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第五章 記憶
5-4. 受け継がれた色
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しん、と静まり返った広場に、茜色の陽が差し込んで、全て朱に染めていく。
それを見つめるユウリの瞳は、光を反射して黄昏色に揺れていた。
「……聞かされていた最期の魔法は、二人の命を使って、ただ一度だけ使える魔法でした。グンナルの命を燃やした炎がその痕跡を消し、誰にも対象の行き先を追跡できなくなる転移魔法。シーヴの命を結びつけて、それが尽きるときに発動し、私の魔力を封じ込めながら記憶を全く違ったものに書き換える封印魔法。絶対に使うことはない万が一の保険だ、と言われていたのに、結局は、私がそれを使わせてしまったんです」
ぽろりと、一粒の涙がユウリの瞳から零れる。
「だけど、そんな大事な二人の命を懸けた魔法は、不完全だった。多分追っ手から逃げるときに魔力を使いすぎていたんだと思います。私のこの魔力を跳ね除けるには、彼らの命ですら十分ではなかった。それが、二人の誤算でした。シーヴの魔法は、《始まりの魔女》としての私を封印するものでした。命の鎖で私の魔力を抑え込み、記憶の中の二人を両親と書き換えて、彼らの事故死の末に天涯孤独となった少女を作り上げるもので、けれどその少女は力の使い方だけはちゃんと正確に憶えているはずだったんです。暴走させないためにも、逃げ切るにも、必要だからって。二人は、多くを教えてくれていました。都合の悪いことも、たくさん」
ユウリは、ラヴレをちらりと見た。静かに聞き居るその表情からは読み取れないが、彼はユウリが今から告げる事実を知っているのではないか。
「《始まりの魔女》は教会に封印された後、完全に消滅させられました」
ラヴレ以外の、そこにいる全員が息を呑む。
《魔女》の封印は、周知の事実であった。彼女は封印され、《最果ての地》に今でも祀られているというのが、歴史書等に記される事実。
その、世界に平和をもたらした英雄であるが故に封印されてもなお信仰の対象ともなる《魔女》が、実は消えて無くなっている。それを、教会が隠蔽していたというのだ。
「だけど、シーヴのご先祖様が、ただ消えてしまう《魔女》を哀れに思って、消滅の儀式の最中に、危険を冒してまで、密かに転生の呪文を組み込んだ。滅んでしまった肉体を、魔力とともに再生復活させる転生の魔法。新たな《魔女》として誕生すれば、歴史の反復を恐れることもないかもしれないと、記憶までは再生することが出来なかった。そうして、私が生まれたと聞きました。この機械時計も、そのご先祖様が作り上げ、受け継ぐことによって、新しく生まれた《魔女》を、危険が去るまで教会から隠そうとした。だから、私は絶対にこれを外してはいけなかったのに」
溢れて止まらなくなった涙を拭いもせず、ユウリは自身を断罪する。
誰も、口を挟めない。
「私の魔力が溢れすぎて、大き過ぎて、結界さえも破って、簡単に見つかってしまった。あの時やってきた追っ手は、二人が恐れていた通り、教会だったのだろうと思います。また私を、《魔女》を消滅させようとして。それを阻止するために、シーヴは私の力を残したまま『少し魔力が多いだけのただの孤児』にしようとしたんです。追っ手から逃げおおせるように十分な力は残して、けれど《魔女》として、一人怯えて生きなくてもいいように。それが失敗してしまったから、私は《始まりの魔女》として、それと向き合って生きなければいけない。私のために、もう誰も犠牲にならなくていいように、この力は残されたのだと信じて」
そう言って、ユウリは泣きながら微笑んだ。
その顔は、今まで以上に、強い決意の光を灯していた。
未熟さ故に最愛の人々を喪くしてしまった彼女が、その絶望を背負って闘うという強い意志。
瞳を伏せたユウリは、慈しむような声音で続ける。
「私、聞いたことがあるんです。どうして二人は、私と一緒にいてくれるのって。だって、そうでしょう? なんの見返りもない、ただ危険が伴うだけの使命を全うする必要なんて、二人にはないのに。命まで懸けて、私を逃がす必要なんて、どこにもないのに。そうしたら、シーヴはいつだってこう言うんです。この髪と瞳に懸けて、私はユウリ様を幸せにすると誓ったんですって」
それは最早、母の愛に近かったのではないかとユウリは思う。
本当の両親なんて持たない彼女が、唯一触れた無償の愛。
あの時の哀しみと絶望が、チリチリと胸を焼く。
けれど、彼女は聞かなくてはならない。
「シーヴのご先祖様は、自分の家系に一種の呪いを掛けたそうです。強い力と心を持った子孫に、自分と同じ髪と瞳が受け継がれるように。そうすれば、自ずと使命が果たされると信じながら」
ユウリは、そこで言葉を切って、その濡れた瞳で、ラヴレを真っ直ぐと見据えた。
「だから、学園長。教えてください」
困ったように微笑みを返した彼に、投げ掛ける。
「何故、貴方の髪と瞳は、シーヴと同じ色なんですか」
それを見つめるユウリの瞳は、光を反射して黄昏色に揺れていた。
「……聞かされていた最期の魔法は、二人の命を使って、ただ一度だけ使える魔法でした。グンナルの命を燃やした炎がその痕跡を消し、誰にも対象の行き先を追跡できなくなる転移魔法。シーヴの命を結びつけて、それが尽きるときに発動し、私の魔力を封じ込めながら記憶を全く違ったものに書き換える封印魔法。絶対に使うことはない万が一の保険だ、と言われていたのに、結局は、私がそれを使わせてしまったんです」
ぽろりと、一粒の涙がユウリの瞳から零れる。
「だけど、そんな大事な二人の命を懸けた魔法は、不完全だった。多分追っ手から逃げるときに魔力を使いすぎていたんだと思います。私のこの魔力を跳ね除けるには、彼らの命ですら十分ではなかった。それが、二人の誤算でした。シーヴの魔法は、《始まりの魔女》としての私を封印するものでした。命の鎖で私の魔力を抑え込み、記憶の中の二人を両親と書き換えて、彼らの事故死の末に天涯孤独となった少女を作り上げるもので、けれどその少女は力の使い方だけはちゃんと正確に憶えているはずだったんです。暴走させないためにも、逃げ切るにも、必要だからって。二人は、多くを教えてくれていました。都合の悪いことも、たくさん」
ユウリは、ラヴレをちらりと見た。静かに聞き居るその表情からは読み取れないが、彼はユウリが今から告げる事実を知っているのではないか。
「《始まりの魔女》は教会に封印された後、完全に消滅させられました」
ラヴレ以外の、そこにいる全員が息を呑む。
《魔女》の封印は、周知の事実であった。彼女は封印され、《最果ての地》に今でも祀られているというのが、歴史書等に記される事実。
その、世界に平和をもたらした英雄であるが故に封印されてもなお信仰の対象ともなる《魔女》が、実は消えて無くなっている。それを、教会が隠蔽していたというのだ。
「だけど、シーヴのご先祖様が、ただ消えてしまう《魔女》を哀れに思って、消滅の儀式の最中に、危険を冒してまで、密かに転生の呪文を組み込んだ。滅んでしまった肉体を、魔力とともに再生復活させる転生の魔法。新たな《魔女》として誕生すれば、歴史の反復を恐れることもないかもしれないと、記憶までは再生することが出来なかった。そうして、私が生まれたと聞きました。この機械時計も、そのご先祖様が作り上げ、受け継ぐことによって、新しく生まれた《魔女》を、危険が去るまで教会から隠そうとした。だから、私は絶対にこれを外してはいけなかったのに」
溢れて止まらなくなった涙を拭いもせず、ユウリは自身を断罪する。
誰も、口を挟めない。
「私の魔力が溢れすぎて、大き過ぎて、結界さえも破って、簡単に見つかってしまった。あの時やってきた追っ手は、二人が恐れていた通り、教会だったのだろうと思います。また私を、《魔女》を消滅させようとして。それを阻止するために、シーヴは私の力を残したまま『少し魔力が多いだけのただの孤児』にしようとしたんです。追っ手から逃げおおせるように十分な力は残して、けれど《魔女》として、一人怯えて生きなくてもいいように。それが失敗してしまったから、私は《始まりの魔女》として、それと向き合って生きなければいけない。私のために、もう誰も犠牲にならなくていいように、この力は残されたのだと信じて」
そう言って、ユウリは泣きながら微笑んだ。
その顔は、今まで以上に、強い決意の光を灯していた。
未熟さ故に最愛の人々を喪くしてしまった彼女が、その絶望を背負って闘うという強い意志。
瞳を伏せたユウリは、慈しむような声音で続ける。
「私、聞いたことがあるんです。どうして二人は、私と一緒にいてくれるのって。だって、そうでしょう? なんの見返りもない、ただ危険が伴うだけの使命を全うする必要なんて、二人にはないのに。命まで懸けて、私を逃がす必要なんて、どこにもないのに。そうしたら、シーヴはいつだってこう言うんです。この髪と瞳に懸けて、私はユウリ様を幸せにすると誓ったんですって」
それは最早、母の愛に近かったのではないかとユウリは思う。
本当の両親なんて持たない彼女が、唯一触れた無償の愛。
あの時の哀しみと絶望が、チリチリと胸を焼く。
けれど、彼女は聞かなくてはならない。
「シーヴのご先祖様は、自分の家系に一種の呪いを掛けたそうです。強い力と心を持った子孫に、自分と同じ髪と瞳が受け継がれるように。そうすれば、自ずと使命が果たされると信じながら」
ユウリは、そこで言葉を切って、その濡れた瞳で、ラヴレを真っ直ぐと見据えた。
「だから、学園長。教えてください」
困ったように微笑みを返した彼に、投げ掛ける。
「何故、貴方の髪と瞳は、シーヴと同じ色なんですか」
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