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36 不意打ちのときめき
しおりを挟む私が小人を振り下ろすより早く、モーリスが私を羽交い締めにした。
背後からがっしり拘束される。男女差も身長差もあるのに抜け出せるわけがなく、私の証拠隠滅は未遂に終わる。
このままじゃ貴族を足蹴にした女として何をされるかわからないわ…!
「放してモーリス! こいつの記憶はいらないわ! 処分しなくちゃ!」
「記憶どころか存在そのものを処分しかけているだろ! 流石にやめろ!」
「そんなことないわ、言動セクハラ野郎だけど存在だけは許してやるわよ! 記憶だけ置いてけ!」
「無茶言うな!」
「いいえきっと小人さんが良い仕事してくれるわ! 記憶以外が損なわれた場合は小人さんが張り切り過ぎちゃっただけよ、責めないであげて!」
「とんでもない責任転嫁して来やがったこの女!」
「ふふ、ふはっ」
「アンタはいつまで笑ってんだ!」
腹を抱えて口元を押えながら爆笑するスタンに怒鳴ったあと、モーリスが私から小人を取り上げる。ああ! 小人さん!
その時何を思ったのか、私の胸元で大人しくしていたリスが取り上げられた小人に向かって飛び出した。私の腕を伝い、モーリスの手に乗り、小人の置物へと駆け上がる。
多分意味はない。
けどリスが飛び出した衝撃で、胸元を押えていた手も離れ、第二ボタンまではだけていた胸元が。
「ぶっ」
…上からがっつり見えたらしい。
吹き出して真っ赤になったモーリスは素早く私から離れた。しかし紫の視線は私の胸元に固定されたままだ。
おいこら震えながら言葉もなく凝視するな。
そっと、両手で胸元を隠す。
「…やっぱりむっつりじゃない」
男って奴はどいつもこいつも。私は口をへの字に曲げた。
男って奴は本当に、ちょっと胸元に脂肪が付いているってだけで態度が変わる。ガン見してくる奴、チラチラ見てくる奴、こっちが誘っているとか謂れのない戯れ言を喚く奴、事故に見せかけて触れてくる奴と多種多様。後半の奴らは地に沈めた。
本当に男って奴は、どう取り繕っても、
「むっつりだねぇ」
ジト目になった私の肩に、温もりの残るカーディガンが掛けられる。
自然な手付きで私の身体を隠したカーディガンはスタンが先程まで羽織っていたものだ。
驚いて顔を上げれば、いつも通りの微笑みを崩すことなく、地面に転がる男に視線を向けるスタンがいた。
「こいつは僕の同僚だから処分は待ってくれないか。多分こいつがセクハラしたんだろうけど…ちゃんと話を聞くから、先に戻って土を落としておいで」
そう言って、私の背中をぽんと一つ叩く。
促されるまま一歩踏み出した私は、その勢いのまま庭から屋敷の中に戻った。
私に気付いた使用人達が、土で汚れたり破けたりしている私の格好に驚いて着替えがどうこうと動き出し…。
やっと現実に追いついて、びっくりした。
え、びっくりした。
女性のはだけた胸元に慌てず騒がず凝視せず深く聞かず、自然と隠して着替えを促すとか…紳士か? 紳士だったの!? 実はスタンが一番紳士だったの!?
愉快犯なのに!?
絶対揶揄われると思ったのに!
(…不覚だわ)
大きなカーディガンに残された温もり。微かに香る、樹木の香りに。
ちょっと、ときめいた。
(これが…血迷うって、こと…!?)
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