一斉に美しい賊が描かれた人相書きを掲げた。
掲示板やらに貼る用である。チンピラの中で絵に覚えのある奴が一晩かけて作った力作だ。
「捜索用の金!暴力は使わずに金で聞き出せ!」
今度はコインが入った袋だ。
彼らの肩には伯爵の名がかかっているのだから、予算はたんまりである。
「水と飯!」
水筒、干し肉、チーズ、パン。
動いたら腹が減るので食糧だ。
「俺の分のビーフジャーキーがねえぞ!」
「それぐらいどっかの村で買え!」
バズラは適当に抗議をあしらった。
いちいち相手をしていたらキリがない。
「いいか!日が暮れるまでには全員戻れよ!それじゃあしゅっぱー…!」
「皆さん、どうなさったのですか?」
丁寧な言葉が出発の合図を遮った。
こんなチンピラ相手にも礼節を忘れない人物は一人だけだ。
「爺さん、無事だったのか!?」
バズラは馬から降りて、その声の主の方に振り返った。
そこにいるのはアリアンナ家の執事フィリップだ。
「ええ。昨晩はある方に泊めていただいたんです。連絡もせず、申し訳ございません。」
「それはともかく、お嬢様は無事なのか!?」
「ロレインお嬢様ですか?無事に都への途に就かれました。」
「いやー、よかった!」
チンピラ達は一斉に胸をなでおろした。
大問題が片付いたようだ。
「それにしても馬を総動員させて一体どうしたというのでしょうか?」
「何があったかは留守番組にでも聞いてくれ。とにかく俺たちは出発する。野郎ども、聴いたな!爺さんもお嬢様も無事だ!後はあの賊をとっ捕まえるだけだ!よーし、しゅっぱーーつ!」
「おおおおおおおー!」
フィリップの疑問はそのままにバズラ含めた捜索組は一斉に馬を走らせ、アリアンナ邸から出発したのであった。
「まずは旦那様にお嬢様のご無事を報告をさせていただきます。それでは後ほど。」
ブレゴたち留守番組に一礼するとフィリップは屋敷へと向かうのであった。
後に残るは留守番組。
乗馬が下手なブレゴや獣の臭いが嫌いだから留まる連中だ。
「ブレゴ。後で爺さんの話し相手にでもなってやれよ。賊相手に振られ話の相談したこととかな。爺さんでも腹を抱えて笑うかもしれねえぞ。」
嫌味な奴が来た。
いつもボトルを片手に酔っぱらってる”飲んだくれ野郎”だ。
酔っぱらってて馬に乗れないから留守番組なのだ。
「ははは。」
ブレゴは苦笑いがやっとだ。
酔いが醒めた今となってはあの話は恥でしかない。
「じゃあ、俺は見張りしてくる。お前もなんかやること見つけろよ、ニブチンの捨てられ男。」
ブレゴは飲んだくれ野郎の言葉にいたく傷ついた。
※ ※ ※ 都 街門 ※ ※ ※
馬に乗ってアリアンナ邸を出発してみよう。
馬が休憩を欲する頃にはお誂え向きの場所が見えてくる。
人々が願いを胸に秘めて集まる場所、メルディアーナ有数の都であるリワイゼだ。
「あーぁ、何をやってんだろうな、俺たち。」
「どうした、トラン?」
本日の都の門番を担当するは騎士トランと騎士ロスーだ。
「だってよ、俺たちが騎士の修行してた時にあいつらは略奪。俺たちが門番してるのに、あいつらはどんちゃん騒ぎだぜ。不公平だろ。」
「伯爵のとこのチンピラどもか。その話はもういいだろ。俺たちには崇高な使命があるんだ。」
「使命ねぇ。だったら、伯爵様にだって使命があるはずだろ。もし、隣国やら『夜の羽根』やらが攻め込んできたときに伯爵様は使命を果たしてくれんのか?あのままだったらこの領地はひとたまりもないぞ。」
「起きてもいないことで勝手に不安になるなよ。それを言うなら次の瞬間、天使のラッパが鳴って大地を炎が覆うかもしれんぞ。」
人生とは読めないものだ。
病と闘って何十年も生きながらえる者もいれば、突然の洪水で何千人もが亡くなる時もある。あらゆる可能性を考慮していれば、心という器はパンクするだろう。
「ああ、そう思えば少しは馬鹿馬鹿しくなったかもな。」
「そうしとけ。」
トランとロスーのやり取りはこれで何回目か分からない。
行動するトランにいさめるロスー、名コンビである。
「おや?噂をすれば影だな。あっちを見ろ。」
「お嬢様のご帰還か。」
馬に乗ったやんごとなきそのお姿。
間違いない。彼女こそ先ほど話題に出ていた伯爵の娘、ロレイン・アリアンナだ。
「ごきげんよう。騎士の皆様。」
「いえいえ、こちらこそ。ごきげんよう。」
騎士たちはスカートをつまむジェスチャーをして気さくに返した。
するとロレインは沈痛な面持ちで馬から降りて、ある箱を取り出した。
「こちらを。」
箱の正体は菓子折りだ。
しかもかなりの高級品。
「お嬢様、このお菓子は一体…?」
「実は私の友人がお父様を大変、怒らせてしまったのです。どうかこちらで目をつぶっていただけないでしょうか?」
そう賄賂である。
「お嬢様!そのような取り引きを呑むわけにはいきません!そのご友人はどちらに!?」
トランは見逃さなかった。
ロレインと騎士の取引の最中にこっそり門を通ろうとするフードを被った者の姿を。
「貴様か!伯爵を怒らせた不届き物は!都に入ることは許さん!」
トランは正義心のままに彼の者のフードを取った。
「ふぁっ?」
フードの下から見えたのはなんとも美しき姿。
トランはその美貌をカウンター気味に魂に喰らった。
「頼む、見逃してほしい。大事な事が…。」
「何日でも、何週間でも、何カ月間でもご滞在ください!私の騎士道にかけてあなたを伯爵からお守りします!」
「はい、通ってください。都へようこそ」
馴染みの行商人は気になってしょうがない。
いつもの騎士さんは何故、だらしない顔でボーッとしているのだか。
「相方さん、大丈夫かい?犬みたいに口開けて、舌出して、涎垂らしてる。何かあったのかい?」
「あんまりに綺麗なものを見ちゃったからです。今日一日、トランのやつは使い物にならないでしょうね。」
「羨ましいこった。わしもその綺麗なものをお目にかかりたかったよ。」
※ ※ ※ 都 ※ ※ ※
ビッグになりたい、ある分野の勉強がしたい、このブランドの靴が買いたい。
みんな願いを叶えにここにくる。人々が集う場所、都に。
そしてここにも願いを胸を秘めた少女が1人。
「綺麗な街だな。」
便利屋は都の街並みに見とれていた。
ゴミが散らかってない清潔な道。
鮮やかな煉瓦で建てられた家々が織りなすコントラクト。
この都は歩き回るだけで心が躍ってしまう。
「なんだろう。風が、いや空気が汚れている。」
不平を言った便利屋に風はすぐにしっぺ返しを食らわせた。
強い風が吹いて、彼のフードを取ろうとしてきた。
「あっ…。」
ロレインはすぐさまに便利屋のフードを抑えつける。
おかげで便利屋の顔が公衆に晒されずに済んだ。
「何をしてるの!?顔を晒したら駄目じゃない!」
「すまない、油断していた。」
「あなたの顔を見れば世界中の人間がいつどこで見たかを明確に記憶するわ!騎士団の方たちの協力を台無しにするつもりなの!?」
ロレインの言う通りだ。
便利屋の顔を一度見れば、老若男女がその脳に強烈に刻み込んでしまうだろう。
「ようやく口を聞いてくれたかと思ったら、怒鳴らないでくれ。昨夜のことは確かに反省しているさ。それにあの場には執事さんだっていた。俺がフォローする必要はなかっただろ。」
ロレインは怒っている。
現に昨晩から今の瞬間まで、便利屋とは全く口を聞いてくれなかったのだ。
「勘違いしないで。あなたのいたわりなんか必要ないわ。元はと言えば私の依頼が原因なんだから。報酬を渡した後はアリアンナ家の領地から逃がしてあげる。でもそこまでよ。」
寛大なる処置だ。
便利屋の昨晩の暴挙を見逃してくれるのだから。
「今のうちにこの都を楽しんでおいて。次、領地に入ってくれば父の怒りはあなたに容赦なく降りかかる。またあんな暴挙を働けば今度は私があなたを地の果てまで追い回してあげる。忘れないことね。」
ロレインはこの領地で最強の力、権力を持っている。
いくら美しき便利屋だろうと簡単に処刑台に送れるのだ。
「お心遣い感謝します。お嬢様。」
狼の鳴き声が響く。
今は獣が世界の主役になる時間帯、夜である。
そしてここは森の中にひっそりと建つ家の中。
「はあ…。」
可憐な少女が食卓でため息をついた。
高貴なる服装、優雅なたたずまい、上品な仕草。
彼女がこの小屋の住人ではないことは明らかだ。
「お嬢様、この香りはいかがでしょうか?」
洗練された服装の老人がお香を焚いた。
彼もまたこの家の住人ではない。
「ありがとう、爺や。落ち着くわ。」
少女の名はロレイン・アリアンナ。
アリアンナ家の令嬢。
「なによりでございます。」
そして老人の名はフィリップ。
アリアンナ家の忠実なる執事。
「大丈夫だって、お嬢様。あの人ならやってくれるさ。」
「そうそう。心配いらないわ。」
ロレインとフィリップに老夫婦が声をかける。
こちらの老夫婦こそがこの家の住人である。
「それにしても良いアロマが揃っておりますね。」
「嬉しいわ。アリアンナ家の執事さんにそう言ってもらえるなんて光栄だよ。」
フィリップと老婦人がアロマについての話題で盛り上がる中、ロレインは手を合わせて祈っていた。
「次はどんな香りをご所望ですか、皆さま?」
「そうだねぇ、じゃあカモミールかマジョラムを…。」
フィリップが次のお香の準備をしようとした直後、ドアを叩く音が家に響いた。
「来たわ!」
ドアに駆け寄ろうとするロレインを老人が制止した。
「待ってくれ、わしが行く。」
彼は慎重にドアに近づく。
こんな場所に住んでる以上はこの用心深さは不可欠なのだ。
「誰だ?」
「便利屋です。」
ロレイン、フィリップ、老夫婦。
家の中にいる4人が胸をなでおろす。
この落ち着いていて涼やかな声は彼で間違いない。
「いやー、良かった。あんた無事だったか…、どわああああ!」
老人はドアを開けた瞬間に絶叫して、腰を抜かした。
「あんた、大丈夫かい…、ひいいいいい!」
駆け寄った老婦人もまた長年連れ添ったパートナーと同じリアクションをとってしまった。
「どうされたんですか…、きゃあああああ!」
ロレインもまた同じリアクションである。
「なんで、どうして裸なのよ!?」
ドアを開ければそこには一糸まとわぬ美しき者が立っていたからである。
老夫婦はただただ声を失い、ロレインは顔を赤らめて目を背けていた。
「これは…、すばらしい…!」
フィリップは一流品を品定めする鑑定士のように感嘆していた。
彼の体にはシミもほくろも見当たらない。
まさに神が人間の子宮を借りて作った芸術品である。
「えーっと、中に入ってもいいですか?」
「なんてことをしてくれたの、便利屋!」
「とんでもないことをしてしまってすまない。そのことは素直に謝る。」
便利屋と呼ばれた彼は服を着て、ロレインに報告を終えたところだ。
伯爵の部屋を爆破したこと、シャンデリアが落ちたこと、チンピラたちを蹴り飛ばして脱出したこと、伯爵が怒っていること、以上を全裸で行ったということを。
「あなたに依頼したことは部屋の秘密を暴くことだけだったはず!わたしがいつ、あの部屋を爆破してと頼んだの!?あの部屋はお父様とお母様の想い出がいっぱい詰まっていたのよ!おまけに大広間のシャンデリアまで破壊するなんて!」
ロレインはお怒りのご様子だ。
頼んでいなかったはずの暴挙を便利屋が独断でやってくれたからだ。
「緊急時の判断は一任してくれただろ。死者だって出ていない。今後のことを考えれば些細な被害で済んだはずだ。」
「些細な被害…!?」
両親の想い出を踏みにじられた、便利屋にそんなつもりがなくともロレインはそう受け取った。
そんなつもりはなかったが伝わったなら、この世界から争いごとは半分は無くなる。
ロレインはこの不届きものに思い知らせるために手を振り上げた。
「お嬢様、便利屋様がおっしゃる通りです。死者が出ていないのであれば、些細な被害です。」
だがロレインのその手はフィリップによって止められた。
「爺や、どうして…?」
アリアンナ家に仕えてきたフィリップに何故、この怒りが分からないのだろう。
忠臣であるフィリップの思いがけない反抗で、ロレインは気持ちのやり場を失ってしまった。
「う…!」
「お嬢様、落ち着いて。」
怒れるロレインを老婦人クララが抱きしめる。
ロレインの激情を受け止められる存在はこの場ではクララだけだ。
「執事さん、こちらへ。」
「はい。」
今のロレインと生産的な会話は不可能だ。
便利屋はフィリップと話をすることにした。
「お嬢様から全てお聞きしました。私も今回の依頼に力添えをさせてください。」
「伯爵は怒り狂っています。もし、力を貸したと知れたら執事さんでも命に危険が…。」
「構いません。この依頼の為であれば、この命など惜しくはありません。」
便利屋はフィリップの眼に確かな覚悟を秘めているのを感じた。
血気盛んなだけの若者には出来ない、過酷な生き様を歩んできた者が出来る眼だ。
この目をした者を便利屋は止める気はしなかった。
「分かりました。ではこれを見てください。」
便利屋はフィリップに手持ちのケースを見せた。
手のひらサイズの丸くて平たいケースだ。
「これが旦那様の部屋で見つけた証拠なのですね?」
「ええ。」
確認を終えると便利屋は即座にケースをしまった。
危険物を扱うかのように。
「それとは別に伯爵の部屋で大きな魔法陣を見ました。そして奇妙な詠唱も聞いています。専門家に見てもらえば分かることがあるかもしれません。執事さんの知り合いに魔術師の方はいますか?」
「知っております。彼は魔術師であり、考古学者です。必ずお力になってくれるでしょう。」
フィリップは自信たっぷりで答えた。
とっておきの人物を知っているからだ。
「よし。じゃあ、俺は明日に備えて休みます。」
「かしこまりました。私はお嬢様の様子を見てまいります。」
便利屋は呑気に休憩を始めたが、彼はわかっているのだろうか。
彼の命運は現在、老夫婦とフィリップに慰められている少女の胸先三寸にかかっているということを。
「う…、うぅ…。」
明朝までにロレインの機嫌が治るのを祈るばかりだ。
※ ※ ※ 朝 アリアンナ邸 ※ ※ ※
アリアンナ邸は森の中にある。
何故かというとでかく作るためだ。
シャンデリアがでかい、屋敷もでかい、庭園もでかい。さらにはでかい石像が見張るかのように立っている。
アリアンナ邸は植物園や美術館や劇場、あらゆるレジャー施設を兼ねた一大パークなのである。
そしてそのテーマパークの正門の前でチンピラ達と馬たちがバズラの演説を聞いているようだ。
「荷物確認を始めるぞ!」
「おおー!」
朝になり、空は雲一つない快晴。
今日は絶好の捜索日和だ。出発前の最終確認をしている。
「賊の人相書き!」
男たちは一斉に美しい賊が描かれた人相書きを掲げた。
掲示板やらに貼る用である。チンピラの中で絵に覚えのある奴が一晩かけて作った力作だ。
「捜索用の金!暴力は使わずに金で聞き出せ!」
今度はコインが入った袋だ。
彼らの肩には伯爵の名がかかっているのだから、予算はたんまりである。
「水と飯!」
水筒、干し肉、チーズ、パン。
動いたら腹が減るので食糧だ。
「俺の分のビーフジャーキーがねえぞ!」
「それぐらいどっかの村で買え!」
バズラは適当に抗議をあしらった。
いちいち相手をしていたらキリがない。
「いいか!日が暮れるまでには全員戻れよ!それじゃあしゅっぱー…!」
「皆さん、どうなさったのですか?」
丁寧な言葉が出発の合図を遮った。
こんなチンピラ相手にも礼節を忘れない人物は一人だけだ。
「爺さん、無事だったのか!?」
バズラは馬から降りて、その声の主の方に振り返った。
そこにいるのはアリアンナ家の執事フィリップだ。
「ええ。昨晩はある方に泊めていただいたんです。連絡もせず、申し訳ございません。」
「それはともかく、お嬢様は無事なのか!?」
「ロレインお嬢様ですか?無事に都への途に就かれました。」
「いやー、よかった!」
チンピラ達は一斉に胸をなでおろした。
大問題が片付いたようだ。
「それにしても馬を総動員させて一体どうしたというのでしょうか?」
「何があったかは留守番組にでも聞いてくれ。とにかく俺たちは出発する。野郎ども、聴いたな!爺さんもお嬢様も無事だ!後はあの賊をとっ捕まえるだけだ!よーし、しゅっぱーーつ!」
「おおおおおおおー!」
フィリップの疑問はそのままにバズラ含めた捜索組は一斉に馬を走らせ、アリアンナ邸から出発したのであった。
「まずは旦那様にお嬢様のご無事を報告をさせていただきます。それでは後ほど。」
ブレゴたち留守番組に一礼するとフィリップは屋敷へと向かうのであった。
後に残るは留守番組。
乗馬が下手なブレゴや獣の臭いが嫌いだから留まる連中だ。
「ブレゴ。後で爺さんの話し相手にでもなってやれよ。賊相手に振られ話の相談したこととかな。爺さんでも腹を抱えて笑うかもしれねえぞ。」
嫌味な奴が来た。
いつもボトルを片手に酔っぱらってる”飲んだくれ野郎”だ。
酔っぱらってて馬に乗れないから留守番組なのだ。
「ははは。」
ブレゴは苦笑いがやっとだ。
酔いが醒めた今となってはあの話は恥でしかない。
「じゃあ、俺は見張りしてくる。お前もなんかやること見つけろよ、ニブチンの捨てられ男。」
ブレゴは飲んだくれ野郎の言葉にいたく傷ついた。
※ ※ ※ 都 街門 ※ ※ ※
馬に乗ってアリアンナ邸を出発してみよう。
馬が休憩を欲する頃にはお誂え向きの場所が見えてくる。
人々が願いを胸に秘めて集まる場所、メルディアーナ有数の都であるリワイゼだ。
「あーぁ、何をやってんだろうな、俺たち。」
「どうした、トラン?」
本日の都の門番を担当するは騎士トランと騎士ロスーだ。
「だってよ、俺たちが騎士の修行してた時にあいつらは略奪。俺たちが門番してるのに、あいつらはどんちゃん騒ぎだぜ。不公平だろ。」
「伯爵のとこのチンピラどもか。その話はもういいだろ。俺たちには崇高な使命があるんだ。」
「使命ねぇ。だったら、伯爵様にだって使命があるはずだろ。もし、隣国やら『夜の羽根』やらが攻め込んできたときに伯爵様は使命を果たしてくれんのか?あのままだったらこの領地はひとたまりもないぞ。」
「起きてもいないことで勝手に不安になるなよ。それを言うなら次の瞬間、天使のラッパが鳴って大地を炎が覆うかもしれんぞ。」
人生とは読めないものだ。
病と闘って何十年も生きながらえる者もいれば、突然の洪水で何千人もが亡くなる時もある。あらゆる可能性を考慮していれば、心という器はパンクするだろう。
「ああ、そう思えば少しは馬鹿馬鹿しくなったかもな。」
「そうしとけ。」
トランとロスーのやり取りはこれで何回目か分からない。
行動するトランにいさめるロスー、名コンビである。
「おや?噂をすれば影だな。あっちを見ろ。」
「お嬢様のご帰還か。」
馬に乗ったやんごとなきそのお姿。
間違いない。彼女こそ先ほど話題に出ていた伯爵の娘、ロレイン・アリアンナだ。
「ごきげんよう。騎士の皆様。」
「いえいえ、こちらこそ。ごきげんよう。」
騎士たちはスカートをつまむジェスチャーをして気さくに返した。
するとロレインは沈痛な面持ちで馬から降りて、ある箱を取り出した。
「こちらを。」
箱の正体は菓子折りだ。
しかもかなりの高級品。
「お嬢様、このお菓子は一体…?」
「実は私の友人がお父様を大変、怒らせてしまったのです。どうかこちらで目をつぶっていただけないでしょうか?」
そう賄賂である。
「お嬢様!そのような取り引きを呑むわけにはいきません!そのご友人はどちらに!?」
トランは見逃さなかった。
ロレインと騎士の取引の最中にこっそり門を通ろうとするフードを被った者の姿を。
「貴様か!伯爵を怒らせた不届き物は!都に入ることは許さん!」
トランは正義心のままに彼の者のフードを取った。
「ふぁっ?」
フードの下から見えたのはなんとも美しき姿。
トランはその美貌をカウンター気味に魂に喰らった。
「頼む、見逃してほしい。大事な事が…。」
「何日でも、何週間でも、何カ月間でもご滞在ください!私の騎士道にかけてあなたを伯爵からお守りします!」
「はい、通ってください。都へようこそ」
馴染みの行商人は気になってしょうがない。
いつもの騎士さんは何故、だらしない顔でボーッとしているのだか。
「相方さん、大丈夫かい?犬みたいに口開けて、舌出して、涎垂らしてる。何かあったのかい?」
「あんまりに綺麗なものを見ちゃったからです。今日一日、トランのやつは使い物にならないでしょうね。」
「羨ましいこった。わしもその綺麗なものをお目にかかりたかったよ。」
※ ※ ※ 都 ※ ※ ※
ビッグになりたい、ある分野の勉強がしたい、このブランドの靴が買いたい。
みんな願いを叶えにここにくる。人々が集う場所、都に。
そしてここにも願いを胸を秘めた少女が1人。
「綺麗な街だな。」
便利屋は都の街並みに見とれていた。
ゴミが散らかってない清潔な道。
鮮やかな煉瓦で建てられた家々が織りなすコントラクト。
この都は歩き回るだけで心が躍ってしまう。
「なんだろう。風が、いや空気が汚れている。」
不平を言った便利屋に風はすぐにしっぺ返しを食らわせた。
強い風が吹いて、彼のフードを取ろうとしてきた。
「あっ…。」
ロレインはすぐさまに便利屋のフードを抑えつける。
おかげで便利屋の顔が公衆に晒されずに済んだ。
「何をしてるの!?顔を晒したら駄目じゃない!」
「すまない、油断していた。」
「あなたの顔を見れば世界中の人間がいつどこで見たかを明確に記憶するわ!騎士団の方たちの協力を台無しにするつもりなの!?」
ロレインの言う通りだ。
便利屋の顔を一度見れば、老若男女がその脳に強烈に刻み込んでしまうだろう。
「ようやく口を聞いてくれたかと思ったら、怒鳴らないでくれ。昨夜のことは確かに反省しているさ。それにあの場には執事さんだっていた。俺がフォローする必要はなかっただろ。」
ロレインは怒っている。
現に昨晩から今の瞬間まで、便利屋とは全く口を聞いてくれなかったのだ。
「勘違いしないで。あなたのいたわりなんか必要ないわ。元はと言えば私の依頼が原因なんだから。報酬を渡した後はアリアンナ家の領地から逃がしてあげる。でもそこまでよ。」
寛大なる処置だ。
便利屋の昨晩の暴挙を見逃してくれるのだから。
「今のうちにこの都を楽しんでおいて。次、領地に入ってくれば父の怒りはあなたに容赦なく降りかかる。またあんな暴挙を働けば今度は私があなたを地の果てまで追い回してあげる。忘れないことね。」
ロレインはこの領地で最強の力、権力を持っている。
いくら美しき便利屋だろうと簡単に処刑台に送れるのだ。
「お心遣い感謝します。お嬢様。」
応援ありがとうございます!
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