VaD

正君

文字の大きさ
上 下
30 / 40
DIVA

04.三女(魚座)

しおりを挟む
 愛したかった。

 彼女の肌は雪のようだ。
 穢れを知らない天使のようだ。
 幼い頃からそうやって思われ、そうやって育てられ、今年でもう25だというのに幼子のようなワンピースを着せられている。
 装飾品のように。崇拝するように、私はいつだってそうやって見つめられていた。

 穢れを知ってはいけない。菌に触れてはいけない。有害な何かに近付いてはいけない。
 そんな事を言われ、そんな風に生きさせられていた。

 変なやつから言われる。
「愛されてるから良いじゃん」なんて。
 ふざけるな。私は自由に生きたいのに。

 25の誕生日に、私の美しさのせいで、私を神の子として崇める団体が現れた。
 そいつらのおかげで、私は尚更生き辛くなってしまった。
 風呂や排泄に至るまでを監視される日々。
 そんな日々を「愛されてるから良いじゃん」なんて言いやがったあの馬鹿の顔をひっぱたいてやりたかった。
 今すぐにでもひっぱたいてやりたい。
 金を払えば許されると思ったか?
 謝れば許されるか?
 そんなわけがないだろ。何をしたって許せるわけがないだろ。

 ある時、もう我慢できないと腹が立った私は、自分の筆箱からボールペンを取り出した。
 それで、自分の腕へ何度も線を引き、めちゃくちゃな絵を描いた。
 みみず腫のように腫れ上がる腕、バランスの悪い薔薇。
 それを見て私は、気分が高揚した。
 とても綺麗だ。そう思った。
 冷やされ、怒鳴られ、蔑まれた。
 それでも私は、綺麗だと思った。思っていた。


 25の最後の夜、家から抜け出した私が向かった先は、タトゥーショップだった。
 あの時のアンバランスな薔薇を忘れられなかった。
 タトゥーショップにいた虎のタトゥーが入った二人の女の子が、私の体を見てこう言った。
「綺麗なキャンバスだね」

 ああ。

 なんだ、バレないんだ。
 じゃあ、いくらいれたって、何も変わらないじゃないか。
 みんな、私の表面しか見ていないじゃないか。
 服の下に何があっても、腹の底に何があっても、みんな気付かないんだ。

 排泄だって隠そうと思えば隠せたんだよ。
 セックスだろうがオナニーだろうが隠そうと思えば隠せんだよ。バカみたいだな。
 変わらず純と呼ばれる私。

 一夜を共にした相手。顔が好みで口が固そうな信者のうちの一人。そいつにタトゥーがバレた。
 少し怖かった。もし、こいつが私の事を慕う馬鹿共にチクったらどうしよう、と。


 彼は私の頭を撫でた。
「嫌だったね」
 驚いた。
「言ってくれてありがとう」
 抱き締めてくる彼。
「あ……」
「…あのね、いくら、どんな人に慕われようが」
「うん」
「君が嫌なら嫌って言っても良いんだよ」
「……うん」
「君の事を救えはしないかもしれないけど、理解者にならなれるから」
「理解者にもなれるわけないだろ、救う気無いなら離せや気持ち悪い」


 見下すな。同情もするな。
 私は私として生きる。
 崇拝されながらも、馬鹿共の裏で綺麗なキャンバスにタトゥー入れまくってやる。
 好き勝手に絵を書いてやる。
 色んなものを吸収して好き勝手に生きて死んでやるんだよ。
 私の物語は悲劇じゃない。
 何が悲劇だ、ぶち殺すぞ。
しおりを挟む

処理中です...