2 / 56
第一幕 麗しの美少年は、あやかしとともに?
(1)
しおりを挟む
ああ、そろそろ制服姿もアウトかも。
電車の窓に映り込む自分を目にした七々扇暁は、熱気漂う朝のラッシュのなかでそんな感想を持った。
それでも意識は常に、とある人物に照準を合わせている。
数人のサラリーマンを挟んだむこうにいる、一人の高校生。
今の暁と同じ、赤と白の二本線がネクタイに引かれたブレザーをまとっている。この辺りでは頭がひとつ抜きん出た、進学校の制服だ。
お。来たか。
暁の足が力強く踏み出す。
電車の揺れに合わせて数人をかきわけたあと、再び自らのスマホに視線を落とした。
画面に表示させた人物と目の前の人物を照合する。間違いない。同一人物だ。
目の前のサラリーマンは、小脇に抱えていたカバンを器用に盾代わりにしていた。その影で静かに伸ばされた手は、目前の高校生に向かっている。
蛍光色がアクセントの薄財布がしまわれた左側のバックポケットではなく、何も入っていない、右側の──。
「っ……、な」
「しー。周りに気づかれます。動かないで」
サラリーマンのみに聞こえる声量で諭した。
動きたくても、その両手は腰元で固定されびくともしないだろう。
背後に立つ暁のほうへぎこちなく振り向き、男は息をのんだ。
「私は警察じゃありません。次の駅で少しお話をしましょうか。あなたのためにも」
こんな小娘に捕まるなんて夢にも思わなかった。そんな顔だな、と暁は思った。
この世には、なぜ潰れないのかわからない店舗というものが存在する。
暁が居住するこの街──間黒市の商店街にも、例外に漏れずそれは存在した。
間黒駅から続く二本坂のうち、やや蛇行のかかった勾配の緩い坂をひたすら歩いて行く。
真っ直ぐな坂もあるにはあるが、こちらは平均傾斜七度と急勾配。特段の事情がなければ皆前者の坂を選ぶだろう。
細々としたオフィスビルはすぐに抜け、見えてくるのはアーケードが日の光をうっすら遮る商店街だ。
坂の名にあやかり名づけられた『権三郎坂商店街』内の喫茶店から、七々扇暁は自前の水筒を手に姿を現した。
「あら、もう行っちゃうの、あきらちゃん」
「ん。これから一応報告書書かなくちゃだから。華ちゃんの美味しいコーヒーを飲んで、もうひと頑張りするよ」
「うふふ。おばさん応援してるわ。あきらちゃんは頑張り屋さんだものね」
この喫茶店ウエイトレスの華子おばさんは、暁を自身の「孫娘」と認識している節がある。
ここで商う老人たちにとって、身近にいる若者は客を除いて暁くらいなものなのだ。
憎からず思われているのなら、素直に嬉しい。
「やあやあ、あきらくんじゃないか。お昼はうちで食べてかないのかい?」
「源造さん、こんにちは」
「お父さんってば駄目よう。あきらちゃんはこれからまだお仕事があるのよう。山積みよう」
「そうかい、残念だな。あきらくんの若々しい“いけめんパワー”を分けてもらおうと思ったんだが」
この喫茶店店主の源造おじさんは、暁を自身の「孫息子」と認識している節がある。
おばさんがおじさんを慣れたようにたしなめると、渦中の暁を置いてけぼりに世間話が進んでいった。
そんないつもの風景に小さく会釈したあと、暁は今度こそ喫茶店をあとにする。
「そうなのよう、気の進まない仕事が山積みようー」
華子おばさんののんびり口調を真似てみる。残念ながら、気持ちはそこまで透くことはなかった。
さて。今回の依頼主に、自分はなんと報告するべきか──。
手元の水筒に入れてもらった華子おばさん特製のコーヒーを、勢い任せにぐいっとあおる。
アーケードで半透明に遮られてるものの、見上げた空は眩しいほどの快晴だった。
磨き上げられた中華料理店の窓に、自分の姿を見る。
先ほどまで身につけていた女子高生の制服は、駅構内のトイレで早々に紙袋に収められていた。
今の自分は、日常よく見慣れた出で立ちだ。
足元は衝撃をよく吸収するカラフルなスニーカー。
ぺたんこなお尻と太もも。女性らしさの欠けらもないシルエットに、ぴたりとひっつくスキニーパンツ。動きやすさ重視の、オーバーサイズのスウェットパーカー。
耳たぶが見えるくらいの、髪質の固いショートヘア。
そして極めつけは中学の頃からまるで変化のない、貫禄ゼロの童顔──。
あきらちゃん。
あきらくん。
この商店街で、暁の性別および年齢を正確に把握している者は、果たしてどれほどいるのだろうか。ひとつ息を吐くと、暁は再び歩みを進めた。
「ただいま帰りましたよー、っと」
独りごちながら、足元の店看板を『外出中』から『在所中』にくるりと翻す。
それに隣だって記された事務所名は──『七々扇よろず屋本舗』。
権三郎坂商店街内でも駅から最も遠くに位置する、コンクリート造二階建ての建物。
その一階部分に、暁は慣れた様子で入っていった。
電車の窓に映り込む自分を目にした七々扇暁は、熱気漂う朝のラッシュのなかでそんな感想を持った。
それでも意識は常に、とある人物に照準を合わせている。
数人のサラリーマンを挟んだむこうにいる、一人の高校生。
今の暁と同じ、赤と白の二本線がネクタイに引かれたブレザーをまとっている。この辺りでは頭がひとつ抜きん出た、進学校の制服だ。
お。来たか。
暁の足が力強く踏み出す。
電車の揺れに合わせて数人をかきわけたあと、再び自らのスマホに視線を落とした。
画面に表示させた人物と目の前の人物を照合する。間違いない。同一人物だ。
目の前のサラリーマンは、小脇に抱えていたカバンを器用に盾代わりにしていた。その影で静かに伸ばされた手は、目前の高校生に向かっている。
蛍光色がアクセントの薄財布がしまわれた左側のバックポケットではなく、何も入っていない、右側の──。
「っ……、な」
「しー。周りに気づかれます。動かないで」
サラリーマンのみに聞こえる声量で諭した。
動きたくても、その両手は腰元で固定されびくともしないだろう。
背後に立つ暁のほうへぎこちなく振り向き、男は息をのんだ。
「私は警察じゃありません。次の駅で少しお話をしましょうか。あなたのためにも」
こんな小娘に捕まるなんて夢にも思わなかった。そんな顔だな、と暁は思った。
この世には、なぜ潰れないのかわからない店舗というものが存在する。
暁が居住するこの街──間黒市の商店街にも、例外に漏れずそれは存在した。
間黒駅から続く二本坂のうち、やや蛇行のかかった勾配の緩い坂をひたすら歩いて行く。
真っ直ぐな坂もあるにはあるが、こちらは平均傾斜七度と急勾配。特段の事情がなければ皆前者の坂を選ぶだろう。
細々としたオフィスビルはすぐに抜け、見えてくるのはアーケードが日の光をうっすら遮る商店街だ。
坂の名にあやかり名づけられた『権三郎坂商店街』内の喫茶店から、七々扇暁は自前の水筒を手に姿を現した。
「あら、もう行っちゃうの、あきらちゃん」
「ん。これから一応報告書書かなくちゃだから。華ちゃんの美味しいコーヒーを飲んで、もうひと頑張りするよ」
「うふふ。おばさん応援してるわ。あきらちゃんは頑張り屋さんだものね」
この喫茶店ウエイトレスの華子おばさんは、暁を自身の「孫娘」と認識している節がある。
ここで商う老人たちにとって、身近にいる若者は客を除いて暁くらいなものなのだ。
憎からず思われているのなら、素直に嬉しい。
「やあやあ、あきらくんじゃないか。お昼はうちで食べてかないのかい?」
「源造さん、こんにちは」
「お父さんってば駄目よう。あきらちゃんはこれからまだお仕事があるのよう。山積みよう」
「そうかい、残念だな。あきらくんの若々しい“いけめんパワー”を分けてもらおうと思ったんだが」
この喫茶店店主の源造おじさんは、暁を自身の「孫息子」と認識している節がある。
おばさんがおじさんを慣れたようにたしなめると、渦中の暁を置いてけぼりに世間話が進んでいった。
そんないつもの風景に小さく会釈したあと、暁は今度こそ喫茶店をあとにする。
「そうなのよう、気の進まない仕事が山積みようー」
華子おばさんののんびり口調を真似てみる。残念ながら、気持ちはそこまで透くことはなかった。
さて。今回の依頼主に、自分はなんと報告するべきか──。
手元の水筒に入れてもらった華子おばさん特製のコーヒーを、勢い任せにぐいっとあおる。
アーケードで半透明に遮られてるものの、見上げた空は眩しいほどの快晴だった。
磨き上げられた中華料理店の窓に、自分の姿を見る。
先ほどまで身につけていた女子高生の制服は、駅構内のトイレで早々に紙袋に収められていた。
今の自分は、日常よく見慣れた出で立ちだ。
足元は衝撃をよく吸収するカラフルなスニーカー。
ぺたんこなお尻と太もも。女性らしさの欠けらもないシルエットに、ぴたりとひっつくスキニーパンツ。動きやすさ重視の、オーバーサイズのスウェットパーカー。
耳たぶが見えるくらいの、髪質の固いショートヘア。
そして極めつけは中学の頃からまるで変化のない、貫禄ゼロの童顔──。
あきらちゃん。
あきらくん。
この商店街で、暁の性別および年齢を正確に把握している者は、果たしてどれほどいるのだろうか。ひとつ息を吐くと、暁は再び歩みを進めた。
「ただいま帰りましたよー、っと」
独りごちながら、足元の店看板を『外出中』から『在所中』にくるりと翻す。
それに隣だって記された事務所名は──『七々扇よろず屋本舗』。
権三郎坂商店街内でも駅から最も遠くに位置する、コンクリート造二階建ての建物。
その一階部分に、暁は慣れた様子で入っていった。
10
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる