52 / 155
52 メイジーの赤い記憶
しおりを挟むその頃のメイジーは、無敵のアイドル肉屋のナディアちゃんに夢中だった。
田舎町全体で推していると言っても過言ではなかった。母も例外ではなく、よちよち歩きのナディアちゃんへ洋服を作ると張り切っていた。
そんな母のお願いで、メイジーは隣町へ布を買いに行っていた。メイジーもここぞとばかりにナディアちゃんに似合う布を物色し、店員と値切りバトルを繰り広げ、満足げに帰路に着いた。徒歩で難しい道のりを、商人達が揃って買い付けに出かけた馬車に混ぜて貰って。
「すっかり遅くなっちゃった。お母さん、夕飯の支度はじめてなければいいけど」
「ネイさん、いつまで経っても調味料覚えないからなぁ」
「ロゼッタに料理を教えて貰うべきかな」
「教えて貰うならメイジーの方だな。ネイさんはもう無理だ」
「諦めないで! もっと希望をもってよ!」
「十八年で成長しなかったからもう無理だって」
料理の腕前が似なくて良かったなと笑ったとき、馬車の隣を猛スピードで別の馬車が通り過ぎていった。
まだ馬車に乗っていたメイジーが確認出来たのは馬車の後ろ姿だけだった。
そこに、弓を背負った鷲の絵柄を見つけて首を傾げる。
あんなレリーフを掲げた商会があっただろうか。
田舎町まで馬車で来るのはもっぱら商人なので、メイジーはそう思った。
「危ないな」
「随分立派な馬車ね。どこの商会のものかしら」
「いや、あれは…」
大人達が深刻な顔をしたのを横目に、メイジーは布を抱えて馬車から降りる。軽やかに着地して、くるりと振り返った。
「皆、乗せてくれてありがとう。またよろしくね!」
「いいってことよ。ネイさんにもよろしく」
「服ができたら見せてね。絶対可愛いわ」
「わかった! それじゃあね!」
大きく手を振って、駆け足で自宅へと向かう。
鼻歌を口ずさみながら進んだメイジーは気付かなかった。
足下に、ずっと、見知らぬ轍が続いていることに。
「お母さん、ただいま」
日が暮れだした空を見ながら扉を開ける。
その感触に足を止めた。立ち止まったままもう一度、扉を閉めて、開く。
(…蝶番が壊れてる?)
出かけるときは無事だったのに、ギイギイと軋む扉の感触が重い。まるで強く叩き付けられたかのような。
「お母さん?」
静かに異変を察知して、メイジーは荷物を抱え直す。いつも以上に軋む扉を開けて、家の中に入った。
日が暮れ始めているのに、家の中に灯りがない。
窓も扉も閉め切って、日の光が差し込まない。一日ずっと作業をすると張り切っていた母の気配が感じられない。物音一つしなかった。
「お母さん?」
呼ぶが、応えがない。
暗くて静かな室内。まず灯りをつけなければと荷物をテーブルに置いて異変に気付いた。
たった二つの椅子。その一つが背もたれを地面にくっつけている。
居間から寝室へ繋がる扉が開いている。
倒れている椅子を見たメイジーは呼吸を止めた。
てんてんと、てんてんと。
うっすら開いた扉の向こう側に向かって水滴の様なものが、床を汚している。
それは、赤かった。
「…お母さん?」
喉が震えた。
手も震えた。
なんなら全身で震えていた。
震える足を動かして、壁伝いになんとか寝室の扉に近付いた。震える手でドアノブに触れて。
思いっきり、扉を開けた。
母と身を寄せ合って暖を取らなければならないほど小さくて、狭くて、貧相な寝台は。
――――夥しい量の血痕で、赤く染まっていた。
薄暗い室内で色はわからない。それでも頭はそれを赤と認識し、鉄錆の匂いから血だと断定した。
なら、それは。
誰の血だ。
「あ、あ、あぁ…?」
言葉が出ない。言葉にならない。
意味のない音を発しながら、臙脂色の目を見開いて人影を探す。
誰も居ない。誰も居ない。狭い寝室に隠れる場所などない。それなのに誰も居ない。
母がいない。
「お、おか、お母さん! お母さん! お母さん!」
メイジーは叫んだ。何よぅと不思議そうな顔をして母が現れると信じたかった。
しかし呼び声は届かない。
「お母さん!」
どこにいるの。なにがあったの。どうしていないの。
疑問は言葉にならず、その人を呼び続けた。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる