小川葉一朗

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 花火の鮮やかさに比例して、夜は寒さを深めていく。前に立つ若い男女は打ち上がる花火を指さしながら微笑んでいて、その隣で子連れの夫婦が楽しそうに空を眺めている。制服を着た高校生はスマートフォンで花火を写そうとしていて、会場の警備員は花火の音に反応して一瞬振り返った。大きな花火が数発打ち上がったので、きっと終わりが近い。私は花火会場の入口近くで、航が来るのを待っている。


 航と付き合い始めた最初の夏に、彼と一緒に花火を見た。それはもう三年も前の事で、まだ二人とも学生で世の中の大抵の事が上手くいくと本気で思っていた頃の事だ。私は人混みがあまり得意ではなかったが、背の高い航が隣にいれば不思議と不安にはならなかった。陽が落ちても汗が引かない夏の夜に、私達は手を繋いで花火を見た。彼は大手の食品会社から内定を貰っていたが、いつか自分の飲食店を開きたいと花火を見ながら語った。それはとても素敵な夢だと私が言うと、彼は夢ではなく目標だと言って笑った。花火が終わらないでほしいと、その時、私は人生で初めて思った。


 打ち上がる数が一気に増えると、前の男女のうち女の方が歓声を上げた。夫婦が連れている男の子はそわそわと次の花火を待っている。私は手に息を吹きかけて、手袋を忘れたことを後悔していた。と、その時、空高く大きな花火が打ち上がった。しだれ柳の花火だ。垂直に上がった火の玉が空中で花開くと、無数の火花が糸状に垂れるように広がっていく。初めて航と花火を見た時、最後にしだれ柳の花火が連続して打ち上がったのを思い出した。航はスターマインという花火が好きだと、しだれ柳の花火を指さしながら言った。スターマインというのは、連続で花火が打ち上がることを言って、花火の種類じゃないの。私がそう言うと航は驚いた顔をして、この花火が好きな事は変わらんと開き直って笑った。


 高校生はしだれ柳の花火をぼんやりと見つめていて、男の子は柳が打ち上がるたびに大きく手を広げた。彼らは将来自分が何者になると思っているのだろうか。航は仕事が忙しくて毎日を過ごすのに必死なのに、いつか飲食店を開くと言い続けている。あなたの語っているのは目標ではなく夢だと思う。花火大会が楽しみだと話した先週の日曜に、私の心無い一言で喧嘩になった。喧嘩をするのは簡単で、夢を語るのも簡単だ。だけど寒空の下で一人花火を見るのは寂しくて、どうしようもないほど惨めに感じた。


 しだれ柳が連続して打ち上がる。若い男女は肩を寄せてそれを眺め、高校生はスマートフォンを上着に仕舞う。断続的に鳴り続ける音の隙間を縫って、私の隣に長身が並んだ。


「綺麗なスターマインやな」


 柳やって、と私が言うと、航は子供のように笑った。航は私の手を取ると、スーツの上に羽織ったコートのポケットに入れる。かじかむ指がポケットの中で彼に触れる。しだれ柳は夜空に広がると、僅かな暖かさを残しながら消えていった。
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