21 / 56
第二幕 御櫛にこめた、女の決意と恋心
(3)
しおりを挟む
隣に一歩歩み出た千晶に、夕焼けが大きく陰る。
こうして並んで歩くと、千晶の長身が否応なしに際だった。
色素の薄い癖毛が夕焼けに金色に透けて、きらきらと綺麗だ。
「千晶のほうこそお疲れ。学校帰りに付き合わせちゃったけど、疲れてない?」
「ぜーんぜん。デートに誘ったのは俺のほうだもんね」
そういえばそうだった。デートと称するには色気もへったくれもないプランだったが、甥の軽い足取りに暁は小さく肩を竦めた。
「ご機嫌は直りましたか、千晶さん」
「……そう宥めるみたいに言われると、なんかちょっと複雑だけど」
困らせている自覚はあるらしい。
千晶はそろりと視線を逸らしたあと、気恥ずかしくなったのか唇を軽く尖らせた。こういう表情はやはり年相応の高校生だ。
「だってさ、仕方ないってわかってるけど、なーんかさ」
「うん?」
「アキちゃんと烏丸、二人きりの時間が多いでしょ。俺よりもずっと」
「……うん?」
帰ってきた答えは、予想の斜め上のものだった。
「学校もあるし烏丸はニートだし。仕方ないことだってわかってるんだけど」
「……」
「でもなんか、やっぱり面白くない。だからちょっと、態度に出ちゃったかも」
ごめんなさい。
続けられた妙に素直な物言いは、まるで叱られた子どものようだった。
この甥は、幼い頃に母と死別した。
自分に何故ここまで懐いてくれているのかは定かではないが、もしかしたら母からの愛情に近いものを、少なからず求めているのかもしれない。
「……え?」
「よしよし、千晶」
家族間コミュニケーション力が著しく欠如していることは自覚している。
それでも、それを理由に甥との関係構築を放棄するつもりはなかった。
自分が幼かった頃のことを必死に遡り、たどり着いた答えがこれだった。
保江姉さんのお日さまのような手の温もりを思い出して。
「あの……アキちゃん?」
「いい子いい子。もうしょんぼりしなくていいから。大丈夫、大丈夫」
千晶の背は高い。
わかってはいたが、いざその頭に手を伸ばしてみるとその差は歴然だった。
全力でつま先立ちをしても、手のひらの全面をその頭に触れさせるのは至難の業だ。ぷるぷると小刻みに震え、つんのめりそうになる。
「……なんか、これはこれで複雑」
「あ、嫌だった?」
「嫌じゃない。嬉しい」
言いながら自分の頭を差し出すように俯く甥に、ふっと笑みが漏れる。まるで犬のようだ、と密かに思った。
「ちなみにさ」
「うん?」
「烏丸にも、こうやって頭なでなでしたこと、あるの?」
「いやいや、あるわけないでしょ」
自尊心の権化であるあの烏丸だ。
あれにこんなことしたものなら、また暗黒世界に引きずり込まれること請け合いだ。自分も命は惜しい。
「へへ、そっか」
即座に否定すると、千晶はどこか満足そうに笑みを浮かべた。
頬に浮かんだ桃色はとても愛らしく、やけに加護欲をくすぐるものだった。
「あれ。七々扇くん?」
夕暮れ時に馴染むようなアルト声が、暁の耳を優しく撫でる。
振り返ると、正面の緩い上り坂からこちらをまっすぐ見つめる人物が立っていた。
間黒南高校の制服だ。逆光だがスカートの裾に特有の白いラインが入っている。
暁は反射的に伸ばしていた手を引いたが、千晶は特に驚いた様子もなく答えた。
「槙野じゃん。家こっちだったんだ」
「まあね。そちらはお家の人?」
「うん、そう。アキちゃん、俺のクラスメートで学級委員の槙野ね」
「はじめまして。いつも千晶がお世話になってます」
「はじめましてお姉さん、槙野夏帆です」
姉ではないが、まあいいだろう。
口元で静かに笑う夏帆は、近づけば近づくほど美しさが浮かび上がっていた。
千晶ほどではないが女子にしては身長が高く、手足もモデルのようにすらりと長い。
小顔にさらりと似合ったショートカットの髪の毛も、風になびいてサラサラのキラキラだ。
正直、制服がなければ美少年と間違えそうな、中性的なビジュアルだ。
同じショートヘアでも、ちんちくりんの自分とは偉い違いである。
「うっわー……槙野、その紙袋って、今日受け取った誕生日プレゼントの山? やばいねー。人気者は辛いねー」
「えっ、もしかして、その紙袋ふたつとも!?」
「はい。実は」
思わず口を挟んだ暁に、夏帆は嫌な顔ひとつせずに頷いた。
肩に掛けた学生カバンとは別に、A4サイズほどの紙袋ふたつが彼女の両手を塞いでいる。
袋の中の包みには透明のものも多くあり、手作りらしいクッキーや、大人びた印象のネックレス、白百合の花がモチーフのバレッタなどが所狭しと佇んでいる。
暁がこの一生でもらったプレゼントの数よりも多いのではないだろうか。非常に切ない推測が思わず頭を過った。
「すごいねえ。こんなにたくさんの人から慕われているなんて素敵だね。そのショートヘアも、とっても似合ってるよ」
本心から出た褒め言葉だった。
しかし夏帆はその言葉に一瞬表情を消した。その反応が予想外で暁は小さく目を見張る。あれ。私、何か悪いこと言っただろうか。
「ありがとうございます。いいね千晶、いいお姉さんがいて」
「まあね。それじゃ」
「うん。お姉さんも失礼します」
「あ、うん。気をつけてね」
ぺこりと丁寧に頭を下げ、夏帆は家路の坂を上っていく。
さっきの反応は気のせいだったのだろうか。
ともあれ真意を確認する方法はなく、暁は喉元に引っかかった小骨をひとまずごくりと飲み干した。
こうして並んで歩くと、千晶の長身が否応なしに際だった。
色素の薄い癖毛が夕焼けに金色に透けて、きらきらと綺麗だ。
「千晶のほうこそお疲れ。学校帰りに付き合わせちゃったけど、疲れてない?」
「ぜーんぜん。デートに誘ったのは俺のほうだもんね」
そういえばそうだった。デートと称するには色気もへったくれもないプランだったが、甥の軽い足取りに暁は小さく肩を竦めた。
「ご機嫌は直りましたか、千晶さん」
「……そう宥めるみたいに言われると、なんかちょっと複雑だけど」
困らせている自覚はあるらしい。
千晶はそろりと視線を逸らしたあと、気恥ずかしくなったのか唇を軽く尖らせた。こういう表情はやはり年相応の高校生だ。
「だってさ、仕方ないってわかってるけど、なーんかさ」
「うん?」
「アキちゃんと烏丸、二人きりの時間が多いでしょ。俺よりもずっと」
「……うん?」
帰ってきた答えは、予想の斜め上のものだった。
「学校もあるし烏丸はニートだし。仕方ないことだってわかってるんだけど」
「……」
「でもなんか、やっぱり面白くない。だからちょっと、態度に出ちゃったかも」
ごめんなさい。
続けられた妙に素直な物言いは、まるで叱られた子どものようだった。
この甥は、幼い頃に母と死別した。
自分に何故ここまで懐いてくれているのかは定かではないが、もしかしたら母からの愛情に近いものを、少なからず求めているのかもしれない。
「……え?」
「よしよし、千晶」
家族間コミュニケーション力が著しく欠如していることは自覚している。
それでも、それを理由に甥との関係構築を放棄するつもりはなかった。
自分が幼かった頃のことを必死に遡り、たどり着いた答えがこれだった。
保江姉さんのお日さまのような手の温もりを思い出して。
「あの……アキちゃん?」
「いい子いい子。もうしょんぼりしなくていいから。大丈夫、大丈夫」
千晶の背は高い。
わかってはいたが、いざその頭に手を伸ばしてみるとその差は歴然だった。
全力でつま先立ちをしても、手のひらの全面をその頭に触れさせるのは至難の業だ。ぷるぷると小刻みに震え、つんのめりそうになる。
「……なんか、これはこれで複雑」
「あ、嫌だった?」
「嫌じゃない。嬉しい」
言いながら自分の頭を差し出すように俯く甥に、ふっと笑みが漏れる。まるで犬のようだ、と密かに思った。
「ちなみにさ」
「うん?」
「烏丸にも、こうやって頭なでなでしたこと、あるの?」
「いやいや、あるわけないでしょ」
自尊心の権化であるあの烏丸だ。
あれにこんなことしたものなら、また暗黒世界に引きずり込まれること請け合いだ。自分も命は惜しい。
「へへ、そっか」
即座に否定すると、千晶はどこか満足そうに笑みを浮かべた。
頬に浮かんだ桃色はとても愛らしく、やけに加護欲をくすぐるものだった。
「あれ。七々扇くん?」
夕暮れ時に馴染むようなアルト声が、暁の耳を優しく撫でる。
振り返ると、正面の緩い上り坂からこちらをまっすぐ見つめる人物が立っていた。
間黒南高校の制服だ。逆光だがスカートの裾に特有の白いラインが入っている。
暁は反射的に伸ばしていた手を引いたが、千晶は特に驚いた様子もなく答えた。
「槙野じゃん。家こっちだったんだ」
「まあね。そちらはお家の人?」
「うん、そう。アキちゃん、俺のクラスメートで学級委員の槙野ね」
「はじめまして。いつも千晶がお世話になってます」
「はじめましてお姉さん、槙野夏帆です」
姉ではないが、まあいいだろう。
口元で静かに笑う夏帆は、近づけば近づくほど美しさが浮かび上がっていた。
千晶ほどではないが女子にしては身長が高く、手足もモデルのようにすらりと長い。
小顔にさらりと似合ったショートカットの髪の毛も、風になびいてサラサラのキラキラだ。
正直、制服がなければ美少年と間違えそうな、中性的なビジュアルだ。
同じショートヘアでも、ちんちくりんの自分とは偉い違いである。
「うっわー……槙野、その紙袋って、今日受け取った誕生日プレゼントの山? やばいねー。人気者は辛いねー」
「えっ、もしかして、その紙袋ふたつとも!?」
「はい。実は」
思わず口を挟んだ暁に、夏帆は嫌な顔ひとつせずに頷いた。
肩に掛けた学生カバンとは別に、A4サイズほどの紙袋ふたつが彼女の両手を塞いでいる。
袋の中の包みには透明のものも多くあり、手作りらしいクッキーや、大人びた印象のネックレス、白百合の花がモチーフのバレッタなどが所狭しと佇んでいる。
暁がこの一生でもらったプレゼントの数よりも多いのではないだろうか。非常に切ない推測が思わず頭を過った。
「すごいねえ。こんなにたくさんの人から慕われているなんて素敵だね。そのショートヘアも、とっても似合ってるよ」
本心から出た褒め言葉だった。
しかし夏帆はその言葉に一瞬表情を消した。その反応が予想外で暁は小さく目を見張る。あれ。私、何か悪いこと言っただろうか。
「ありがとうございます。いいね千晶、いいお姉さんがいて」
「まあね。それじゃ」
「うん。お姉さんも失礼します」
「あ、うん。気をつけてね」
ぺこりと丁寧に頭を下げ、夏帆は家路の坂を上っていく。
さっきの反応は気のせいだったのだろうか。
ともあれ真意を確認する方法はなく、暁は喉元に引っかかった小骨をひとまずごくりと飲み干した。
10
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる