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第三幕 迷い子は住み処を替える
(6)
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なるべく警戒させないよう努めたつもりだったが、少女はやはり肩をびくつかせた。
橋の上から川を見下ろしていた少女。
身丈と背負っているランドセルから察するに、小学校低学年といったところだろうか。少し気が強そうに目尻が上がり、口元はきゅっと締まったまま。
後頭部で綺麗に結われたポニーテールが、印象的な少女だった。
「川を見てるの? 綺麗な川だよね」
「……」
「この近くに住んでるの? 学校はもう終わり?」
「……」
警戒心最高レベルは、なかなか解除されそうにない。
少女からしてみたら、暁は突然現れた不審者以外の何者でもないのだろう。さて、どうしたものか。
「アキちゃーん。もうこんなところにいた……って、あれ。誰、その可愛い子」
「千晶」
「っ、え……」
お。初めて少女の声を聞けた。
軽い小芝居を打ちながら登場した千晶に、少女の頬がすぐに染まった。
相変わらず、異性相手だと年齢問わず百戦錬磨だ。これだからイケメンは。
「川を見てたの? この川好きなんだね」
「……うん、でも」
「でも?」
「……川の流れが、思ったより早いの」
そう呟いた少女は、橋の手すりをきゅっと握りしめる。
暁と千晶はそっと視線を交わした。やはり、ただの暇つぶしに連日川の観察をしていたわけではないらしい。
「もしかして君、少し前にこの川に落ちちゃった子?」
「お兄ちゃん、見てたの?」
「ううん。ちょっと人づてに聞いたんだ。大変だったね。怪我はしなかった?」
「大丈夫だよ。ちょっと膝をすりむいただけ。お母さんにはすっごくすっごく怒られたけれど」
「そりゃ、こんな可愛い子が川に落ちたら、心配しないほうがおかしいよね」
「……わたし、可愛いかなあ?」
「ん。少なくとも俺は、そう思うね」
あ、少しだけ笑った。
みるみるうちにほぐれていく少女の表情を口調に、黒子役に徹していた暁もそっと姿を見せてみた。慎重に、慎重に。
「どうしてこの川を見ているの? もしかして、何かを探しているのかな?」
「……」
まずい。また黙らせてしまったか。
「……ここに投げ捨てちゃったものって、きっともうとっくに流されちゃったよね」
「投げちゃったもの?」
よかった。返ってきた。
安堵する気持ちと並行して、少女の言葉に首を傾げる。
「もしかして、あなたはそれを探してるのかな?」
「うん。でも、もう見つからないかもしれない。川の中を探そうとしたけれど、結局騒ぎになっただけで何も見つからなかったし」
先日の騒ぎとやらは事故ではなく、この子が自発的に川に入ったということか。
随分と無茶をする。この無鉄砲さも子どもがゆえだろうか。
「大切なものだったんだね。一体何を捨てちゃったの?」
「……ペンダント」
「ペンダント?」
「でも、あれを持ってると、お母さんが悲しい顔をするの。だから……っ」
じわりと瞳を潤ませた少女は、暁が反応するより早く自ら涙を拭った。
そのままきびすを返した少女を、暁たちは呆然と見送る。
「あんな小さい子なのに、もう大人に気を遣ってるんだ」
「子どもはいつだって、大人に気を遣ってるもんだよ」
諭すように千晶に告げながら、何を知った口を、と自身に苦笑する。
子どもの頃散々大人に迷惑をかけてきた自分に比べ、先ほどの少女のほうが余程理性的で大人びていた。
「先ほどの少女です。間違いございません」
帰りの車内。
川べりの草陰から今のやりとりを見ていた琉々が、神妙な顔つきで頷いた。
「ですが、彼女とわたくしにどのような繋がりがあるのかはわかりかねます。まさか彼女の家に沼地があるわけでもございませんでしょうし……」
「どうだった、烏丸?」
「なかったな。この近くの住宅街にある、ごく一般的なマンションに入っていった」
千晶の問いかけに、後部座席の烏丸が当然のように答える。
どうやら知らぬ間に、少女の後を空から追っていたらしい。空を飛べるというのは、やはり相当便利だ。
助手席から窓の向こうに流れる川を見つめていた千晶が、唐突に手を打った。
「思ったんだけどさ。河童の大将が言ってた、この小河童を見つけたときに聞いたっていう音? あれってもしかして、ペンダントが投げ込まれた音だったんじゃない?」
「あ」
確かに、その可能性は大いにある。
石ころ、空き缶、煙草──善悪は置いておくとして、川の中に放り投げられるものの種類なんてたかがしれている。
ここに長年定住している河童たちならば、音だけで聞き分けられるものばかりだろう。
しかしペンダントが投げ込まれた音は、さすがの河童たちにも聞き慣れないかもしれない。
「それじゃ何か。こいつは、ペンダントとともに川に放り込まれたっていうのか? あんな小柄なガキに?」
「うーん。それもおかしな話か」
烏丸の退屈そうな指摘に、暁はゆっくり頷く。
少女の口からは、もちろん「河童」という言葉は出なかった。
隠していたという可能性もあるが、それならそもそもこの川に何かを投げ入れた事実自体、口にしない気がする。
「でも河太郎さんたちって、想像していた以上に人の良さそうな河童だったね。琉々くんのこともやっぱり心配していたみたいだし」
「はい。発見して頂いたのがあの御方たちで、本当にわたくしは運が良かったと思います。特に河太郎どのは、年の離れた兄上のように接してくださって」
「あ、それじゃ、私と保江姉さんと同じだ」
「七々扇さまにも、姉上さまが?」
「うん。大好きなお姉ちゃん。琉々くんたちと同じで、血が繋がってるわけじゃないんだけどね」
そのとき届いた息をのむ音は、一体誰のものだっただろう。
車内の空気がすっと固まったのがわかり、暁は目を見張った。
「千晶?」
「……そう、だったの?」
橋の上から川を見下ろしていた少女。
身丈と背負っているランドセルから察するに、小学校低学年といったところだろうか。少し気が強そうに目尻が上がり、口元はきゅっと締まったまま。
後頭部で綺麗に結われたポニーテールが、印象的な少女だった。
「川を見てるの? 綺麗な川だよね」
「……」
「この近くに住んでるの? 学校はもう終わり?」
「……」
警戒心最高レベルは、なかなか解除されそうにない。
少女からしてみたら、暁は突然現れた不審者以外の何者でもないのだろう。さて、どうしたものか。
「アキちゃーん。もうこんなところにいた……って、あれ。誰、その可愛い子」
「千晶」
「っ、え……」
お。初めて少女の声を聞けた。
軽い小芝居を打ちながら登場した千晶に、少女の頬がすぐに染まった。
相変わらず、異性相手だと年齢問わず百戦錬磨だ。これだからイケメンは。
「川を見てたの? この川好きなんだね」
「……うん、でも」
「でも?」
「……川の流れが、思ったより早いの」
そう呟いた少女は、橋の手すりをきゅっと握りしめる。
暁と千晶はそっと視線を交わした。やはり、ただの暇つぶしに連日川の観察をしていたわけではないらしい。
「もしかして君、少し前にこの川に落ちちゃった子?」
「お兄ちゃん、見てたの?」
「ううん。ちょっと人づてに聞いたんだ。大変だったね。怪我はしなかった?」
「大丈夫だよ。ちょっと膝をすりむいただけ。お母さんにはすっごくすっごく怒られたけれど」
「そりゃ、こんな可愛い子が川に落ちたら、心配しないほうがおかしいよね」
「……わたし、可愛いかなあ?」
「ん。少なくとも俺は、そう思うね」
あ、少しだけ笑った。
みるみるうちにほぐれていく少女の表情を口調に、黒子役に徹していた暁もそっと姿を見せてみた。慎重に、慎重に。
「どうしてこの川を見ているの? もしかして、何かを探しているのかな?」
「……」
まずい。また黙らせてしまったか。
「……ここに投げ捨てちゃったものって、きっともうとっくに流されちゃったよね」
「投げちゃったもの?」
よかった。返ってきた。
安堵する気持ちと並行して、少女の言葉に首を傾げる。
「もしかして、あなたはそれを探してるのかな?」
「うん。でも、もう見つからないかもしれない。川の中を探そうとしたけれど、結局騒ぎになっただけで何も見つからなかったし」
先日の騒ぎとやらは事故ではなく、この子が自発的に川に入ったということか。
随分と無茶をする。この無鉄砲さも子どもがゆえだろうか。
「大切なものだったんだね。一体何を捨てちゃったの?」
「……ペンダント」
「ペンダント?」
「でも、あれを持ってると、お母さんが悲しい顔をするの。だから……っ」
じわりと瞳を潤ませた少女は、暁が反応するより早く自ら涙を拭った。
そのままきびすを返した少女を、暁たちは呆然と見送る。
「あんな小さい子なのに、もう大人に気を遣ってるんだ」
「子どもはいつだって、大人に気を遣ってるもんだよ」
諭すように千晶に告げながら、何を知った口を、と自身に苦笑する。
子どもの頃散々大人に迷惑をかけてきた自分に比べ、先ほどの少女のほうが余程理性的で大人びていた。
「先ほどの少女です。間違いございません」
帰りの車内。
川べりの草陰から今のやりとりを見ていた琉々が、神妙な顔つきで頷いた。
「ですが、彼女とわたくしにどのような繋がりがあるのかはわかりかねます。まさか彼女の家に沼地があるわけでもございませんでしょうし……」
「どうだった、烏丸?」
「なかったな。この近くの住宅街にある、ごく一般的なマンションに入っていった」
千晶の問いかけに、後部座席の烏丸が当然のように答える。
どうやら知らぬ間に、少女の後を空から追っていたらしい。空を飛べるというのは、やはり相当便利だ。
助手席から窓の向こうに流れる川を見つめていた千晶が、唐突に手を打った。
「思ったんだけどさ。河童の大将が言ってた、この小河童を見つけたときに聞いたっていう音? あれってもしかして、ペンダントが投げ込まれた音だったんじゃない?」
「あ」
確かに、その可能性は大いにある。
石ころ、空き缶、煙草──善悪は置いておくとして、川の中に放り投げられるものの種類なんてたかがしれている。
ここに長年定住している河童たちならば、音だけで聞き分けられるものばかりだろう。
しかしペンダントが投げ込まれた音は、さすがの河童たちにも聞き慣れないかもしれない。
「それじゃ何か。こいつは、ペンダントとともに川に放り込まれたっていうのか? あんな小柄なガキに?」
「うーん。それもおかしな話か」
烏丸の退屈そうな指摘に、暁はゆっくり頷く。
少女の口からは、もちろん「河童」という言葉は出なかった。
隠していたという可能性もあるが、それならそもそもこの川に何かを投げ入れた事実自体、口にしない気がする。
「でも河太郎さんたちって、想像していた以上に人の良さそうな河童だったね。琉々くんのこともやっぱり心配していたみたいだし」
「はい。発見して頂いたのがあの御方たちで、本当にわたくしは運が良かったと思います。特に河太郎どのは、年の離れた兄上のように接してくださって」
「あ、それじゃ、私と保江姉さんと同じだ」
「七々扇さまにも、姉上さまが?」
「うん。大好きなお姉ちゃん。琉々くんたちと同じで、血が繋がってるわけじゃないんだけどね」
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「……そう、だったの?」
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