カルバート

角田智史

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 サンボウ 2

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 様々な事が、走馬灯のように頭の中に出ては消え、出ては消え。

 延岡に来てから、その僕の中で、濃い、濃い、一日、一日が、何もなかった事になる。

 人が一人死んだのと、同じ感覚だった。
 
 最初に、こちらに来てから、初めて2人で飲みに行った事。
 ママレードに連れていった事。
 「お前、真理恵に手出すなよ」と言った事。
 MKに連れていった事。
 MKで馬鹿みたいに飲んで、歌った事。
 喧嘩のようになって、店の外で話した事。
 まきからの返信に一喜一憂していた事。
 MKのスタッフの有り無しを話していた事。
 誰にも言えないような女の子の話をしていた事。
 ブスな女の飲み代を払わなければいけなくなったあの日。
 山之内とのめんどくさい絡み。
 毎度、気づけば1時間近く電話して話していた事。
 車の中で、馬鹿話して無駄に時間を潰した事。
 ずっと課題だった嫁との話。
 一緒に飛び込み営業していた事。
 聞くに堪えない支社長との絡み。
 しずかと飲んだ時のめんどくささ。


 その全てが、跡形もなく無くなった。

 僕が知っている正造は、もうこの世にいない。
 
 それなのに、当の本人は、生きている。
 

 やるせない。


 それしかなかった。まだ死んでくれた方がスッキリしたのに、そんな思いさえ込みあがってきた。


 ストレス。
 ハラスメント。
 そう言われれば、もろもろ許されるような時代である。
 決して非難はできない。

 涙と鼻水をダラダラと流しならも、僕の脳裏を、赤面症の女の子の話がよぎっていた。
 
 人前に出ると赤面してしまう、という症状を持った女の子がいた。
 「赤面症が治ったら、お付き合いしたい男性がいる。」
 そう言う彼女の赤面症が治らない原因。

 それは赤面という症状を必要としているからだった。

 彼女にとって最も恐れるべき事、最も避けたい事は、意中である彼に振られる事。失恋により「わたし」の存在や可能性を全て否定されてしまう事。
 「赤面症」というものを持っている限り、「彼とお付き合いできないのは、この赤面症があるからだ。」と考える事ができる。告白もしないで済むし、振られたとしても自分を納得させる事ができる。そして「もし赤面症がなかったら私だって…」と可能性に生きる事ができる。
 つまり、自己防衛として、自ら望んで、赤面症を直さないようにしている。という話だった。

 人間が望めば、それは、形になっていく事を僕は知っている。

 真偽。
 その問題も完全になくなる事はないだろう。

 ただ、僕の中では、彼が最も恐れるべき何か、避けたい何か、彼はそれらから逃げ出したかったのではないか。
 つまり、その何かを
 「思い出したくない」「覚えていたくない」
 そう彼が強く願っているのではないか。
 その事を、彼自身が認めてしまえば、「正造」の存在や可能性が全て否定されてしまう。
 そうならない為の自己防衛として、自ら望んで彼は倒れ、可能性に生きていくその為に「記憶を失くす」その症状が必要だったのではないだろうか。
 自ら「記憶を失くす」という選択をしたのではないか。
 
 僕は頭の中で、赤面症の女の子と正造とを、リンクさせていた。



 
 
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