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淫魔の保健教諭のいうことには②
すべての模型を拭き終えるまでの間、打ち明けるかどうか考えていた私は――とうとう、リヒトくんから『恋人らしいこと』を一切しないと言われたことを話した。
「なるほど……そうでしたか」
「触れようとしないって、私に魅力がないんでしょうか……」
縋るように尋ねると、先生は望んでいた答えとは違うことを口にした。
「その件について深く考えれば考えるほど、フィオナさんは傷つくと思いますが」
(っ……)
金色の瞳はいたって真面目で、心がくじけそうになる。でも――
「……そうだとしても、理由が知りたいです」
「わかりました、一緒に考えてみましょう。あなたが言っていた他にも、可能性はたくさんありますからね。まずは、フィオナさんが言った通り、あなたに恋愛感情はあるものの性的な魅力を感じていない場合」
「う……」
「それだけでなく、性的な対象として見ることに罪悪感がある、もしくは精神的なつながりを重視していて、性的なことに興味がない場合もありますね。この場合、性的なことに嫌悪感を抱いている可能性もあります」
先生は胸の前で腕を組み、細い顎に手を当てる。
「もしくは、フィオナさんに恋愛感情がないものの他に好きな相手もおらず、ひとまずあなたを傷つけないように付き合っているだけ、または友情を恋愛感情と勘違いしているために、そういう気にならない場合」
「……なるほど……」
「それと、真面目なリヒト君に限ってはないと思いますが、恋人を作る気はないけれど誰かに言い寄られていて、あなたを“虫除け”に利用している。あとは……人間の男性としての機能に問題があること、などでしょうか」
「…………」
「他にも考えられる可能性はありますが、フィオナさんたちの関係ですとこのあたりだと思いますよ。どれか思い当たる節はありますか?」
「……ちょ、ちょっと待ってください……。今、いろいろ受け止めてるので……」
覚悟していたはずなのに、原因と思われる内容を突きつけられると、どれも心にずっしりとくる。
私は頭を抱えながらも必死に考えをめぐらせ、ひとつの想いにたどり着いた。
「私は……リヒトくんと心が通じ合ってるって信じたいです」
(だって、あんなに真剣な顔で『好きだ』って伝えてくれたんだもん……)
「でしたら、先ほどの可能性からそれらを排除しましょう」
そうだとしても、残るものだってあまり嬉しいものではなくて。
(知りたいなんて思わなければよかったかも……)
そうすればもう少しの間、幸せな気持ちでいられたかもしれないのに。……いずれ気付くことだったとしても。
私の気持ちを知ってか知らずか、サディオ先生は首をひねる。
「私は淫魔ですから、セックスやそれに付随する行為が人間でいう愛情表現にあたると考えています」
「……そうなんですか? 講習では、そういう行為は淫魔たちの食事でしかないって教えてますよね?」
「講習の目的は、性的な力を持つ魔物は脅威だという意識を植え付けることが目的ですから、この辺りにはわざわざ触れませんよ」
そう言って先生はぺろりと自分の唇を舐める。
「舐めたり、噛んだり、咥えたり……糧を口にする時と、愛おしい相手を可愛がる時とは近いものがあります。性と食が人間よりも密接な私たちにとって“最大の愛情表現”となってもおかしくはないでしょう?」
(……確かにそうなのかも……?)
「ですから、恋人に触れたいと思わないという彼の考えは、まったく理解できませんね」
なんだかリヒトくんをけなされたようにも感じて、不思議そうに息をつく彼に些細な抵抗をしてみた。
「先生は、恋愛感情のない相手にもベタベタしますからね」
「おや、ひどい。私がフィオナさんに恋愛感情を持っていないとは限らないじゃないですか」
「……そのからかうような目を見ていればわかります!」
私がぷいっと顔を背けると、先生の小さな笑い声が聞こえる。
……彼のおかげでずぶずぶと暗い気持ちに沈んでしまうことを避けられたのは明らかで、そのことには感謝しなければいけないと思った。
不意にがちゃりと音がする。そちらに目を向けると、先生が大きなキャビネットから瓶を取り出していた。
「とっておきのものをあげますから、機嫌を直してくれませんか」
「……! それって《メリュジーヌの籠》のキャンディですか?」
「ご名答。食い意地の張った方ですね」
「っ、一言余計ですよ」
《メリュジーヌの籠》は、学校を取り囲む商店街の東にある、女子生徒に人気のお菓子屋さんだ。
どの商品も可愛らしい色や形をしているけれど、それらが詰められた瓶や包装に至るまで乙女心をくすぐるものが多く、私も大好きだった。
ちなみに、昨日リヒトくんがくれた人魚の形をした焼き菓子もこのお店のもの。《メリュジーヌの籠》という名前の通り、看板商品なのだ。
先生がデスクに置いた瓶から黄色い飴を摘まむのを眺めながら、両手を差し出して待っていると――
彼は私の顎に手を添え、一口サイズのキャンディを直接こちらの唇にあててきた。
「んっ……!?」
「……フィオナさん。もし欲求不満になるようでしたら、私がお相手しますよ?」
「なるほど……そうでしたか」
「触れようとしないって、私に魅力がないんでしょうか……」
縋るように尋ねると、先生は望んでいた答えとは違うことを口にした。
「その件について深く考えれば考えるほど、フィオナさんは傷つくと思いますが」
(っ……)
金色の瞳はいたって真面目で、心がくじけそうになる。でも――
「……そうだとしても、理由が知りたいです」
「わかりました、一緒に考えてみましょう。あなたが言っていた他にも、可能性はたくさんありますからね。まずは、フィオナさんが言った通り、あなたに恋愛感情はあるものの性的な魅力を感じていない場合」
「う……」
「それだけでなく、性的な対象として見ることに罪悪感がある、もしくは精神的なつながりを重視していて、性的なことに興味がない場合もありますね。この場合、性的なことに嫌悪感を抱いている可能性もあります」
先生は胸の前で腕を組み、細い顎に手を当てる。
「もしくは、フィオナさんに恋愛感情がないものの他に好きな相手もおらず、ひとまずあなたを傷つけないように付き合っているだけ、または友情を恋愛感情と勘違いしているために、そういう気にならない場合」
「……なるほど……」
「それと、真面目なリヒト君に限ってはないと思いますが、恋人を作る気はないけれど誰かに言い寄られていて、あなたを“虫除け”に利用している。あとは……人間の男性としての機能に問題があること、などでしょうか」
「…………」
「他にも考えられる可能性はありますが、フィオナさんたちの関係ですとこのあたりだと思いますよ。どれか思い当たる節はありますか?」
「……ちょ、ちょっと待ってください……。今、いろいろ受け止めてるので……」
覚悟していたはずなのに、原因と思われる内容を突きつけられると、どれも心にずっしりとくる。
私は頭を抱えながらも必死に考えをめぐらせ、ひとつの想いにたどり着いた。
「私は……リヒトくんと心が通じ合ってるって信じたいです」
(だって、あんなに真剣な顔で『好きだ』って伝えてくれたんだもん……)
「でしたら、先ほどの可能性からそれらを排除しましょう」
そうだとしても、残るものだってあまり嬉しいものではなくて。
(知りたいなんて思わなければよかったかも……)
そうすればもう少しの間、幸せな気持ちでいられたかもしれないのに。……いずれ気付くことだったとしても。
私の気持ちを知ってか知らずか、サディオ先生は首をひねる。
「私は淫魔ですから、セックスやそれに付随する行為が人間でいう愛情表現にあたると考えています」
「……そうなんですか? 講習では、そういう行為は淫魔たちの食事でしかないって教えてますよね?」
「講習の目的は、性的な力を持つ魔物は脅威だという意識を植え付けることが目的ですから、この辺りにはわざわざ触れませんよ」
そう言って先生はぺろりと自分の唇を舐める。
「舐めたり、噛んだり、咥えたり……糧を口にする時と、愛おしい相手を可愛がる時とは近いものがあります。性と食が人間よりも密接な私たちにとって“最大の愛情表現”となってもおかしくはないでしょう?」
(……確かにそうなのかも……?)
「ですから、恋人に触れたいと思わないという彼の考えは、まったく理解できませんね」
なんだかリヒトくんをけなされたようにも感じて、不思議そうに息をつく彼に些細な抵抗をしてみた。
「先生は、恋愛感情のない相手にもベタベタしますからね」
「おや、ひどい。私がフィオナさんに恋愛感情を持っていないとは限らないじゃないですか」
「……そのからかうような目を見ていればわかります!」
私がぷいっと顔を背けると、先生の小さな笑い声が聞こえる。
……彼のおかげでずぶずぶと暗い気持ちに沈んでしまうことを避けられたのは明らかで、そのことには感謝しなければいけないと思った。
不意にがちゃりと音がする。そちらに目を向けると、先生が大きなキャビネットから瓶を取り出していた。
「とっておきのものをあげますから、機嫌を直してくれませんか」
「……! それって《メリュジーヌの籠》のキャンディですか?」
「ご名答。食い意地の張った方ですね」
「っ、一言余計ですよ」
《メリュジーヌの籠》は、学校を取り囲む商店街の東にある、女子生徒に人気のお菓子屋さんだ。
どの商品も可愛らしい色や形をしているけれど、それらが詰められた瓶や包装に至るまで乙女心をくすぐるものが多く、私も大好きだった。
ちなみに、昨日リヒトくんがくれた人魚の形をした焼き菓子もこのお店のもの。《メリュジーヌの籠》という名前の通り、看板商品なのだ。
先生がデスクに置いた瓶から黄色い飴を摘まむのを眺めながら、両手を差し出して待っていると――
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