サヨナラはバースデイ

千羽

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EPISODE.1 ドロップキック

#1

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いつも始まりは小さな事からだった。
小学生の時には走るのが遅いとからかわれ、それが段々と酷くなっていき、「足が遅い奴は仲間に入れない」と皆で遊ぶのを断られた。
それから気づけば周りには誰も居なくなって、一人で遊ぶ時間が増えた様に思う。 
そんな僕にも中学で友達が出来た。
唯一の、親友と呼べる程のソイツはとても気さくな奴で、僕が何をしてもニコニコ笑ってる奴だった。怒ってる所なんて見た事無いように思う。
そんな彼が一度だけ酷い顔をしているのを見た。
忘れる事が出来ないその顔は、今でも僕の脳裏にこべりつく。

「気持ち悪い」

彼のそのセリフは、僕に向けられた最初で最後の言葉だった。





Episode.1 





チャイムの音で目が覚める。ボヤけた視界が少しづつ周りにピントを合わせ、帰る準備をしている皆に目が行く。ああ、今日の授業が終わったのだと理解し、僕も帰りの準備を始めた。
嫌な夢を見た。
思い出したくもない光景が、クリアになった脳内に映し出される。きっとあの日の出来事はこれからも、僕の心を縛るトラウマとして残り続けるのだろう。
心が滅入ってしまいそうになるのを何とか持ち堪えて、僕は教室の扉を開けると、誰にも挨拶すること無く教室を出た。
高校も二年生になるというのに未だに友達一人居ない。まあ、そもそも自分自身が作ろうと思っていないので当たり前なのかもしれない。
廊下を歩いていると、前からバカ笑いしながら女子達がやってくる。きっとしょうもない事で笑っているのだろうが、それでも羨ましくは思う。
僕はすれ違いざまに、その女子達を横目で追いかける。
決してやましい事をしている訳では無い。いや、人に言えないという意味では同じか。
彼女達の身につける物や、薄く施された化粧に嫉妬が募る。
彼女達はなんの躊躇いもなく、女子として生きて、女子として可愛いものを着る。きっとそれが普通で、在るべき姿なのだろう。
じゃあ自分は一体なんなのか。
僕は自分の女装趣味に辟易とした。

「なにあいつ…」

女子達がこちらを見て呟く。考え事をしすぎて、彼女達を凝視しすぎた。
僕何事も無かったかのように前へ歩き出す。最悪だ。きっと今頃は、彼女達の間で変態として話題に上がっている事だろう。
自分の馬鹿さ加減に後悔しつつも、どうせ今の自分に変態としての付加価値がついた所で関係ない。今でも似たようなものだし、どうせ誰とも関わらないのだから関係ない。
そんな事を考えていると、後ろから突如「おい」と声をかけられる。その少し威圧的な声を聞いて、まさかさっきの彼女達の彼氏とかか?じっと見すぎて因縁でもつけられたか?と恐怖が襲いかかる。

「おい、お前だって」

もう一度声をかけられ恐る恐る振り返る。すると、そこにはいかにもな不良が立っていた。
身長が180センチ程あり、赤く染めた髪の毛がすぐさま目に入る。自分と同じネクタイの色なので同学年とは分かったが、その姿はとても高圧的で、僕の心を折るのは簡単だった。

「ひ、ひぃ!すみません!」

脊髄反射で謝る。その速さは世界的な陸上選手のスタートより早かった気がする。

「お前人の顔みて驚くのは酷いだろ…それになんで謝ってんだよ」

「い、いや突然の事に少し驚いて…」

男は少し困った顔をして「まぁ、いいけど」と頬をかく。その仕草は見た目とは打って変わって、少し可愛さすら感じる。

「これ、落としたぞ」

そう言って彼は僕に小さなシュシュを手渡してきた。
いやいやいや、待て待て。なんでこれがここにある。それより、見られた。まずい、どうする。どうしよう、そんな事だけが頭を回る。
段々と顔が青ざめていくのがわかる。

あの時と同じだ。「気持ち悪い」その一言を言われた時と同じ。
何度思考を巡らせても返す言葉がでない。言い訳なんていくらでもある筈なのに、テンパって声も出ない。

「あの、え、あの…えっと、これは違くて」

「何、そんな怯えてんだよ。落し物拾っただけじゃねぇか…」

また困った顔をする男。彼は少し考えた後、手をポンと叩いた。

「あぁ、大丈夫。誰にも言わないから。分かる分かる。男だしな」

その言葉にハテナが浮かぶ。彼は一体何を言っているのだろうか。男がシュシュなんてしないだろうと困惑するが、直ぐそれが勘違いだと彼の言葉で気づく。

「大丈夫。女子の事凝視してキモがられてたなんて誰にも言わなから!」

「ちがーう!!」

「え?」

「別にそういうつもりで見てない!!」

「は?いや、じゃあどういうつもりで見てたんだよ…」

「それは…」

言いかけて言葉を濁す。言えるはずもなかった。僕は俯く。

「まぁ、いいや。とりあえずなんかあれだし場所移そうぜ」

そう言って彼は歩き出す。
僕は一体何処へ連れていかれるのだろうかという恐怖に襲われるが、ついて行くと意外にも連れてこられたのは普通の校舎横のベンチだった。
彼は僕に座る様に諭し、自分は自販機の方へと向かった。その間にどの様に言い訳するか考えていると、目の前に水が現れた。
「ほらよ。水で悪いけど」そう言って差し出された飲み物は僕の横に置かれる。僕が断りを入れようとすると、彼は「もう二本買っちゃったしなぁ」と言われてしまったので、渋々頂くことにした。

「なんか、ありがとうございます」

「いえいえ。あ、まだ名前言ってなかったわ!俺は相良京平さがらきょうへい。京平って呼んで。お前は?」

「ぼ、僕は日向夕希ひなたゆうきです」

「夕希ね。で、どうしたの?」

僕は人に呼ばれなれてない下の名前に違和感を感じる。しかし以外にもそれは嫌では無かった。見た目とは裏腹に、どこか節々に優しさを纏う京平が僕は不思議に思えた。

「きょ、京平くんは…」

「京平でいいって」

「きょ、京平は初めて話した僕になんで優しくしてくれるの?」

京平は「はぁ?」と漏らすと、癖なのかまた頬をかく。

「夕希は一体さっきまでの俺のどこに優しさを感じたわけ?」

「だって落し物を拾ってくれたし、水も買ってくれたし…」

「いやいやいや、お前今までどんな奴と付き合ってきたわけ?てか、なんなら俺の事なんだと思ってたんだよ」

京平は笑いながら僕の頭をクシャクシャと撫で回す。僕はそれを直しながら京平を見る。
どこからどう見ても僕の様な人間に優しくするタイプでは無い。なんならカツアゲされるのかとすら思った。もしかして僕は友達がい無さすぎて普通が分かってないのか?

「…もしかしてお前友達いなかった?」

京平はひとしきり笑った後何も言わない僕を見てまずいと思ったのか、そう確認してきた。なんならそっちの方が失礼だと思ったが僕は小さく頷く。

「それって自ら望んで?それともただ友達出来なくて?」

「望んで」

「なんだよ、俺やっとツレが出来たと思ったのになぁ」

「そうかぁ」と悲しそうな顔をする京平。いやいや、なんで友達になるならないの話になってるの?

「お前がそれでいいなら俺は良いけどさ。しょうがないから」

子犬の様にこちらを見てくる京平。やめてくれ!ヤンキーがそんな目で見てこないでくれ!

「いい、よ…」

「ん?」

「友達になってもいい…」

「おぉ、まじかよ!俺もしかしてお前の友達第一号?」

「流石にいた事はあるよ!!」

「そりゃそうか、わりぃわりぃ」

く、絆されてしまった。でも京平なら良い奴だし友達になっても…いや、あまり深く関わらない方がいい。過去に自分がした過ちを思い出せよ。

「それにしても、さっきのシュシュお前の妹さんとかのやつ?あ、それともお前がつけてるとか?」

「っ!?」

僕は突然の京平の言葉にギョッとする。冗談で言ったつもりなのは分かっている。過剰に反応したのも分かっている。それでも僕は体の震えが止まらなかった。
怖い。この後の言葉が怖い。京平を見るのが怖い。
『気持ち悪い』それは簡単な言葉で、僕の心を縛り付ける鎖。それは心臓の奥底に刺さっている。

「え、ま、まじ?」

京平の声色から戸惑いが分かる。京平はアイツとは違う事は分かっている。それでも動悸が激しくなる。吐きそうになる。喉が狭まっているように感じ息が出来なくなる。

「ごめん。いや、このごめんってのは茶化した事に関してな。お前の事見てたらそれでどんな目にあったかも何となく分かった気がする。だからこそ俺の本心を言っていいか?」

これは京平の優しさだ。やっぱり僕が思った通り京平は優しい人なんだ。僕が傷つかないように言葉を選んでいる。
僕は京平の言葉に小さく頷く。すると、京平は小さな声で「見てみたい」と呟いた。
え?

「なんて?」

困惑して僕は思わず聞き返す。

「だから、お前の、そのシュシュをつけてる所を見たいっていたっんだよ」

「それ、バカにしてるの?それとも気を使ってる?」

「さっき本心って言っただろうがよ。確かにお前は今苦しいのかもしれないけど、俺は今めちゃくちゃ恥ずかしいんだぞ!!」

「ほ、本当に見たいの?僕ただの男だよ?その辺にいる様な、友達もいない根暗だよ?」

「だからそうだって!!ていうか本当はお前の少し長めの髪を見た時から綺麗な黒髪だなって。それにこのシュシュも似合うんじゃないかって思ったんだよ!!」

顔を赤くしながらそう叫ぶ京平。予想だにしない答えに僕まで恥ずかしくなる。

「後悔しない?」

「しない」

「文句言わない?」

「いわねーよ!しつけぇな。ツレの嫌な文句なんて言うかよ」

「分かった…」

少し顔を背ける京平。僕はその間にシュシュをつけ、京平の袖を掴む。

「ほら、やっぱり似合ってんじゃん」

京平のその言葉に思わず泣き出してしまった。今までの事、自分の過去を精算する京平の言葉は僕が一番欲しかった言葉だった。
突然泣き出した僕を見て京平はアタフタする。それを見て僕は笑ってしまった。泣きながら、思わず笑みが零れたんだ。

「ほら、鼻かめ、鼻」

「なんでヤンキーがティッシュ持ってるの…」

京平からティッシュを受け取り鼻をかむ。その間に京平が「俺はヤンキーじゃねぇ!」とか、「自分を曲げないだけだ」とか言ってたけど僕の鼻をかむ音でかき消されていく。

「落ち着いたかよ」

「うん、ありがとね」

少しの間沈黙が支配する。けどその沈黙は心地のいいもので、ずっとこのままでいいとすら思った。だけど、その沈黙を破ったのは僕の方だった。

「僕さ、女装が趣味なんだよね」

僕がそう言うと京平は真剣な眼差しで、一切茶化すこと無く頷く。
僕は全て話した。過去に何があったか。どうして僕はこうなったのか。京平はただただ優しく頷いてくれた。

「よくある話でしょ?それでも僕は京平に救われた気がする」

京平はまた僕の頭をクシャクシャにする。言葉を探しているのか、少し沈黙していた。
京平の頭を撫でる強さはさっきより優しい。きっとこれも彼の重荷にしてしまった気がする。

「好きな事否定されるのはつれぇよ。俺も同じ思いした事あるから分かるよ。昔さ、どこの誰が俺に言ったのかは全然覚えてないんだけどさ、俺の心にずっと残ってる言葉があるんだ。『逃げた事に意味があっても、逃げた場所に意味があったのか』って」

逃げた事に意味があっても、逃げた場所に意味があったのか、かぁ…

「確かに夕希がそう言われた事は辛っかたろうし、俺には分かんない位苦しい思いをしたと思う。でもさ、楽な方へ楽な方へ行ってるとさ、いつか本当にダメになると思うんだよ。たがらさ、俺からでいいから次へ進んでかないか?って、まぁ初めて話したやつが言うことじゃねぇや」

そう言いながら頬をかく京平。

「京平って困ると頬をかくよね」

「そうか?ってめっちゃ真面目な話ししてたんですけど!?」

「ごめんごめん。ありがとね京平。もっと早く出会ってたら男だけど京平の事好きになってたかも」

「おっ!ちゅーするかちゅー」

「バカっ」

「じゃあ帰るか。また明日な、夕希」

「また明日、京平」

また明日、か。
僕はカバンと水を持って京平に手を振り、見送った。
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