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突然の電話
しおりを挟む『もしもし?夏葉?…夏葉だよね??』
「そ、そうだけど…」
『あのさ、今、ヒマ?』
「えっ」
リサ?
え、待って。やばくない?
リサ、、。
私、リサとどうやって話せばいいんだったっけ?
明日を
春を
待っている
何となくずっとつけっぱなしのままにしていたテレビから、CMが流れ始めた。
「よいしょっ、と」
ベッドに寝そべったまま腕を伸ばしてテレビの電源を落とす。
部屋は真っ暗になって、何も見えなくなった。
ふああ。
わざと口を大きく開けて、無理やりあくびをしてみる。
正直言って、そんなに眠くなかった。
ここ半月くらいは、もうずっとそんな感じ。
体力が恐ろしいほど余っている。
なのに夜は決まってやってくる。
こんな風になってから、自分の体力を使い切って1日を終えることについての大切さを私はいやと言うほど思い知らされた。
元気が有り余ると、だんだん心のほうが元気無くなってくるような気がするのだ。
眠気と闘いながら頑張って授業を受けたり、疲れてるのかそうでないのかわかんないくらいになるまで部活に熱中したり。
そんな風にして1日を駆け抜けて、重力のなすがままベッドにダイブする、、、なんていう高校生らしい1日を最後に味わったのは一体いつのことだっただろう。
…まあ、今だってまだまだれっきとした高校生なんだけど。
だけど、もうすでに、あのキツくてしんどくて、でもいつも全力だった日々がちょっと羨ましくなるのだ。
そんなこと本当に言ったら、あの頃の忙しかった自分に思いっきりビンタされるに違いないけれど。
じわじわと、目が暗闇に慣れてくる。
「つまんないなぁー」
何もない天井をじいっと見つめながら、わざと声に出してみる。
「あー、つまんない」
口にしてみると、本当につまらないような気がしてきて、後でちょっと後悔した。
最近の私の毎日は、
「不完全燃焼」そのもの。
これ以外に当てはまる言葉は無いってくらい、つまらなくってハリがなくって。
なんとなく朝起きて、学校には行ってるんだけどただなんとなーく時間が過ぎていくだけで。
そうやって一日が終わってくだけの、抜け殻みたいな毎日だった。
今日だってそう。
おかげさまで、今夜も全く眠くない。
こういう眠れない日はネットサーフィンでもしながら寝落ちするのを待つしかない。
そう思って暗闇の中を手探りでスマホを探し始めた、その時だった。
けたたましい着信音が部屋中に響いて、スマホの画面から発せられた強い光が天井を青白く照らした。
突然の眩しさに目を細めながら、急いで画面を見る。
発信者は、
「 リ サ 」
そう書いてあった。
「もしもし?」
反射的に電話に出た後にはたと気づく。
リサ?
え、待って。やばくない?
リサ、、
私、リサとどうやって話せばいいんだったっけ?
『もしもーし?夏葉?夏葉だよね??』
「そ、そうだけど…」
『あのさ、今、ヒマ?』
「えっ」
あれ、リサと私ってけっこう気まずい関係だった気がするんだけど…、気のせいだっただろうか。
『ヒマだったらさ、あれよ、ちょっと通話付き合ってくれなーい?』
「い、いいけど…」
ちょっと待ってよ。
どうなってるの、これ。
リサ、めっちゃ普通に接してくるんだけど。
今まで、こんなはずじゃなかったんだけど。
『いや、あのさー、今日私、全然寝れそうになくって』
「う、うん」
『もう寝れないんだったら無理に頑張って寝る必要ないかなーみたいな感じに思ってさ』
「た、確かに…」
いやいや、それより。
何度も言うけど、私たち今までずっと気まずかっ……
『夏葉今日どう?ひょっとして、今、もう寝ようとしてた?』
「いや、全然…」
『よかったー!!じゃちょっと話すの付き合ってよー!!あ、ちょっと待って。部屋のドア閉めてくる。夜に電話してると親うるさいからさ?』
スマホをどこかに置く音がして、リサの気配が無くなる。
………ん!?
…いやいや、まじで何ですか、これ。
今までさんざん話してもなかったのに、急にこんな高っかいテンションで、こんな夜に電話なんかかけてきて。
完全に向こうのペースに巻き込まれちゃって、その場ではツッコミも入れる隙すらない。
……それとも、やっぱり私の勘違いなのだろうか?
…ちょっと、このあとリサが来たらさり気なく聞いてみるか。
『もしもーし、ごめんお待たせ』
「ちょっと待って。、、、あのさ、…なんで?」
『いやあのさ、今スマホ充電中でさ。電話しながら歩けなくて。ドア閉めに行くだけでわざわざ置いていかなきゃ行けないとかイエデンみたいでめっちゃ不便だよねー、ごめん!』
「いやあのそういうことじゃなくて、なんで急に私に電話かけてきたのかな…、ってこと」
さんざん自分のペースで喋り続けていたリサが急に黙った。
あ、やばい。
言い方きつすぎた、な。
私、これ、完全にやらかしたかもしれない。
しまった。
だけど実際疑問だったし…
でも、わざわざ聞くことではなかったな、やっぱり。
そんな風に私は一人、ただひたすら反省しながら、沈黙が破られるのを待っていた。
『…ただ単純に、夏葉ならヒマかなあ、って思ったから。でも実際そうっしょ??』
…いやいや、私の一瞬の心配は一切ご無用だったみたい。
リサの声のトーンは、あいかわらずあっけらかんとしていた。
『てか逆に夏葉くらいしかヒマそうな人浮かばなかったし』
「……まあ、実際ヒマだけど…。」
えっ?いいの??こんな話題、向こうから振って。
ヒマか、ヒマじゃないか、だとか。
この手の話をリサとするのはどうしても、ちょっと、アレだと思ってたんだけど。
だって私たちが気まずくなった理由って……
『そういえばさ、』
『みづきと高橋くん別れたよね、この前』
「えっ?」
…ん、急に話題変わった。
『知らなかった?』
「てゆーか、付き合ってたことすら知らなかったし…」
何の用かと思えば他人の恋バナとか。
『付き合ってたじゃん!!あれだよ?去年からだよ』
「去年!?」
一瞬、気まずいテンションも忘れて思わず話に食いついてしまった。
「去年っていったら…」
『そうだよ。2年ん時。みんな同じクラスだったじゃん。私らも、みづきも、高橋くんもさ。気づかなかった?付き合ってんの』
「え?去年のいつから?」
『付き合いだしたのは冬らしいけど、高橋くんは修学旅行あたりからめっちゃアピってたよ』
「まじで?」
『ほら、自由行動の班決めんときに夏葉と私がたまたま近くにいた高橋くん誘ったら断られたじゃん?あれ、みづきと一緒の班になりたかったからだったんだって』
「……」
『聞いてる?』
「いや全く覚えてなくて」
『夏葉っていっつもそうだよねー、他人に全っ然興味ないんだもん』
「いや、だって普通に自分の班に友達いたら別にあとはどうでも良くない?」
『うーん、まあそーゆーとこも夏葉らしいけど』
ちょっとまた沈黙が流れる。
『…夏葉、最近どうなの』
「最近って?」
『いや、普通に最近』
「うーん」
これは正直に答えていいんだろうか。
「…めっちゃ退屈」
『…あちゃあ。』
…いやいや、言ってから「あちゃあ」したの、私の方なんだけど。
『やっぱ、あれか。夏葉。…ヒマか?』
「めっちゃヒマだよ」
リサ、またヒマかどうかの話題振ってきた。
もうやめようよ。この話は。
わざとなのかわざとじゃないのか全然わかんないけど。
『それはやっぱり、あれ?もうやることない、みたいな?』
「まあ、そういうこと」
『じゃあ彼氏でも作りなよ。残りの高校生ライフ、一気にリア充ライフになるよ?』
リサは話を意外な方向に持って行く。
「今別に好きな人いないし…、あと、さすがにこのタイミングで彼女作りたい人なんていないでしょ」
『いるかもしれないじゃん。そんなの。
だってもう私ら3年だよ?しかももう三学期だよ??もう最後のチャンスじゃん?できるもんなら最後に制服デートとか、したくない??
…本気で探したら他にもいると思うんどけどなぁー、
隠れ指定校組。
……あ、ちょっと待ってね』
ゴトッ、と、また、スマホをどこかに置く音がする。
…ちょっと待ってよ。
ちょっと待って。
隠れ指定校組、って。
…まさか、リサ、今度はそんなにダイレクトにその話題を振ってくるとは。
隠れ指定校組。
要は、指定校推薦によって、早々に行きたい大学に合格してしまった人のこと。
リサの言う通り、本当ならおそらくうちの学校にも何人かは潜んでいるはずだ。
私だってそのうちの1人。
で、なんでその人たちが『隠れ』ちゃってるかっていうと。
指定校推薦の入試は、一般入試よりも時期が早いし、合格発表も早い。
だから、他の同級生たちとはスケジュールも合わないし、テンションすらも、何もかもが合わなくなってしまう。
指定校の試験があるときは他の友達は試験までまだまだだし、合格して受験という重圧から解放されるとともに、周りは追い込みの超本気モードに突入するのだから。
指定校推薦で早めに受かった私は、どの先生からも
「受かったからって間違っても派手に遊ぶな」と、何度も釘を刺された。
まだ受験が終わってない生徒に決してその様子を見せるな、と。
確かに、気持ちはわかんなくもない。
実際、私が逆の立場だったらやっぱり何か嫌な気がするし。
でも私たちは、そもそも指定校推薦で進学が決まったことすらも口止めされていたりするのだ。
反感を買うから、とか何とか言って。
勉強する必要はなくなった。
だけど、遊ばせてもらえない。
大学が決まったことすら言えない。
だから正直、受験が終わっても全然楽しくなかった。
でもそんなことが辛いだなんて、そんないかにも他の受験生の反感を買いそうな悩みを誰が聞いてくれるのだろうか。
よって、指定校で『受かった』子たちは、誰にも気づかれないところで孤立する。
私もまさにその1人。
まだ受験勉強を頑張ってるふりをしながら、遊ぶこともなく、重苦しいだけの空気のなか学校に通い、残りの高校生活を黙って消化している。
つまんないけど、余計な揉め事を防ぐには、それしか無いのだ。
いつしかの卒業生で、指定校推薦がらみのトラブルのせいでクラス中の人間関係が崩壊したとかしなかったとかいう話も聞いたことがある。
実際、私もそっち絡みでちょっといろいろあった身なのだ。
まあ、その相手が要はリサなんだけど。
私は、指定校推薦で地元の看護系の大学に進学することが決まった。
その時、リサも同じ大学の同じ学部を志望して。
私が推薦された代わりに選考から落ちてしまったのだ。
私たちが話さなくなったのは、その辺りからだった。
2年生の時までは同じクラスの一番の友達だったのに、廊下ですれ違っても向こうが前みたいに呼びかけてくることは無くなった。
私も、見えていても気づかないふりをするようになった。
最初は、避けるつもりなんて全然無かったんだ。
ただ、次会ったときにどんな話をすればいいのか分からなかっただけで。
向こうから声をかけてくれたら、全然問題なく応えられたのに。
だけど、お互い気づかないふりをしているうちに、それが「ふり」なんかではなくただの…
『お待たせー』
「ああ」
リサの明るい声で我にかえる。
『親にど叱られたわ。試験に響くからさっさと寝ろって。ドア閉めても聞こえてたかー、ミスったな、これ』
「…そう言えば、試験。いつなの?」
『あー、明日だよ』
…えっ?
『でも日付変わったから、もう今日か』
「や、やばくない?こんな時間まで起きてて」
『いいも何も寝れないんだよ、緊張しすぎて。だから電話付き合ってもらってんじゃん』
「わかるけど…」
そんなに気負わないでよ、なんとかなるよ、って、気軽な言葉で励ましたかったけれど、そんなあまりにも無責任な言葉。
この私が言っていいような言葉じゃないと思って、黙っていた。
また沈黙になる。
『…あんまし同情とかされたくなかったから今まで誰にも言ってこなかったんだけどさ、うち、この試験受からなかったら浪人しなきゃいけないって決まってんだよね』
「えっ…」
『実はさ、私の親、実は開業医やってて。
だから私、看護士にならなきゃいけないって小っちゃい時から決まってんの』
…知らなかった。
リサに、そんな背景があったなんて。
看護士にならなきゃいけない理由があったなんて。
私なんて、そんな決め事なんて全然なくて、ただ単になんとなく、看護師に憧れてて、それで推薦なんてもらっちゃって。
『…こんなこと、ほんとは話したくなかったんだけどさ。
でも、逆に、夏葉だけにはどうしてもわかってて欲しかったんだよね』
「えっ」
…私だけにはわかってて欲しかった?
それって、どういう意味?
ひょっとして、私のせいでリサが指定校推薦されなかったから?
それをやっぱりずっと根に持ってたってこと?
だとしたら、今リサが私に電話してる理由って…。
『夏葉!?夏葉!!!ごめん!ひょっとして今の、恨みがましそうに聞こえた?やっぱ気にしないで!!まじでそんなつもりじゃないから!!!』
「いやいやいやいや、わかってるわかってる。今黙っちゃってたのは別にリサのこと悪いように思ったとか、全然そんなんじゃないし…」
『ほんと?ほんとに?
……ぶっちゃけ、ちょっと思ってたでしょ』
「…うん」
『ほらほら。やっぱりね。…めっちゃ難しいよね、こーゆー話するのって。ごめん、全然そんなんじゃないから、まじで今の話、気にしないで』
「ごめんごめん、私もなんて言っていいかわかんなかっただけから」
…はあ。
私がため息がをつくと同時に、スマホの向こうからもため息らしきものが聞こえてきた。
『ねえ、』
リサが言った。
『高校生ってさ、』
「うん」
『ずっと楽しかったのにさ、』
「うん」
『今までずーっと楽しかったのにさ、』
「…うん」
『どうして最後だけこうなっちゃうんだろう、って思わない?』
「どーゆーこと?」
『みんなの空気とかめっちゃピリピリしてるし、そのせいで人間関係もボロボロだしさ。
あとちょっとしか高校生でいられなくなるのに、そのうち今度は自由登校になって。どうせ誰にも会えなくなっちゃうんだよ?』
『ほんと、もったいなさすぎじゃない?なんで最後だけこんなに面白くないの?
…って思わない?夏葉も』
私は目の前の暗い天井に、無駄にうるさい表情で愚痴を言うリサの姿を思い浮かべていた。
「私もそれ思ってた」
『…ね。だよね。なんか悔しいんだよね。
だけどさ、やるしかないもんね。結局私たち。
あーーー、やだなーーーー、受験、まじ早く終わらせたい』
私は黙っていた。
『でも私、今日中に終わらせてくるから。絶対、今日中に終わらせるから。待ってて』
「うん」
『じゃあ、そろそろ切るわ。これ以上話してるとさすがに親がやばいかも』
「おっけ。早く寝なね」
『もう今からどう足掻いたって早くは寝られないけどねー』
「ははは」
『…ごめんね、私。急にこんなんで』
何、リサ。急にそんな改まって。
『ありがとう。じゃあね』
キャラにもなく大人しくかしこまった口調で、リサはそう言った。
そして、電話は切れた。
気づくと、スマホを持っていた右手の指先が、びっくりするほど冷たくなっていて、慌てて布団の中に手を引っ込めた。
ずっと布団の中に入っていた左手とこすり合わせながら温めていると、何日振りかの素直な睡魔が私のところにゆっくりとやってきた。
…はあ。
思えば私は、リサを励ましたり元気付けたりするようなことを何一つ言うことができなかった。
仲直りらしい仲直りもしなかった。
ただ、なんとなく煮え切らないまま他愛もない言葉を交わしただけで。
そもそも仲が悪かったのか良かったのかすらもわからない。
あやふやで宙ぶらりんな会話を長々と続けていた。
結局、どうしてこんな私に電話をかけてきたのかも分からないまま。
リサの方からも、何を一番に伝えたかったのか、それすらわからずじまいだった。
だけど、何かは変わったんだと思う。
電話がかかってくる前の退屈な日々。
そして、今のほんの少しだけ、満たされた気持ち。
そこには今までとは全く違った気持ちで、明日を心から待っている私がいた。
どんなふうに待っているのか、明日の何を待っているか、なんて聞かれても実際はよく分からないけれど。
頑張れ、だなんて上から目線な気がするし。
待ってる、なんて偉そうなことは言えた立場じゃないけれど。
明日、リサには頑張ってきてほしかった。
また同じ大学で、一つの夢を目指したかった。
そんな日々を待っていたい、と思った。
リサが受かったら、
リサが最初に思った通り、私と同じ大学に受かったら。
今日みたいに言えないことも無くなって、思った言葉全てが真っ直ぐに伝わる気がするから。
またあの時みたいに、楽しい毎日が来る気がするから。
遠くの方から微かに、ブロロロロ、と新聞配達のバイクの音が聞こえた。
空はまだ暗かった。
どうか、リサがうまくいきますように。
そんなことを思いながら、やっと重たくなってきたまぶたを閉じた。
リサはあとどのくらい眠れるのだろう。
fin.
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