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最終章:選ぶ者
第77話:唯一無二の水族館
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※ ※ ※ グロリエッテ ※ ※ ※
「庭園が、海の怪物で満たされて…!」
フィリップはグロリエッテから様々な光景を見た。
四季それぞれの花々が咲き乱れる庭園、蝋燭でライトアップされた夜の庭園、美術家によって剪定された生垣で彩られた庭園。
だが海になって怪物が暴れ狂う場所になるなど誰が予想しただろうか。
「なんでなの!?」
テラスからロレインの声が聞こえる。
この光景が見えてる彼女が封印を発動させていないはずがない。
「どうされたのですか!?」
「私の封印が届かないの!まるで庭園だけ別の世界に行ってしまったみたい!」
封印を発動させれば、返ってくるはずの手ごたえを感じない。
あの影が広がってからだ。
「この…、えええええい!」
ロレインはより一層、杖に力を込めた。
たとえ違う世界であろうとも、自分の魔力が届くように。
バルマンの杖の輝きが増していく。
「きゃああああ!」
杖の光が最高潮に達した時だった。
煙玉が破裂したかのように激しく邪気が噴き出してテラスに立ち込めた。
「お嬢様!」
案じたブレゴがテラスに登って、ロレインの元へ駆け寄った。
意識も絶え絶えのようだが、彼女は持っている聖水を全て飲み干した。
「大丈夫…。」
口や掌の傷から煙が激しく出ていく。
聖水によって、邪気が排出されてロレインはひとまず無事のようだ。
「お嬢様、杖が!」
ブレゴに言われて杖を確認すると、もうかつての杖ではなくなっていた。
バルマンの杖はそのほとんどがどす黒く染まっている。
「守ってくれたんだわ…。」
ロレインが無理に封印を届けようとしたせいで、あの“影の海”から致死量の邪気が逆流しようとしていた。バルマンの杖は、守るかのように代わりに邪気を取り込んで汚染されたのだ。
「これじゃ使えない…。」
ロレインがいくら魔力を込めても、黒くなった杖はまるで応えなかった。
これではただの棒だ。
※ ※ ※ 庭園 ※ ※ ※
“栄光の海”の海面で2人乗りの馬が走り回る。
「こんなのどうすればいいんだ!」
「トランさん、気をしっかり持て!」
トランは発狂寸前だ。
隠れる場所は無く、逃げようとしても触手で死ぬ。1秒後に襲い来るやもしれぬ怪物たちに囲まれているのだ。
そして海の危険の定番とも言える、水面から出る三角形の板がこちらに近づいて来る。
「サメだ!」
そのサメは、元はカラスだったのだろう。
カーッと鳴き、顔がカラス、胸ビレが翼、尾びれが尾羽で、羽毛に覆われている。
カラスサメは影からジャンプし、2人の馬へと飛び掛かった。
このままではその巨体がのしかかり、馬ごと潰されてしまう。
「うわあああ!」
カラスサメに光る物が、強烈な勢いで何かが投げつけられた。
光るメイスだ。メイスの直撃によってサメのジャンプはずれ、馬をかすめるのだった。
「助かった…!」
メイスの投げたのはもちろん聖霊だ。
この悪夢のような状況を変えられる唯一の存在だろう。
「あんたの守護霊には至れり尽くせり…!」
「そんな事言ってる場合じゃない!聖霊が攻撃されてる!」
危険な状況に陥ってるのは聖霊も同じだ。
聖霊の脇腹に髑髏面魚が噛みつき、ビチビチと暴れている。
「早く魚を撃つんだ!」
「あ、ああ!」
便利屋に言われるがままにトランは聖霊にぶら下がる髑髏面魚を矢で撃つと、ようやく離れた。しかし聖霊の脇腹は人の歯形状に噛みちぎられている。
「あんな雑魚に…!」
あの聖霊が、文字通りの雑魚にこんな痛手を喰らうとは。
トランはどこか楽観していた。どんな危機も聖霊や便利屋がなんとかしてくれると。
だが今は聖霊すらやられようとしていたのだ。
「口を聞かなくていいから、聞いてくれ!あんたが俺の守護霊かどうかは知らないが、分かるのはあんた無しじゃ魔王は倒せないってことだ!」
すっかり輝きが落ちた聖霊に、便利屋は馬を近づけて叫んだ。
伝わるかどうか分からないが言うしかない。
「この影の海は奴の胃袋にいるに等しい!このままではあんたは弱り続け、俺たちの全滅も必至だ!時間が無い!作戦を立てよう!」
“栄光の海”はバルベリスの世界。
魔王の体内にいるようなものだ。ゆえに聖霊も弱まっているのだ。
「まずはあんたの光で、」海の怪物共が来ない安全圏を作ってくれ!残った騎士達を集める!」
衰弱した聖霊に、影の海を消す事など不可能だ。
だが怪物が上がらないようにすることぐらいなら出来るだろう。
「それに魔王の姿が見えない!この海に潜ってるんだ!それこそがチャンスだ!」
※※ ※ 栄光の海 海中 ※ ※ ※
便利屋の推察通り、バルベリスは“栄光の海”に潜っていた。
久方ぶりの“栄光の海”の光景が、聖霊と騎士に刻まれた傷の痛みを紛らわせてくれると思ったからだ。
「なんだ、これは…?」
確かに痛みは忘れられた。
だが胸に渦巻く感情は全く逆だった。
「何が起こった…?」
バルベリスは生命が生まれた海に憧れ、かつて魚となって泳いだ。
陽光が差し、鮮やかな魚が泳ぎ、サンゴが根付く。漂うクラゲも美しいと思えた。
海の美しさに感銘した彼は、より美しい世界を作ろうと誓い、依り代たちに美しい姿を与え続けた。
世界の覇者となる野望と同じように、依り代がいくら変わろうとも“栄光の海”だけは変わらないはずだった。
「私の楽園があああああ!?」
髑髏面魚、ネズミ面魚。血を噴くクジラ。カラスサメ。
人の指が生えたクラゲ、人面が背中についた蟹。巨大な眼球が甲羅についた海亀。
人間の目や耳が生えた異形、色んな生物の姿が入り混じった奇形、珍獣ばかりだ。
「あの儀式のせいで、依り代たち心や記憶が戻ったからか…?」
そうとしか考えられない。
“蟲毒の儀式”によりバルベリスの魂が裂け、聖域に依り代たちの姿が現れて砕け散った。
住民たちはかつての自分を思い出し、“影の海”での姿と入り混じってこの奇形になっているのだ。
「ナゼオミステニ…。」
「アナタハチカイヲヤブ…。」
「アンマリダ…。」
記憶が戻るのはいい。だから言葉を喋るのもまだいい。
だが耐えられないのは海洋生物たちが一様に苦悶の表情を浮かべ、呪詛を吐き、恨めしい視線を送っていることだ。
神であり、信仰を抱いたはずの自分に。
「言葉が喋れるなら、何故私に賛歌を歌わない!?信徒の義務だろう!」
いくら呼びかけようが声は変わらず、恨み節は消えない。
これではまるで騎士の言う通り、地獄ではないか。
こんなものが望んだ天国なのか。
「出来損ないども!二度と地上に上がるな!その醜い姿を見せるな!」
もうこれは自分の作品ではない。
失敗作だ。
「1からやり直す!奴らを殺した後にな!」
生涯を捧げて作った傑作を踏みにじった奴ら。
元凶となった賊、チクチクと矢を刺す騎士共、忌まわしい光で楽園を照らす霊。
一人残らず殺し尽くす。
バルベリスは“影の海”をカジキのような速度で泳いで、上がっていった。
※※ ※ 庭園 ※ ※ ※
「死ねえ!」
バルベリスはある一点を狙い、“栄光の海”から矢のような勢いで飛び出した。
狙うはこの海を照らす眩い光の球。聖霊はきっとあの中だ。
「貴様がいくら太陽の真似をしようが、真の太陽を以てしか我が影を消せんわ!」
爪を伸ばす。あの憎き霊をこの爪で引き裂いてくれる。
魔王は聖なる光で体が焼けつくことすら、意に介さずに光球へ突っ込んだ。
「消え…。」
だが跳び出た魔王は何にも触れることなく、地面に着地した。
あの光球に聖霊はいなかったようだ。
「ん!?」
呆けた魔王の首に光り輝く糸が、後ろから巻き付いて締め上げる。
糸を引くは背後に控えていた聖霊。これは聖霊が具現化した光の糸だ。
糸というにはあまりに強靭、まるでワイヤーだ。
「今だ!」
魔王がワイヤーを切ろうと首に手をやると便利屋の合図がかかった。
縄が投げられ、魔王の胴と四肢に合計5か所に巻き付くとそれぞれが違う方向に引っ張られ、魔王の動きを奪う。
縄を引くのは人と馬。縄は馬に結び付けられており、さながら八つ裂き刑だ。
あの地獄を生き延びた便利屋と騎士5人、そして5頭による報復だ。
あの光球はおびき寄せるための囮、そして彼らの安全圏を作るためのものだ。
「が、が、が…!」
ワイヤーが締まって、首に食い込む。
ワイヤーが輝いて、首を焼く。
胴と四肢の縄は、首のワイヤーを切られないように動きを封じるため。
さしもの魔王も首を落とせば命を絶てる。
「踏ん張れ!」
“魔人”の膂力に引っ張られる。
馬の力など“魔人”の前では駄々をこねる子供と同じ。だが首を絞められ、胴と四肢を同時にだ。首を切断するまでの時間ぐらいなら稼げるはず。
縄を引き続けるのみだ。たとえ何があろうとも、たとえゴキッという音が聞こえようとも。
「この音は…!」
ゴキッ、それは作戦失敗の音だと便利屋は直感した。
音が鳴った直後に魔王の頭は180度捻転して背後の聖霊の方へと向き、その目が光った。
「逃げろ!」
聖霊に当たった。
光る両目から放たれた、槍ほどの太さの熱線が。
2条の熱線は庭園の彼方までその筋を残すほどの凄まじさだった。
「聖霊が…!」
魔王の首のワイヤーが緩む。それも致し方ないだろう。
聖霊は熱線で下半身、いや腹から下を完全に消し飛ばされていたのだから。
「自分で、自分の首を…。」
バルベリスは自ら首を折ったのだ。
背後の聖霊を倒すために。
「さあ、後は遊びだ。」
魔王の戦いは終わった。
もう彼に脅威は無いのだから。
「庭園が、海の怪物で満たされて…!」
フィリップはグロリエッテから様々な光景を見た。
四季それぞれの花々が咲き乱れる庭園、蝋燭でライトアップされた夜の庭園、美術家によって剪定された生垣で彩られた庭園。
だが海になって怪物が暴れ狂う場所になるなど誰が予想しただろうか。
「なんでなの!?」
テラスからロレインの声が聞こえる。
この光景が見えてる彼女が封印を発動させていないはずがない。
「どうされたのですか!?」
「私の封印が届かないの!まるで庭園だけ別の世界に行ってしまったみたい!」
封印を発動させれば、返ってくるはずの手ごたえを感じない。
あの影が広がってからだ。
「この…、えええええい!」
ロレインはより一層、杖に力を込めた。
たとえ違う世界であろうとも、自分の魔力が届くように。
バルマンの杖の輝きが増していく。
「きゃああああ!」
杖の光が最高潮に達した時だった。
煙玉が破裂したかのように激しく邪気が噴き出してテラスに立ち込めた。
「お嬢様!」
案じたブレゴがテラスに登って、ロレインの元へ駆け寄った。
意識も絶え絶えのようだが、彼女は持っている聖水を全て飲み干した。
「大丈夫…。」
口や掌の傷から煙が激しく出ていく。
聖水によって、邪気が排出されてロレインはひとまず無事のようだ。
「お嬢様、杖が!」
ブレゴに言われて杖を確認すると、もうかつての杖ではなくなっていた。
バルマンの杖はそのほとんどがどす黒く染まっている。
「守ってくれたんだわ…。」
ロレインが無理に封印を届けようとしたせいで、あの“影の海”から致死量の邪気が逆流しようとしていた。バルマンの杖は、守るかのように代わりに邪気を取り込んで汚染されたのだ。
「これじゃ使えない…。」
ロレインがいくら魔力を込めても、黒くなった杖はまるで応えなかった。
これではただの棒だ。
※ ※ ※ 庭園 ※ ※ ※
“栄光の海”の海面で2人乗りの馬が走り回る。
「こんなのどうすればいいんだ!」
「トランさん、気をしっかり持て!」
トランは発狂寸前だ。
隠れる場所は無く、逃げようとしても触手で死ぬ。1秒後に襲い来るやもしれぬ怪物たちに囲まれているのだ。
そして海の危険の定番とも言える、水面から出る三角形の板がこちらに近づいて来る。
「サメだ!」
そのサメは、元はカラスだったのだろう。
カーッと鳴き、顔がカラス、胸ビレが翼、尾びれが尾羽で、羽毛に覆われている。
カラスサメは影からジャンプし、2人の馬へと飛び掛かった。
このままではその巨体がのしかかり、馬ごと潰されてしまう。
「うわあああ!」
カラスサメに光る物が、強烈な勢いで何かが投げつけられた。
光るメイスだ。メイスの直撃によってサメのジャンプはずれ、馬をかすめるのだった。
「助かった…!」
メイスの投げたのはもちろん聖霊だ。
この悪夢のような状況を変えられる唯一の存在だろう。
「あんたの守護霊には至れり尽くせり…!」
「そんな事言ってる場合じゃない!聖霊が攻撃されてる!」
危険な状況に陥ってるのは聖霊も同じだ。
聖霊の脇腹に髑髏面魚が噛みつき、ビチビチと暴れている。
「早く魚を撃つんだ!」
「あ、ああ!」
便利屋に言われるがままにトランは聖霊にぶら下がる髑髏面魚を矢で撃つと、ようやく離れた。しかし聖霊の脇腹は人の歯形状に噛みちぎられている。
「あんな雑魚に…!」
あの聖霊が、文字通りの雑魚にこんな痛手を喰らうとは。
トランはどこか楽観していた。どんな危機も聖霊や便利屋がなんとかしてくれると。
だが今は聖霊すらやられようとしていたのだ。
「口を聞かなくていいから、聞いてくれ!あんたが俺の守護霊かどうかは知らないが、分かるのはあんた無しじゃ魔王は倒せないってことだ!」
すっかり輝きが落ちた聖霊に、便利屋は馬を近づけて叫んだ。
伝わるかどうか分からないが言うしかない。
「この影の海は奴の胃袋にいるに等しい!このままではあんたは弱り続け、俺たちの全滅も必至だ!時間が無い!作戦を立てよう!」
“栄光の海”はバルベリスの世界。
魔王の体内にいるようなものだ。ゆえに聖霊も弱まっているのだ。
「まずはあんたの光で、」海の怪物共が来ない安全圏を作ってくれ!残った騎士達を集める!」
衰弱した聖霊に、影の海を消す事など不可能だ。
だが怪物が上がらないようにすることぐらいなら出来るだろう。
「それに魔王の姿が見えない!この海に潜ってるんだ!それこそがチャンスだ!」
※※ ※ 栄光の海 海中 ※ ※ ※
便利屋の推察通り、バルベリスは“栄光の海”に潜っていた。
久方ぶりの“栄光の海”の光景が、聖霊と騎士に刻まれた傷の痛みを紛らわせてくれると思ったからだ。
「なんだ、これは…?」
確かに痛みは忘れられた。
だが胸に渦巻く感情は全く逆だった。
「何が起こった…?」
バルベリスは生命が生まれた海に憧れ、かつて魚となって泳いだ。
陽光が差し、鮮やかな魚が泳ぎ、サンゴが根付く。漂うクラゲも美しいと思えた。
海の美しさに感銘した彼は、より美しい世界を作ろうと誓い、依り代たちに美しい姿を与え続けた。
世界の覇者となる野望と同じように、依り代がいくら変わろうとも“栄光の海”だけは変わらないはずだった。
「私の楽園があああああ!?」
髑髏面魚、ネズミ面魚。血を噴くクジラ。カラスサメ。
人の指が生えたクラゲ、人面が背中についた蟹。巨大な眼球が甲羅についた海亀。
人間の目や耳が生えた異形、色んな生物の姿が入り混じった奇形、珍獣ばかりだ。
「あの儀式のせいで、依り代たち心や記憶が戻ったからか…?」
そうとしか考えられない。
“蟲毒の儀式”によりバルベリスの魂が裂け、聖域に依り代たちの姿が現れて砕け散った。
住民たちはかつての自分を思い出し、“影の海”での姿と入り混じってこの奇形になっているのだ。
「ナゼオミステニ…。」
「アナタハチカイヲヤブ…。」
「アンマリダ…。」
記憶が戻るのはいい。だから言葉を喋るのもまだいい。
だが耐えられないのは海洋生物たちが一様に苦悶の表情を浮かべ、呪詛を吐き、恨めしい視線を送っていることだ。
神であり、信仰を抱いたはずの自分に。
「言葉が喋れるなら、何故私に賛歌を歌わない!?信徒の義務だろう!」
いくら呼びかけようが声は変わらず、恨み節は消えない。
これではまるで騎士の言う通り、地獄ではないか。
こんなものが望んだ天国なのか。
「出来損ないども!二度と地上に上がるな!その醜い姿を見せるな!」
もうこれは自分の作品ではない。
失敗作だ。
「1からやり直す!奴らを殺した後にな!」
生涯を捧げて作った傑作を踏みにじった奴ら。
元凶となった賊、チクチクと矢を刺す騎士共、忌まわしい光で楽園を照らす霊。
一人残らず殺し尽くす。
バルベリスは“影の海”をカジキのような速度で泳いで、上がっていった。
※※ ※ 庭園 ※ ※ ※
「死ねえ!」
バルベリスはある一点を狙い、“栄光の海”から矢のような勢いで飛び出した。
狙うはこの海を照らす眩い光の球。聖霊はきっとあの中だ。
「貴様がいくら太陽の真似をしようが、真の太陽を以てしか我が影を消せんわ!」
爪を伸ばす。あの憎き霊をこの爪で引き裂いてくれる。
魔王は聖なる光で体が焼けつくことすら、意に介さずに光球へ突っ込んだ。
「消え…。」
だが跳び出た魔王は何にも触れることなく、地面に着地した。
あの光球に聖霊はいなかったようだ。
「ん!?」
呆けた魔王の首に光り輝く糸が、後ろから巻き付いて締め上げる。
糸を引くは背後に控えていた聖霊。これは聖霊が具現化した光の糸だ。
糸というにはあまりに強靭、まるでワイヤーだ。
「今だ!」
魔王がワイヤーを切ろうと首に手をやると便利屋の合図がかかった。
縄が投げられ、魔王の胴と四肢に合計5か所に巻き付くとそれぞれが違う方向に引っ張られ、魔王の動きを奪う。
縄を引くのは人と馬。縄は馬に結び付けられており、さながら八つ裂き刑だ。
あの地獄を生き延びた便利屋と騎士5人、そして5頭による報復だ。
あの光球はおびき寄せるための囮、そして彼らの安全圏を作るためのものだ。
「が、が、が…!」
ワイヤーが締まって、首に食い込む。
ワイヤーが輝いて、首を焼く。
胴と四肢の縄は、首のワイヤーを切られないように動きを封じるため。
さしもの魔王も首を落とせば命を絶てる。
「踏ん張れ!」
“魔人”の膂力に引っ張られる。
馬の力など“魔人”の前では駄々をこねる子供と同じ。だが首を絞められ、胴と四肢を同時にだ。首を切断するまでの時間ぐらいなら稼げるはず。
縄を引き続けるのみだ。たとえ何があろうとも、たとえゴキッという音が聞こえようとも。
「この音は…!」
ゴキッ、それは作戦失敗の音だと便利屋は直感した。
音が鳴った直後に魔王の頭は180度捻転して背後の聖霊の方へと向き、その目が光った。
「逃げろ!」
聖霊に当たった。
光る両目から放たれた、槍ほどの太さの熱線が。
2条の熱線は庭園の彼方までその筋を残すほどの凄まじさだった。
「聖霊が…!」
魔王の首のワイヤーが緩む。それも致し方ないだろう。
聖霊は熱線で下半身、いや腹から下を完全に消し飛ばされていたのだから。
「自分で、自分の首を…。」
バルベリスは自ら首を折ったのだ。
背後の聖霊を倒すために。
「さあ、後は遊びだ。」
魔王の戦いは終わった。
もう彼に脅威は無いのだから。
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