【完結】呪いを解くまで初夜はおあずけ!~恋の魔法と、ちょっぴりアブない素材収集~

夜型ねむ子

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淫魔の保健教諭のいうことには①

 開け放たれていた扉をくぐり保健室に入ると、保健教諭のサディオ・ゴルゴネス先生がベッドのシーツを整えているところだった。

 白衣の下に着ている黒シャツはいつものようにわざとボタンが3つ外されていて、引き締まった肉体を惜しげもなく披露している。


 広々とした部屋の奥には間隔を置いてベッドが6つ並んでいて、中央に処置台も兼ねた大きなテーブルがひとつ。

 その手前に、先生が事務作業などを行うデスクがある。入口側と部屋の奥側には様々な薬品が収納された大きなキャビネットが、それぞれ2台ずつ石壁に沿って置かれていた。


 サディオ先生は一房だけ垂らしてある前髪以外は、背中までの長い深緑の髪をオールバックにしていて、自信に満ち溢れていることがよくわかる髪型だなぁといつも思う。

 20代後半くらいに見える淫魔の先生の顔立ちは、あらゆるパーツが整っていて人間離れした美しさがある。


「先生、講習の準備のお手伝いに来ました」


 そう声をかけると、チェーン付きの丸眼鏡越しに金色の瞳が私を見つけた。


「お待ちしていましたよ、フィオナさん。早速ですが、テーブルにある模型を拭くのを手伝ってもらえますか? 道具は用意してありますから」

「わかりました」


 テーブルに近付くと、1年ぶりに倉庫から出てきた模型たちは薄く埃をかぶっていた。

 拭き掃除くらい別に大したことはないのだけれど……問題は、その模型が様々な種族の生殖器を模したものであるということだ。


(目のやり場に困る……!)


 春というのはイベントが目白押しだ。

 テスト前にはすでに先輩たちの卒業式が行われていて、明日は新入生の入学式。
 明後日には、テストが返却されて私たち2年生の終業式が行われ、しばらくテスト休みに入ることになっている。


 さて、入学式の後、新1年生は性教育の講習を受けることが決まりだった。

 入学後一番にこの講習があるのは、心も身体も大人への階段を上がる20歳になったタイミングで魔法に触れるようになるからだ。


 講習では、サキュバスやインキュバスなどの淫魔をはじめとした性的な攻撃を術としている魔物に対抗する方法や、彼ら種族の知識などを中心に学ぶ。

 淫魔たちはどこに潜んでいるかわからない。
 親元を離れ学園にやってきた生徒たちだけで出かけることが増える頃、街中のひと気のない場所や課外授業で向かう森などでの遭遇に備え、一刻も早く指導を……というのがアカデミーの方針らしい。


 リアルで生々しい模型に自然と及び腰になりながらリネンと洗剤を手に取ると、不意に後ろから気配を感じた。


「申し訳ありません、掃除の方法をご説明していませんでしたね」


 その声に振り向くと、ベッドメイクを終えたらしい先生が私を包み込むように真後ろに立っていて、にっこり笑いながら私の両手の甲にそれぞれ手を重ねてきた。


「せ、先生! イエローカードですよ……!」


 慌てて腕の中から抜け出すと、彼は肩をすくめる。


「ふふ、冗談じゃないですか。相変わらずフィオナさんはつれないですねえ」

「そ、そういう先生は相変わらず、まったく反省している様子がないですね……」


 人間とはレベルの違う美貌を持つ彼は、形の良い唇で弧を描いた。

 彼はインキュバスだからか、先生と生徒だとか男と女だとかの観念がやや希薄で基本的に距離感がおかしい。こんなセクハラまがいなことは日常茶飯事なのだ。

 先生は愉しげに目を細め、レンズ越しに私を見つめてくる。


(この瞳にじっと見られるのは苦手だな……。七不思議になるのも納得かも)


 先生は淫魔だけれど、ゴルゴネスというファミリーネームのせいか、お母様はメドゥーサだという噂がある。

『深夜は髪がヘビになる』だとか『メガネをかけているのは、相手を石化させる視線を防ぐため』だとかいう話が、生徒たちの間で何代も前からまことしやかに囁かれており、それがアカデミーの七不思議のひとつになっているのだ。


「ですが……そういうつれないところも、とても好ましいのです」

「っ、そういうところって何ですか」


 再び私と距離を詰めながら、わざと吐息交じりの声で話してくる先生に負けないよう、強く聞き返す。


「怒ったり、拒んだり……そういう“普通の反応”がたまらないのですよ。他の女子生徒は、私が何を言っても目を蕩けさせながら、抱いてほしいと求めてくるばかりですから」

(最初から最後まで、どうかとは思う物言いだけど……)


 でも、先生の気持ちもわからなくはない。淫魔の特性である異性を引き付ける強力なフェロモンを放つ彼が廊下を歩けば、通りがかりの女子生徒が全員ついて行ってしまうほどなのだ。

 そのため保健室は教師を除き、ケガや病気、悩みを抱えた人しか入れないよう特殊な結界が張られている。

 規則が今よりも緩かった十数年ほど前には、ほぼすべての女子生徒や学校関係者と、そういう関係であったとかなかったとか……。


 そんな問題はあるものの、生と性に精通した淫魔が保健教諭を務めるメリットの方が多いとアカデミーは考えているそうだ。

 サディオ先生にメロメロな生徒が続出中の現状では、この講習の内容も淫魔の保健教諭も考え直す必要がある気がするけれど……なんだかんだでサディオ先生は長くこの仕事を続けているのだから、上手くやっているのだろう。


 ちなみに、心に決めた人がいると淫魔のフェロモンが効かないらしい。私が保健委員に選ばれたのは、リヒトくんという想い人がいて先生のフェロモンの影響を受けず、健康体でお手伝いのできるアカデミーで唯一の生徒だからなのだ。

 去年講習を受けた際に、私だけが正気であることが判明すると、その場で抜擢されたのだ。

 男子生徒は先生のフェロモンを受けないのだけれど、好きな女の子の心をサディオ先生に奪われてしまう事件が多発し、その恨みのため手伝いたいという生徒はひとりもいない。



 ――気を取り直し、先生と手分けして数体の模型を拭いていると、彼がなにげない調子で口を開いた。

「……少し話をしても?」

「はい。なんでしょう」

「リヒト君と何か進展があったんですか?」

「えっ!? ど、どうしてそれを……」

「なんだか嬉しそうですから」

(わ、私ってそんなにわかりやすいのかな……?)


 浮かれているのがみっともなくて、模型を拭くことに意識を集中しようと努めながら話す。


「実は昨日、思い切って告白したら、リヒトくんと付き合えることになって」

「そうでしたか、おめでとうございます。長年の恋が実ってよかったですね」

「あ……ありがとうございます……」


 お礼の言葉が尻すぼみになっていると、先生が興味をそそられたように言った。


「それで、どこまでいきました? キスくらいはもう済ませていますよね? ああ……子どもではないのですからもっと先まで、でしょうか?」

「っ、そんなこと先生に言うわけないじゃないですか……!」

「おや、ひどい。何度も恋愛相談に乗った相手に誠意を見せてくれたっていいじゃありませんか」

「そ、そもそもですけど、私からお願いしたわけじゃありませんよね? 先生が誘導尋問みたいに聞き出したからで……!」

「そうでしたか? 記憶にありませんねえ」


 先生に初めてリヒトくんのことを相談したのは、保健委員になってすぐだった。

 フェロモンが効かないことから想い人がいるのは初めからバレている上、『性にまつわるあれこれを糧にしている淫魔は人間の恋愛や欲望には敏感ですから話して損はないですよ』と言いくるめられ、あれよあれよという間にすべて打ち明けることになってしまったのだ。


「初めてのキスはどうでした? 私から見るとリヒト君はクールな印象ですが、そのイメージ通りでしたか? それとも、意外と情熱的な口づけだったのでしょうか」


 一度こうなると抵抗しても無駄なのはもう知っている。私はひとつため息をつき、諦めて答えることにした。


「……わかりません。キスしてませんから」


 先生は美しい金色の目を瞬かせた。


「随分と清いお付き合いなのですね。まぁ、焦らなくともいいでしょう。それぞれペースがありますから」

「普通はそう……なんでしょうけど」


 ここに来る前、頭を撫でられた嬉しさで一時的に遠のいていた、漠然としたもやもやが胸に広がる。無意識に、リネンを持つ手に力が入った。


「……何か悩みでも?」


 先生の声に、わずかに気遣いが滲む。半ば強引に始めさせられた恋愛相談だったけれど、本気で拒むことなく今日まで続けてきたのは、なんだかんだで先生は真剣に向き合ってくれるからだった。


(でも、勝手にふたりのことを話すのはよくないよね……)


 ためらっていると、彼が私の肩にそっと手を置き、優しく微笑みかけてくれた。


「悩んでいることがあるのなら教えてください。あなたの力になりたいんです」
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