「I」の方舟

黒乃世界

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デイズ オーバーフロー

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 世界が終わって、久しい。
「おはよ。朝からわんぱくでよろしいことだ」
 それはある晴れた日のこと。聖人だとかなんだとかうたわれ続けて長くなるが、そんな自分のもとに数十人の子供たちが雪崩のように押し寄せた。
 旅立ちの日の記念ということで、聖堂に集まった数人の子供達にこの世界の始まりを語り聞かせようとしているところ。
 聖堂と言っても宗教めいた豪華美麗な教会とかじゃあない。役目を終えた自分が、思い出に浸るのに心地よい居場所だ。煉瓦式の素朴な一軒家。ここだけはあの頃のまま。時間も色も、全てが風化しても存在している。
「こんな錆びれきった哀れなる木造屋敷によくぞお越しくださいました。それじゃ社会のお勉強がてら、みんなの始まりをドヤ顔で聞かせ奉ること神妙に願う。・・・・・・ゴホッ、ケホ、コホ・・・・・・ほらそこあんちゃんかわいこちゃんに意地悪しな――い」
 凍てついた世界の祈りを空の向こうへ、遥か彼方へ届けること。それだけを目標に生きてきた。
 今でも瞼を閉じれば自然と浮かびゆく。自分が彼の者と過ごした日々を。黄金の黄昏を。
 輝かしい時間。 着実に終末へと足を運ぶ世界に対して、産まれたばかりの少女と、止まったままの青年の、ちょっとした抵抗の時間。
 この時間だけは、気が遠くなる時間を経ても昨日の事のように思い出せる。
「七十億もの可能性が一瞬にして消えた日のこと、そして何も無い場所から見えた一つの光のこと」
希望を乗せた舟が出るまで、あとわずか。暇つぶしの道具にされてやろう。
 さあ、どこから話したものだろう。目を輝かせている子供達の期待を裏切ってはならない。きちんと整理してゆっくりと面白おかしく話そう。その為にはあの頃の感情から根底にある全てを掘り起こさなきゃいけない。だから、時を巻き戻す。
 すべてはあの日、あの場所で、愛しいものに出会った事から始まり、そして終わった。
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