無情の魔女は、恋をする

くろぬか

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1章

第8話 二人目

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 国周辺の森の中。
 暗闇に紛れながら、長剣にこびり付いた魔獣の血を振り払った。

 「確かに、多いわね」

 王様の手紙には、“怪鳥”とだけ書いてあったが。
 まさか明らかに他所から流れて来た魔獣だとは思わなかった。
 やけに派手な柄に、妙に大きな嘴。
 そして何より、巨大。
 集団で飛んでいた癖に、一羽が私の半身より大きい。
 この辺りでは見た事も無い魔獣の為、名前すら分からないのだが。
 一羽くらいは持ち帰って、新種か“流れ”だと証明した方が良いかもしれない。

 「とにかく、今日はここまでかしら……」

 ポツリと呟いてから、周囲を見渡してみるが。
 月明りだけでは、ろくに周りが見えない。
 気配くらいは感じる事は出来るが、これで全力の戦闘を行えと言われても流石に無理だ。
 どうせ相手だって鳥目なのだし、この暗闇で急に襲ってくる事は無いだろう。
 他の魔獣ならあり得ない事は無いが、まぁ気にしていても仕方がない。
 もしも襲ってくる様ならその都度対処すれば良いだけだ。
 とかなんとか自分に言い聞かせながら、その場で焚火を準備し始める。
 幸い乾いた枝木は多い様で、火をつけるのに苦労する事は無さそうだ。
 いつもなら、いっそのこと焚火すら無くても気にしないのだが。
 今回はそうもいかない。
 トレックが用意してくれたご飯が有るのだから。
 生憎昼間は食事を摂る暇さえ無かったのだ、お腹が空いて仕方ない。
 普段通りの保存食なら、ここまで食事を楽しみにする事など無かったのだが、ここ最近は駄目だ。
 たまにしか食べられなかった筈の美味しいご飯が、毎食食べられる様になってしまい感覚がおかしくなっている。
 今から乾パンと干し肉生活に戻るとしたら、相当な苦悩を背負う事になるだろう。
 そんな事を考えながら火を起こし、腰に付けたマジックバッグに手を突っ込んだ。
 このバッグも私が目覚めた時から持っていた物だが、今朝トレックに見せたら随分と驚かれてしまった。
 何でも、結構良い物なんだとか。
 ずっと使っているので、コレが物凄い価値の有る物だと言われてもあまりピンとこない……なんて、思っていたが。

 「おぉ、これは凄い」

 取り出したお弁当は、間違いなく今日の朝作って貰った物。
 だというのに、まだ暖かいのだ。
 常温で生暖かいとかそういうのではなく、朝渡された時と変わらない温度。
 今この瞬間、私の待っていたバッグの凄さを感じ取ってしまった。
 もしかしてと思い立ち、作ってもらったスープの鍋も取り出して蓋を取ってみれば。

 「おぉぉぉ……」

 真っ白い湯気が立ち上り、フワッと柔らかい香りが周囲に広がった。
 コーンとミルクを使ってコトコトと煮込んでいたスープ。
 こんな物まで、というか鍋ごと保管出来る上に作り立てのまま持ち運びできるマジックバッグ。
 凄い、これは確かに価値のある物だ。
 今までたくさん入るから便利、くらいで考えていた私物に改めて感謝しながら。

 「では」

 声を上げてからカップに注いだスープを一口。
 思わずホッとするような柔らかく濃厚な味が口の中に広がり、喉の奥に流し込めばお腹の中から温まっていくかの様。
 カップから口を放し、ほうっと息を吐き出せばスープの甘い香りが鼻に抜ける。
 コレ、凄く美味しい。
 それに身体が温まるのも良い、今度また作ってもらおう。
 寒くなって来る季節には毎日でも飲みたいと思う程だ。
 さて、お次は。
 一旦カップを置き、最初に取り出したお弁当箱の蓋を開ける。
 すると。

 「あれ? 主食がない」

 お弁当箱の中には、様々なおかずが敷き詰められていた。
 思わず涎が垂れてきそうな程、見ただけで美味しいと分かる物がたくさん入っている訳だが……ライスやパンと言ったモノが入っていない。
 はて、と首を傾げてから。

 「あぁ、そういえば」

 お腹が空いた時にもつまんでくださいと言って、もう一つバスケットを預かっていたのを思い出した。
 てっきりオヤツか軽食でも入っているモノかと思っていたが、そちらもバッグから取り出して口を開けてみれば。
 見 つ け た。
 バスケットの中には、数々の種類のサンドイッチの姿が。
 なるほど、主食兼軽食兼オヤツだったのか。
 もしも昼間に手が空いていたら、これだけ先に食べてしまっていたかもしれない。
 そうならなくて本当に良かった。
 なんて事を思えば、昼間の忙しさも少しは許せるというものだ。
 という訳で、まずはサンドイッチをパクリ。

 「んふふ」

 思わず声が漏れてしまう程、爽やかな味が口の中に広がった。
 シャキシャキのレタスに、酸味が嬉しい厚切りトマトなどなど。
 サラダサンドとでも言えば良いのか、その他に新鮮な野菜が挟まれている。
 お肉や卵などのサンドイッチもあるが、思わずこちらに手を伸ばしてしまった。
 なんでもこの国は、結構商業が盛んな様で。
 各地から色々な食材が入って来るらしい、私はあまり買い物が出来ないので意識した事は無かったが。
 鮮度などでも商人同士が争い、より良い物が市場に並ぶんだとトレックから教えてもらった。
 私は買えないけど。

 「ちょうどさっぱりするものを手に取った訳だし、こっちも食べてあげないと」

 一人だというのにわざわざ口に出してしまう程、気分が良かった。
 手を伸ばしたのはお弁当箱。
 その中には、これでもかという程に詰められた……お肉。
 揚げ物に、焼きベーコン。
 肉団子に小さな串焼きなどなど。
 そして何と言っても、骨付きのソーセージがドカンと入っているのが凄い。
 豪華だ、とても豪華だ。
 迷わず骨付きソーセージに手を伸ばし、大きく口を開いてバクり。
 パリッと弾ける食感の皮と、零れてしまいそうな程溢れて来る肉汁。
 ハーブなどで味を整えているらしく、コッテリとしながらも爽やかな味が口の中に広がった。
 身悶えしてしまう程の味わいをしっかりと噛みしめてから、先ほどのサラダサンドをもう一口。
 合う、非常に合う。
 特大お肉と新鮮野菜、そしてパン。合わない訳がない。
 もう我慢ならないとばかりにソーセージに齧り付き、交代でサンドイッチもパクついていく。
 これはちょっと止まらない。
 交互に食べ進んで行けば、すぐさま一本目のソーセージとサンドイッチが無くなってしまった。
 さぁ、次は何を食べようか。
 やはりお肉と合わせるならサッパリしたサンドイッチの方が美味しそうだが、卵サンドと合わせても非常に濃厚になりそうだ。
 いや、ここは一旦スープで気持を落ち着けてから……。
 なんて、食事を楽しんでいたのに。

 「あぁっ! ちょっと!?」

 急に突風が吹き荒れ、大事なご飯達がひっくり返りそうになってしまった。
 というか風のせいで、バスケットなんか軽く浮いてしまった程。
 全神経を集中させ限界に近い速度で動き回り、どうにか全て無事にバッグへ押し込む事に成功したが。
 ふぅと安堵の息を溢したのもつかの間、空を見上げれば大きな鳥がバッサバッサと羽ばたきながら此方に向かって降りて来ていた。
 昼間散々狩った怪鳥……のボスだろうか?
 今までの相手より巨大、私の身長の二倍以上ありそうだ。
 これが依頼にあった“上位種”、だとは思うのだが。

 「食事中に無粋な真似をしてくれるわね、デカいだけの鳥風情が」

 もはや依頼とか関係なく、食事を邪魔された事が頭に来ていた。
 しかも急にあんな突風まで起こして、ご飯に多少なり土埃も入ってしまった事だろう。
 後で全部食べるけど、それでもショックが大きい。
 こちらの気持ちなど知った事では無いとばかりに、怪鳥は地面に降り立ち「クエェェ!」と荒ぶる鶏の様な声を上げて威嚇してくる。
 煩いし、色とりどりの毛色がちょっと気持ち悪い。
 そして何より、鳥の癖に夜に襲って来るな。
 もう一つ文句をつけるなら、食事時を狙うな。
 今の私は非常に機嫌が悪いぞ。
 なので、殺す。

 「今回は見逃してあげるなんて言わない。その首、絶対に置いて行ってもらうわ。覚悟しなさい」

 未だクエクエと煩く鳴きながら、急に飛び掛かって来る鶏モドキ。
 いや、こんな気持ち悪い物と美味しい鶏を比べてしまうのは失礼に価するか。

 「所詮は獣ね。殺気を放たない限り、相手の大きさでしか強弱を図れない」

 バッサバッサと羽ばたきながら飛び掛かって来た鳥モドキは、鋭い爪を此方に向けて襲って来るが。
 その足を正面から掴み取ってやった。
 結構力がある、普通の人間だったらこの一撃で潰されているかもしれない。
 だが生憎と、私は魔女だ。
 化け物に襲い掛かってしまった事を、後悔するといい。

 「苦しみながら死になさい、私のご飯を台無しにした罰よ」

 掴み取った足を振り回し、地面に叩きつけてから長剣を抜き放つ。
 私からしたら大きすぎる黒い剣。
 ソイツを相手の胸に突き刺し、穿る様に剣をグリグリと動かして傷を拡げた。
 当然そんな事をすれば怪鳥も暴れるが、無視して傷口に腕を突っ込んでから。

 「さよなら」

 右手に伝わって来た柔らかい物体を、思い切り握りつぶした。
 ブチュッと嫌な感触を掌に残しながらも、“ソレ”を引っこ抜いてみれば。
 ビクンビクンと痙攣した後、数秒後には動かなくなる怪鳥。
 これで依頼は達成、のはず。
 結構曖昧な内容だったから、明日一日くらいは森を練り歩いてもう少し数を減らした方が良いのかもしれないが。
 とはいえ……。

 「感情に任せてこんな事せず、普通に首を刎ねれば良かった……これじゃ食事の続きが出来ないじゃない」

 全身返り血で真っ赤に染まってしまった事により、とりあえず水浴びが最優先になってしまったのであった。

 ――――

 「へぇ……アレがこの国に居る魔女、ねぇ」

 森の闇に身を隠しながら、ここらを縄張りにしているらしい魔女を観察する。
 魔女と言えば、人を捨てた化け物。
 それは彼女も例外ではないらしく、随分と巨大な魔獣を長剣一本と素手で片付けていた。
 えらく乱暴な戦い方をするようだが、アレが彼女の戦闘方法なのだろうか?
 もしくは普段から周囲を警戒して奥の手を隠している、とか?
 まぁどちらにせよ、流石に長剣を振り回すだけの魔女など居る筈がない。
 何かしら魔術に精通している筈だ、それが“私達”の様な存在なのだから。
 剣を媒体とした魔術を使うのか、それともアレはただの飾りか。
 人の皮を被った化け物だというのに、追い出されもせず平然と街で暮している様な魔女だ。
 相手を欺くのが得意なのかもしれない。
 だとすれば、もう少し観察が必要だろう。

 「魔女は群れない、なんて誰が言い始めたのかしらね? 元はただの人間なのだから、仲良くなってもおかしくないのに。縄張りなんて言ったりもするけど、この地に二人目の魔女が現れたら……フフッ、貴女は一体どんな反応を示すのかしら」

 あぁ、実に楽しみだ。
 私たちの様な化け物は、人々からつま弾きにされる。
 迫害され、軽蔑され、国を追われ、最後には一人になる。
 でも、それっておかしくないだろうか?
 私たちよりずっと貧弱な者達に、何故従わなければいけない?
 なぜ強者が弱者に怯え、ひっそりと暮らさなければいけない?
 そう考えてから、私はもう止まらなくなった。
 相手が牙を剥くのなら、こちらはもっと大きな牙で噛み砕いてやれば良い。
 それが例え、国一つ相手にすることになっても。

 「仲良くしましょう? 同じ存在同士。貴女の名前は、二つ名は。一体何というのかしら?」

 クスクスと笑い声の残しながら、私はもうしばらく彼女の様子を伺う為に闇に塗れる。
 もしも彼女が私の手を取らず、戦う事になった場合。
 お互いに喰い殺し合う事になるのだから。
 だから、もう少し貴女の事を知ってから挨拶に行くわね?
 真っ赤に染まった、銀髪のお嬢さん。
 そんな事を考えながら、スッと気配を殺して森の中に溶け込むのであった。
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