絶対呪ってやるからな!

こう

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52 メイジーの赤い記憶

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 その頃のメイジーは、無敵のアイドル肉屋のナディアちゃんに夢中だった。
 田舎町全体で推していると言っても過言ではなかった。母も例外ではなく、よちよち歩きのナディアちゃんへ洋服を作ると張り切っていた。

 そんな母のお願いで、メイジーは隣町へ布を買いに行っていた。メイジーもここぞとばかりにナディアちゃんに似合う布を物色し、店員と値切りバトルを繰り広げ、満足げに帰路に着いた。徒歩で難しい道のりを、商人達が揃って買い付けに出かけた馬車に混ぜて貰って。

「すっかり遅くなっちゃった。お母さん、夕飯の支度はじめてなければいいけど」
「ネイさん、いつまで経っても調味料覚えないからなぁ」
「ロゼッタに料理を教えて貰うべきかな」
「教えて貰うならメイジーの方だな。ネイさんはもう無理だ」
「諦めないで! もっと希望をもってよ!」
「十八年で成長しなかったからもう無理だって」

 料理の腕前が似なくて良かったなと笑ったとき、馬車の隣を猛スピードで別の馬車が通り過ぎていった。
 まだ馬車に乗っていたメイジーが確認出来たのは馬車の後ろ姿だけだった。
 そこに、弓を背負った鷲の絵柄を見つけて首を傾げる。

 あんなレリーフを掲げた商会があっただろうか。

 田舎町まで馬車で来るのはもっぱら商人なので、メイジーはそう思った。

「危ないな」
「随分立派な馬車ね。どこの商会のものかしら」
「いや、あれは…」

 大人達が深刻な顔をしたのを横目に、メイジーは布を抱えて馬車から降りる。軽やかに着地して、くるりと振り返った。

「皆、乗せてくれてありがとう。またよろしくね!」
「いいってことよ。ネイさんにもよろしく」
「服ができたら見せてね。絶対可愛いわ」
「わかった! それじゃあね!」

 大きく手を振って、駆け足で自宅へと向かう。
 鼻歌を口ずさみながら進んだメイジーは気付かなかった。

 足下に、ずっと、見知らぬ轍が続いていることに。

「お母さん、ただいま」

 日が暮れだした空を見ながら扉を開ける。
 その感触に足を止めた。立ち止まったままもう一度、扉を閉めて、開く。

(…蝶番が壊れてる?)

 出かけるときは無事だったのに、ギイギイと軋む扉の感触が重い。まるで強く叩き付けられたかのような。

「お母さん?」

 静かに異変を察知して、メイジーは荷物を抱え直す。いつも以上に軋む扉を開けて、家の中に入った。
 日が暮れ始めているのに、家の中に灯りがない。
 窓も扉も閉め切って、日の光が差し込まない。一日ずっと作業をすると張り切っていた母の気配が感じられない。物音一つしなかった。

「お母さん?」

 呼ぶが、応えがない。
 暗くて静かな室内。まず灯りをつけなければと荷物をテーブルに置いて異変に気付いた。

 たった二つの椅子。その一つが背もたれを地面にくっつけている。
 居間から寝室へ繋がる扉が開いている。

 倒れている椅子を見たメイジーは呼吸を止めた。
 てんてんと、てんてんと。
 うっすら開いた扉の向こう側に向かって水滴の様なものが、床を汚している。

 それは、赤かった。

「…お母さん?」

 喉が震えた。
 手も震えた。
 なんなら全身で震えていた。
 震える足を動かして、壁伝いになんとか寝室の扉に近付いた。震える手でドアノブに触れて。

 思いっきり、扉を開けた。

 母と身を寄せ合って暖を取らなければならないほど小さくて、狭くて、貧相な寝台は。

 ――――夥しい量の血痕で、赤く染まっていた。

 薄暗い室内で色はわからない。それでも頭はそれを赤と認識し、鉄錆の匂いから血だと断定した。

 なら、それは。
 誰の血だ。

「あ、あ、あぁ…?」

 言葉が出ない。言葉にならない。
 意味のない音を発しながら、臙脂色の目を見開いて人影を探す。
 誰も居ない。誰も居ない。狭い寝室に隠れる場所などない。それなのに誰も居ない。
 母がいない。

「お、おか、お母さん! お母さん! お母さん!」

 メイジーは叫んだ。何よぅと不思議そうな顔をして母が現れると信じたかった。
 しかし呼び声は届かない。

「お母さん!」

 どこにいるの。なにがあったの。どうしていないの。
 疑問は言葉にならず、その人を呼び続けた。

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