34 / 155
34 歩くご禁制
しおりを挟む謝る前に、この距離までの接近に気付かなかった事実に息を呑む。
目に映るのは白。上等な布地で作られた白いローブ。私の鼻先がぶつかったのは、見知らぬ男性の胸元。その胸元をゆるやかに流れる日に透けて輝く金髪。
見事な美髪でも、ぶつかった体格から女性には思えない。広い肩幅からも男性だと判断した。判断して、数歩下がる。下がって相手の全貌が見えた。
足下まで隠れる白いローブ。腰までゆるやかに流れる見事な金髪。日焼けを知らない白い肌に、愁いを帯びて垂れた碧の目元。神聖で禁欲的な真っ白い出で立ちでありながら、肉欲的で婀娜っぽい唇が全てを裏切り男に淫靡で不埒な色気を纏わせていた。
…お日様の下にいるのに、そこだけ夜の空気になる歩くご禁制がいるんだけど!?
似合わない! ちょっとファンシーな小物のある庭に似合わない男がいるわ!
似合わないしエヴァに会わせちゃ駄目なタイプの男が庭にいるんだけど! そのあたりの警備はどうなっているのスタン!
とにかく、はだけた胸元を隠すようにリスを抱え直した。リスはきょとんと首を傾げている。そのまま大人しくしていなさい。
一気に警戒心を上げた私。しかし男はどこか呆然とした様子で、私を見ている。
なによ。
そもそもどこから見てたのこいつ。後ろからだからセーフかしら。
「あなたは…」
「うわ話しかけられた」
「酷い」
「あ、ごめんなさいつい」
本音が。
相手はしょんぼりしたけど…というか声が、なにこれ。おかしいわ。
耳に、二重に聞こえるような。不思議な響きをしている。
…ざわざわする。
不思議で落ち着かない感覚に後退した。私の逃げ腰を察したのか、相手は更にしょんぼり眉を下げる。
可哀想という感想よりも、落ち込んだ顔が快楽に悶えているように見える男から距離を置きたい感情の方が勝った。
何こいつ、相手の嗜虐心掻き立てる表情するわね。そのくせ近付いたらぱくっと食べられそうな危機感も覚えるわ。
――――多分だけどこいつ、獲物を色香で誘い込んで喉元齧るタイプ。花屋のマージ四十一歳に教えて貰った食虫植物を思い出すわ。
本気でエヴァに近寄らせちゃ駄目な男。
じりじり後退する私に、しょんぼりしていた男が声を掛けてくる。
「そんなに怯えないでください。私は何もしません」
「いえ私はこの家の人間ではないのでお客様と遭遇した時の対処法に悩んだだけですぶつかってごめんなさいさようなら」
「逃げないでください」
さっと身を翻そうとしたらさっと進行方向に身体を捻じ込まれた。
く、回り込まれてしまった! 逃げられない!
ゆったりした白いローブから動きがゆっくりかと思いきや機敏じゃない!
しかも相手はその勢いのまま、ずいっと私の顔を覗き込んで来る。私は直進の勢いを殺せず、つんのめるように踏ん張るしかなかった。じゃないと相手の胸に飛び込む形になっちゃう。
憂いを宿した碧色が、わざわざ屈んで下から覗き込んでくる。
「お客様…この屋敷にお客様が来られたのは初めてのことですね。私のような訪問客は珍しくありませんが、そのような服を着たお客様は初めてでは?」
庶民の服って言いたいの? 喧嘩売っているの? 買うわよ。
それとあまり見ないで欲しい。今私の胸元大変なことになっているから。
リスに第二ボタンまで齧られて、いつもより胸元が開いている。リスを抱えて誤魔化しているつもりだけど誤魔化せていないでしょこれ。
っていうか察しなさいよリスは小動物だから完全に隠れていないでしょ。女性のはだけた胸元を含めじっくり眺めんじゃないわよ。脛を蹴飛ばすわよ。それともそのお綺麗な顔に一発食らわせてあげましょうか。伝説の平手を。コマのように回転させてあげるわ。
…いえ、スタンの客なら貴族よね。自分で訪問客って言っているし、客よね。
つまり、貴族。
…流石に駄目ね。色々許容しているスタン達と違って、こいつはよく知らない貴族。庶民の私が反抗して許される存在じゃない。
とにかく会話を打ち切って逃げなくちゃ。
「申し訳ございません。私も最近お世話になっている身なので、客層については存じ上げておりません」
「それもそうですね。ではあなたの所属は」
「所属?」
所属って何の?
「ああ、失礼しました。私は「塔」に勤める研究所の者です」
「「塔」?」
なんだそれ。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる