絶対呪ってやるからな!

こう

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85 機会を逃す

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 私が呪いを受けた日から、あっという間に時間が過ぎた。

 三日ほど休むことになったけど、それからは変わらずダンス・歩き方の矯正・どんな発言にも笑顔で対抗といった最低限のマナーをきっちり詰め込み中。
 エヴァは暫く、目が合う度に泣きそうになっていたから困ったわ。女の子は泣かせちゃ駄目なのよ! どう対応したらいいのかわからないわ! 男? 泣かせときなさい! 男が泣いたら寄り添えば一発だってスレンダー美女マリエル五十二歳が言っていたわ!

 あとスタンにも困った。
 …スタンも忙しいみたいでしょっちゅう顔を合わせはしなかったけれど、ダンスレッスンは頻繁にした。むしろスタンが屋敷にいる日にダンスレッスンの予定が組まれていたように感じたわ。

 問題はなかった。
 問題はなかったのよ。
 …いつも通りで何もなかったわ。
 何もね!!

(はぁー!? どういうこと! ドウイウコトナノ! 好きだなって言わなかった!? 私に好きだなって言わなかった!? 覚えておいてとか言わなかった!? その後の対応まったく変わらないからまさかの聞き間違いかしら!?)

 スタンの対応は至って紳士的。
 ダンスレッスンの時も腰に手を添えるが必要以上に触れないし、おかしな動きは見せない。
 距離が近くても身体を押しつけるようなことはしない。
 正確に、こちらが踊りやすいようにリードしてくる。
 それが悔しくて何度か主導権を握ろうと試みたが、すぐに奪い返される。それを何度も繰り返すので、モーリスに「水面下で争うな」といわれた。

 スタンは紳士的だ。
 今まで出会ってきたセクハラ男達と比べるのが流石に申し訳なるくらい紳士的。
 …それなのに。

(おかしい)

 握りあった手。腰に添えられた手。
 どんなセクハラ男よりもスタンの手が気になるのは何故。

(ただダンスしているだけなのに、触れ合う部分が気になる…)

 不快じゃないのに気になる。
 他意はないはずなのに、妙に緊張するのは何故。

(まさか私が、意識している…?)

 スタンを?
 愉快犯なこの男を?
 好きって言われたから?

(…そりゃ気になるでしょうが!)

 自問自答しながらくわっと目を見開いた。
 私は屋敷の書斎で、一人でマナー本を読んでいた。
 読んでいたのにいつの間にか自問自答をはじめていた。全然本の内容が頭に入らなくて頭を抱える。

(そりゃ気になるでしょうが! 気になるわよ! 流石の私も好きって言われたら気になるわよ! 意識するわよ! 悪い!?)

 一人で逆ギレしながら舌を打つ。淑女ならば絶対やらないことだが知ったことか。
 呪いの話をしていたはずなのに何故そこに着地したのか、今でもよくわからない。呪った奴を絶対許さないと話していたはずなのに、何故こんな話になった。おかしい。

 スタンは絶対おかしい。

 長い金の髪。夏空色に輝く瞳。常に微笑みを浮かべる薄い唇。金銀財宝と並べても輝きが損なわれない美貌。
 見た目だけでなく、彼は立ち振る舞いも美しい。ゆったりとした動作は優美で、それなのに隙がない。
 全体的に穏やかな印象を抱く彼だが、性格は愉快犯だ。

(最初っから、人のこと揶揄っておちょくって小馬鹿にして…)

 何せ詐欺師だ。目的のために言葉巧みに誘導してくる。

(結局、私はアイツが何者なのかよくわかっていないのよ)

 こちらの事情を汲んで協力態勢ではあるが、結局スタンの目的もよくわかっていない。
 絶対裏がある。わかっている。
 それなのに。

『好きだな』
「――――っ!!」

 耳の奥が熱くなる。勝手に自動再生された音声を忘れたくて、私は両手で耳をふさいで口元に力を込めた。なんとなく呼吸を止めた。一瞬だけ。
 無性に水の中に飛び込みたい。全身がぞわぞわして身体が熱い。

(あー! もう! 絶対裏があるのに裏が感じ取れない! 詐欺師め!)

 何故かすとんと受け入れてしまったのだ。
 あの時あの一言を、木から果実が落ちるのを受け止めるように当たり前に。素直に、受け入れてしまった。
 だからあの時、頷いて返した。礼だって言った。

(だけど合ってた? あの会話で合ってた? どういう意味だったのよ!)

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