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1章

9 呪具

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 「……」

 めくった瞬間、カードに書かれている内容に彼女は反応出来ないでいた。
 目を見開き、何度も内容を確認して、更には交互にこちらに視線を向けている。
 どうやら”当たり”を引いたらしい。
 なんて、白々しく思ったりもする訳だが。
 これは“儀式”だ。
 特別名前がある訳でも、手順があったりする訳でもない。
 あえて言葉にするなら、“独り遊び”。
 鏡を目の前において、自分自身と勝負をする様なモノ。
 当然全て同じ手になり、同じタイミングで引き分けとなる。
 “その筈”なのだ。
 だがある環境、またはタイミングだったり状況だったりもする訳だが。
 勝負が決する事がある。
 時には相手がカードを見せるのが遅れたり、はたまた手札が違ったりと。
 そんな現象が、ごく稀に発生する。
 それがこの儀式、“独り遊び”。

 「あ、あの……コレ。答えてしまっていいのでしょうか?」

 不安そうにカードを裏返す彼女が持っているは『ソレを貴女は、どう思っている?』というモノだった。
 しかも最初に言った通り、“嘘”はルール違反となる。
 だからこそ、彼女は迷っているのだろう。

 「大丈夫ですよ? さぁ、答えて下さい」

 微笑みを返すも、少女はなかなか口を開かない。
 当然の反応だろう。
 だって、その当人がすぐ“近く”で聞いているのだから。
 何度も言うようだが、これは“儀式”だ。
 敢えて“ナニか”が起きる様に、誘発する為の物。
 ルールに従って彼女はランダムにカードを引いている。
 だが、誰がやろうと毎回“こういう順番”で引き当てるのだ。
 普通のカードなら、そんな事はまずありえない。
 もしも彼女がもう一度同じことをやれば、順番も変わってくるだろう。
 しかし本当に“そう言った内容”で困っている人に引かせると、最初だけはこの順番になるのだ。
 いつ? 何が? 誰が? そして、どう思う?
 まるでどこかの言葉をランダムに並べ替える遊びの様だが、全て“聞く”上で重要な項目。
 そしてそれが順番通りに、そうであることが当然の如く、誰しも同じカードを引き当てるのだ。
 コレはそういう“呪具”。
 蔓延った“悪意”を引きずり出す為に“運”さえも操る、そういう道具。
 だからこそ“ここまでは”いつも通り。
 四枚の内容を語り終わった後、最後に残る一枚。
 ソレに書かれている言葉は俺も知らない。
 このカードは五十数枚の束になっている。
 ひたすらシャッフルを繰り返し、そして五枚のカードを選ぶ。
 その結果、四枚はいつでも同じ。
 意図的に細工を加えない限りは、いつだって四つの質問は相手の前に並ぶ事になるのだ。
 そして残りの一枚。
 これは相手にとって一番大事な質問、または指示が書かれている。

 「さぁ、四つ目の質問だ。正直に、嘘なく答えてみて下さい」

 静かにそう言い放てば、彼女は俯いて肩を震わせる。
 流石に怖がらせ過ぎたか? なんて思ったのもつかの間。

 「わ、私は……」

 蚊の鳴く様な音で、少女が語り始めたと思った次の瞬間。
 バッと音が鳴りそうな程の勢いで顔を上げ、彼女は叫んだ。
 いや、もはや“鳴いた”と言っていいのかもしれない。

 「もう嫌っ! おかしな事が起きるせいで私は化け物扱いだし、家でも学校でも変な目で見られる! 全部全部、私のせいじゃないのに! 皆何で私を責めるの!? お父さんやお母さんとも距離が出来ちゃうし、学校では友達なんて当然いないしっ! そもそも何を見て相手の良し悪しを選んでるのよ!? 自分が気に入らなければ、全部駄目なのっ!? 貴女が悪いと思った人と私が関わる事がそんなにいけない事なの!? 少しは私に“自由”を頂戴! 私を“解放”してよ!? “お母さん”!!!」

 今まで、随分と“溜まっていた”のだろう。
 きっかけを貰い、“安全”を貰った彼女はぶちまけた。
 その想いを、胸に抱いたどす黒い感情を。
 まさに“吐き出した”と言って良い程、今までの少女からは想像できない力強さで、彼女は言い放った。
 その声は室内に反響する程で、誰の耳にも響き渡った。
 だからこそ、間違いなく“相手”にも届いた事だろう。
 で、あれば……だ。

 「ではここで、最後のカードを引く前に一つお話を聞かせましょう。なぁに、すぐ終わります」

 そう言って、ニコリと笑みを浮かべた。
 このタイミングだからこそ、必要なのだ。
 “相手”が彼女だけではなく、我々さえも強く意識させる為に。
 “最後の一枚”を引く前に、語る必要がある。
 これは保険であり、生命線だ。
 いざという時に、俺達が絶対に“手を出せる”状態にするための、お膳立てに過ぎない。
 ソレが“語り部”。
 過去を語り、今を語る。
 そしてかの者の人生を記憶する者なり。
 被害者である少女と、加害者である彼女の、その人生を。
 そのどちらも、語り部にとっては語るべき“お話”になりえるのだから。

 「これは、とある少女……いえ、家族を失った少女に起こった悲劇のお話です」

 その言葉を風切りに、嫌に静かな室内で語り部は“語り”始めた。
 過去の出来事を、彼女に似た事例を。
 そうする事でしか“霊”と繋がる手段を持たないからこそ、俺は今日も語るのだ。

 ――――

 彼女は、不幸な事故にあった。
 よくある、そう言ってしまえば確かにそうなのだが。
 交通事故。誰もが経験する可能性があり、そして日常に転がっている分かりやすい恐怖。
 車が壊れた、賠償金の請求が面倒だった。
 それくらいの話なら、どれ程良かっただろうか。

 「この度は、ご愁傷様でした」

 そう挨拶してくる黒い服装をした多くの男女。
 ここは、葬儀場。
 相手が頭を下げ、私の隣に居る両親も決まった動きを繰り返す様にお辞儀を返す。
 何だ、なんだコレは。
 そんな自問自答を何度繰り返した事だろう。

 「まさかこんな早く……」

 「良い子だったのに、どうして……」

 周囲から聞こえてくる言葉は、耳にタコが出来るほどだ。
 本日は、姉の葬儀。
 正確にはお通夜と言った方が正しいのだが、私にはその違いがよく分からない。
 二日間同じような工程を繰り返す事だけは、両親の説明で理解していた。
 でも、それでも。
 頭が付いて来ない。

 「お姉ちゃん、どうして……なんで」

 未だ残る疑問、というか殺意に似た何かが、私の胸には燻っていた事だけは確かだ。
 事故の責任は相手にあり、こちらは被害者。
 だというのに、何故姉なのだろう?
 誰かが死ぬなら、相手の方が死ぬべきだったのに。
 そんな憎悪が、胸の奥からあふれ出していた。
 事の発端は、数日前……私にとっては昨日の夜の様に感じているが。
 その夜、姉はとても上機嫌だった。

 「見て見て! 免許証ー! あと今度届く私の車ぁー!」

 ハイテンションな姉は、何度もその日に発行されたばかりの免許と、発注した車のカタログを私に見せて来た。
 カタログにデカデカと載っている写真を指差し、ソレの色違いなんだと何度も説明する。
 正直、その時は鬱陶しいとしか感じなかったが。

 「はいはい……今日何度も見たって。凄い凄い」

 「むー……妹の反応が淡泊なモノへと変わっていく。あっ、そうだ!」

 何かを思いついたのか、姉は私の部屋を飛び出しリビングへと駆けていった。
 その後何やら騒がしい声が聞こえたかと思えば。

 「ねぇねぇ! ドライブ行かない!?」

 姉は、母親の車のキーを片手にウインクして見せた。
 その後ろで呆れた様に微笑む母親が見える事から、ちゃんと許可を貰って車を借りたという事なのだろう。
 やれやれ、そんな風に思いながらも私は腰を上げてため息を吐いたんだ。

 「事故んないでよ?」

 「ちょ~~気を付ける。下手したら教習中よりゆっくり走るから!」

 「それはそれで危ないかもね」

 そんな軽口を叩きながら、私達はドライブに出かけた。
 姉は本当に慎重な運転だった。
 もしかしたら私が乗っているからというのもあったのかもしれないが、本当にゆっくり……両親が運転するときの三分の一くらいの速度で走行し。

 「えっと、あの看板の意味がアレだから……」

 なんて、いちいち口に出しながら確認する程慎重に、そして“本当の意味”で初めての運転にビクビクしながら車を走らせた。
 だからこそ事故なんて起こる筈もない。
 むしろ遅すぎて、後ろの車からクラクションを鳴らされる事があったくらいだ。
 そんな姉の運転を、私は呆れながらもどこか安心した面持ちで見守っていた。
 コレだけ慎重なら大丈夫だろう、無茶な運転なんてしないだろう。
 まるで保護者目線の様に、何処か微笑ましく見守りながら私達のドライブは続いた。

 「うーーーん」

 「あの、スマホでナビ起動しようか?」

 「いや、ここは車のナビに慣れておく試練だと思って……」

 「さようですか……」

 私達は、見たことも無い山道に迷い込んだ。
 とは言え獣道ってわけじゃないし、ちゃんとした公道ではあったのでナビを使えば十分に帰れる範囲だったと思う。
 だが運転手初心者な姉は焦りに焦った挙句、適当な場所に路上駐車をしてカーナビをいじり始めたのだ。
 どうにかして家に帰ろうとする姉はナビを弄り回すが、デジタルなモノが苦手な姉は随分と苦戦していた。
 しかし時間とは残酷なモノで、周囲は薄っすらと暗くなっていく。

 「お姉ちゃーん。暗くなってまいりましたよぉ」

 「ぬぬぬ、ごめんね? ちゃんと帰るから、うちの住所を入れれば案内してくれるはずだから……」

 そんな下らない会話をしている時だった。
 曲がり角から、随分とけたたましい音を上げながら一台の車が近づいて来た。
 あんなに速度出して……危ないなぁ……。
 助手席から確認できる情報なんて、たかが知れている。
 後ろをしっかり振り返る訳でもなく、ミラーに映るその車を見てそんな感想を持った次の瞬間。
 ドンッ! という重たい音と、窓ガラスが砕ける耳障りな騒音。
 まるでアルミ缶を潰す音を更に重くしたかのような重低音と、聞いた事もない打撃音が車内に響き渡った。
 そして衝撃、思わず目を瞑るが……その前に、まるで柔らかい“ナニか”潰れるような嫌な音が響いた気がする。

 「…………え?」

 次に目を開けた時には、全てが変わっていた。
 そう、全てだ。
 さっきまで、眼の前ではカーナビに四苦八苦していた姉が困った顔を浮かべていて、私は狭い車内で苦笑いを溢していた筈だった。
 だと言うのに、“コレ”はなんだ?
 何かの衝撃音により、耳鳴りが消えない鼓膜。
 運転席にはさっきまで居た筈の姉はおらず、紅い汚れが残った空席が広がっている。
 そして私自身も普通に座っているというより、窓ガラスに頭を擦り付けながら可能な限りドアに張り付いている様な体制になっていた。
 更に言えば、体の上にのしかかる重み。
 一体何が起きた? なんて、視線を向けてみれば。

 「……お姉ちゃん?」

 間違いなく姉だ、姉が私の上にのしかかっている。
 ソレは間違いない、顔も見える。
 でも、見えちゃいけないモノまで見えている気がする。
 なんだろう、私がおかしくなったのかな?
 そんな事を思いながら、“ソレ”に触れてみれば、ニチャッと嫌な音を立てながら、震える指に張り付いて来た。

 「おねえ、ちゃん?」

 揺すっても、叩いても姉は起きなかった。
 それは、今思えば当然だろう。
 いわゆる“違法改造車”ってヤツに取りつけられた、やけに尖がった金属の羽が窓ガラスを突き破り姉の頭を直撃したのだから。
 私に降りかかったのは、生温かくも生臭い。
 姉の脳髄だったのだ。
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