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第六章 学園カウンシル
6-9. 揺れる心
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翌日授業が終わった午後、ユウリは執務室へと向かった。
リュカに会うのは非常に気不味いのだが、ヴァネッサと約束した手前もあるし、ユウリ自身も彼の心情を思うと、逃げることはフェアではないと思う。
ノックの後にゆっくりと扉を開くと、長椅子に横たわるヨルンしか居らず、ユウリは少しホッとした。
起こさないようにソファに座り、ユウリは今日の復習を始めたが、長椅子の方に目を移して、気持ち良さそうな寝息を立てるヨルンに、暖かい気持ちになる。
(本当に、綺麗だな)
ユウリは、ヨルンの銀色が好きだった。
シーヴの色を思わせる、その瞳が優しげにユウリに向けられると、心から安心出来る。
大きな手で撫でられると、暖かくて、安心できて、無限に甘やかしてもらえそうな、そんな甘ったれた気分にさせられる、魔性の手だと恐ろしくなることもある。
そんな暖かな気持ちを、リュカは自ら放棄してしまっていた。
それなのに、親衛隊なんかを侍らせて、無意識に心の隙間を埋めようとしているその矛盾が、彼の傷の深さを表している気がして、ユウリはとてつもなく切なくなる。
ヴァネッサの言うように、裏切らず誠実に、なんて単純なことを、誰も信じない姿勢のリュカに伝えるのが一番難しいのではないか。
ユウリがそんな考えを巡らせながら、銀の美しさに見惚れていると、執務室の扉が勢いよく開いて、眠りから覚めたヨルンと目が合ってしまう。
「おはよう、ユウリ」
機嫌良さげな声音でヨルンに微笑まれて、ユウリの心臓が跳ねた。
けれど、執務室に入ってきたのがリュカとわかって、必死に平静を装う。
「おはようございます、ヨルンさん。こんにちは、リュカさん」
「やあ」
軽く言うと、リュカはユウリの向かいのソファに腰掛けた。
いつもの鬱陶しいくらいの態度が嘘のように素っ気ないリュカに、戸惑う。
「レ、レヴィさんがいらっしゃらないなら、私がお茶、淹れましょうか」
「ん、別に良いよ。直ぐに出るから」
「ユウリ。お茶、淹れるなら俺にも頂戴」
「あ、はい!」
いつもと違う空気に気づいていないのか、ヨルンは眠たげな目を擦りながら、欠伸をした。
居心地の悪さを払拭するように、ユウリはバタバタと準備を始め、レヴィに教えられたことを思い出しながら、先週彼が仕入れたという新茶を振る舞う。
一応要らないと言っていたリュカの前にもカップを置くと、彼は苦笑しながらもお礼を言い、ユウリの緊張が少し解れた。
(あ、完全に避けられている訳ではないんだ)
余計なことを言ってリュカの古傷を抉ってしまったせいで、もういつもの様には接してもらえないかもしれないと心配していた。
胸を撫で下ろしていたのを見て、ヨルンが不思議そうな顔でユウリを覗き込む。
「ユウリ、大丈夫?」
「あ、大丈夫ですよ。お茶、ちゃんと淹れられてると良いんですけど……」
語尾がフェードアウトしていくユウリの横に、ヨルンは腰を下ろした。
え、と見上げた彼女を、いつもの様に外套で包んで、頭を撫でる。
「上手に出来てるよ」
「あ、ありがとうございます」
「本当にユウリは、努力家だねぇ」
と言いつつ、髪に頰を擦り寄せるヨルンに、ユウリの心臓は早鐘を打っていた。
(褒めてくれるのは嬉しいけど、近い!)
多分赤くなっているであろう頰を意識しない様に、ティーカップを口元に運ぼうとしたユウリの耳に、は、というリュカの嘲笑の様な呟きが聞こえる。
驚いてそちらを見ると、彼は指先で自身の長い前髪を弄んでいた。
「ヨルンはさ、それ、わざと? それとも、本気で気付いてないの?」
「リュカさん?」
リュカの表情は、いつものニヤニヤとした不敵なものだったが、ユウリは彼の目が全く笑っていないように見える。
「わざとなら、すんごく性格悪いよね」
「え、何、リュカ。怒ってる?」
「本気で気付いてないのも、それはそれで、ユウリが可哀想」
「ちょ、リュカさん、何言ってるんですか?」
慌てて止めようとするユウリをちらりと見て、リュカは溜息を吐いた。
「ユウリも、ユウリだよ。いつまでそれに甘んじてるの」
「え? ユウリ?」
「い、いいんです! ヨルンさんは気にしないで!」
暖かさに心を埋めて考えないようにしていた感情を、ヨルンに気取られたくなくて、ユウリはぶんぶんと首を振る。そして同時に、何故リュカがそんなに苛立っているのか、よくわからなくて不安になった。
頼り甘えるという行為は、ユウリにとって、ずっと未知のものだった。何の記憶もない異端の幼子は、周りの人間の顔色を伺い、決して弱味を見せず、常に溶け込もうと必死で、誰かに無条件に受け入れてもらうということを知らなかった。
けれど、シーヴとグンナルとの日々とその心地よさを思い出してしまうと、それをずっと渇望していたことを思い知らされた。
だから、手放しで甘やかして包み込んでくれるヨルンに抱く感情は、それと同じものだと思い込もうとしたのだ。
ユウリの頭を撫でる大きな手や、優しく細められる銀の双眸、穏やかな低音で呼ばれる自分の名前。
それらを想像すると、胸の奥がぎゅうっとして、直ぐにでもその温もりを感じたくなって、切なくなるのは、シーヴやグンナルを思うそれとは、少し違っていたというのに。
ヨルンが優しくしてくれる度、その感情はユウリの中でどんどんと大きくなっていき、もっともっとと求めてしまう。その先に何があるのかわからないのに、それを欲する自分が怖くて、ユウリはずっと目を背けていた。
ユウリはふと、リュカの視線がどこか寂しげで、それでいて、ひどく何かに怯えているような光を孕んでいることに気付く。
それで、彼が何に苛立っているのか、何となくわかってしまった。
「リュカさん。私は、ヨルンさんの優しさに救われていますよ」
「え?」
「そ、そりゃあ、ちょっとは、ホラ、挙動不審になったりしますけど、それはやっぱり嬉しくて、でも、それをどう言っていいかわからなくて」
いくら彼が鈍いと言っても、直接的な言葉をヨルンの目の前で言うことは流石に憚られるが、ユウリは精一杯、リュカに伝えようとする。
それを感じているのか、ヨルンはただ黙ってユウリの頭を撫でた。
「私は、例え失くしてしまうとしても、また傷ついてしまうかもしれないとしても、全部捨ててしまうことは出来ないです。だって、幸せな時間を知ってしまったから。もしかしたら、裏切られたり、悲しい思いをするかもしれません。でも、私が自分の誠実さを忘れなければ、その幸せな過去が嘘になることはないと思います」
ユウリの言葉に、リュカは一瞬驚いたように瞠目する。
「何、それ? 同情かなんか?」
「違います!」
「リュカ、どうしちゃったの? 俺とユウリが、何かした?」
「別に。綺麗事だらけだなって、思っただけ」
プイとそっぽを向いたリュカは、少なからず動揺していた。
あれ程までに愛した女性はいなかった。
クリスティーナがそこにいるだけでとてつもなく幸せで、彼女の澄んだ鈴のような声音が耳をくすぐるだけで満たされた。
魂を引き裂かれたかのような別れの時ですら、思い出されるのは自分に向けられる輝かんばかりの笑顔と柔らかに名前を呼ぶ声。
あの手紙を受け取った時、リュカは、ヴァネッサに零した通り、心から安堵していた。
あの笑顔が失われたわけではないと、どこか遠くで彼女は幸せなのだと、怒りや焦燥よりも先に、何よりもホッとしたのだ。
その姿を二度と目にすることはないという絶望すら、忘れていた。
けれど、心の奥に未だ燻る熱を見ないように、リュカは全てを投げ出してしまった。そこに想いを馳せることは、同時に、酷い喪失感をも呼び起こす。だから、何者にも執着したくないし、されたくもない。誰しもその眼差しの奥に打算が見え隠れしている気がして、嫌でもその先にあるかもしれない心変わりを想像してしまう。
それなのに、《始まりの魔女》として現れたユウリは、真っ直ぐにリュカを射抜いてきた。
あらゆる物事を支配しても有り余る魔力を持ちながらも、まるで裏表のない純真無垢な視線。
どんな逆境でも自ら立ち上がり、闘う姿。
人を信じて、疑わない強さ。
いつもと同じように、揶揄って苛めて弄んでしまえばいいと思った。
けれど、怒りながらも、呆れながらも、彼女はリュカの心情を推し量ろうとしていた。
地位や名誉なんて目にもくれず、リュカをリュカとして、向き合っていた。
彼女も喪くしてしまった大切なものがあるはずなのに、凛として前向きで、再び大切な人を作ることすら恐れていなかった。
だから、柄にもなく、感情が揺れた。
嘘をつくことなんて、隠すことなんて、造作もないことだったのに、ユウリの前ではそれらが全て剥ぎ取られてしまったかのように、苛立ったり、喜んだり、切なくなったり、自分の感情に引っ張られる。
ヨルンに対する苛立ちだって、基を質せば、ただの嫉妬だ。
少なからず、リュカはユウリを慕っていた。
暖かい感情を思い出せそうで、揶揄いながらも、その純粋な反応に癒されていたのだ。
けれど、当の本人の好意は、自分ではない誰かに向けられている。
例えそれが報われなくても良いというように、ただ寄り添い、見つめて、一挙手一投足に一喜一憂するその様は、まるであの日の自分のようで、馬鹿馬鹿しいという思いの裏で、チリチリと焦げる胸の奥が酷く煩わしかった。
そして、ユウリに心を許しかけた自分への自虐と八つ当たり。
それを、ユウリは悟り、何と言った?
——自分の誠実さを忘れなければ、その幸せな過去が嘘になることはない
まるで、断罪だ。
今まで不誠実に生きてきた自分自身が、あの幸せだった感情をも否定し、自らを苦しめているのだと。
失われたとしても、その時の幸福は、真実ではなかったのかと。
後ろ手に執務室の扉を閉めて、リュカは自嘲する。
(ざまあない)
《始まりの魔女》であっても、魔力が桁外れなただの少女。
どんなにクリスティーナに似ていると言っても、彼女ではない。
それなのに、どうしてここまで揺さぶられるのか。
リュカに会うのは非常に気不味いのだが、ヴァネッサと約束した手前もあるし、ユウリ自身も彼の心情を思うと、逃げることはフェアではないと思う。
ノックの後にゆっくりと扉を開くと、長椅子に横たわるヨルンしか居らず、ユウリは少しホッとした。
起こさないようにソファに座り、ユウリは今日の復習を始めたが、長椅子の方に目を移して、気持ち良さそうな寝息を立てるヨルンに、暖かい気持ちになる。
(本当に、綺麗だな)
ユウリは、ヨルンの銀色が好きだった。
シーヴの色を思わせる、その瞳が優しげにユウリに向けられると、心から安心出来る。
大きな手で撫でられると、暖かくて、安心できて、無限に甘やかしてもらえそうな、そんな甘ったれた気分にさせられる、魔性の手だと恐ろしくなることもある。
そんな暖かな気持ちを、リュカは自ら放棄してしまっていた。
それなのに、親衛隊なんかを侍らせて、無意識に心の隙間を埋めようとしているその矛盾が、彼の傷の深さを表している気がして、ユウリはとてつもなく切なくなる。
ヴァネッサの言うように、裏切らず誠実に、なんて単純なことを、誰も信じない姿勢のリュカに伝えるのが一番難しいのではないか。
ユウリがそんな考えを巡らせながら、銀の美しさに見惚れていると、執務室の扉が勢いよく開いて、眠りから覚めたヨルンと目が合ってしまう。
「おはよう、ユウリ」
機嫌良さげな声音でヨルンに微笑まれて、ユウリの心臓が跳ねた。
けれど、執務室に入ってきたのがリュカとわかって、必死に平静を装う。
「おはようございます、ヨルンさん。こんにちは、リュカさん」
「やあ」
軽く言うと、リュカはユウリの向かいのソファに腰掛けた。
いつもの鬱陶しいくらいの態度が嘘のように素っ気ないリュカに、戸惑う。
「レ、レヴィさんがいらっしゃらないなら、私がお茶、淹れましょうか」
「ん、別に良いよ。直ぐに出るから」
「ユウリ。お茶、淹れるなら俺にも頂戴」
「あ、はい!」
いつもと違う空気に気づいていないのか、ヨルンは眠たげな目を擦りながら、欠伸をした。
居心地の悪さを払拭するように、ユウリはバタバタと準備を始め、レヴィに教えられたことを思い出しながら、先週彼が仕入れたという新茶を振る舞う。
一応要らないと言っていたリュカの前にもカップを置くと、彼は苦笑しながらもお礼を言い、ユウリの緊張が少し解れた。
(あ、完全に避けられている訳ではないんだ)
余計なことを言ってリュカの古傷を抉ってしまったせいで、もういつもの様には接してもらえないかもしれないと心配していた。
胸を撫で下ろしていたのを見て、ヨルンが不思議そうな顔でユウリを覗き込む。
「ユウリ、大丈夫?」
「あ、大丈夫ですよ。お茶、ちゃんと淹れられてると良いんですけど……」
語尾がフェードアウトしていくユウリの横に、ヨルンは腰を下ろした。
え、と見上げた彼女を、いつもの様に外套で包んで、頭を撫でる。
「上手に出来てるよ」
「あ、ありがとうございます」
「本当にユウリは、努力家だねぇ」
と言いつつ、髪に頰を擦り寄せるヨルンに、ユウリの心臓は早鐘を打っていた。
(褒めてくれるのは嬉しいけど、近い!)
多分赤くなっているであろう頰を意識しない様に、ティーカップを口元に運ぼうとしたユウリの耳に、は、というリュカの嘲笑の様な呟きが聞こえる。
驚いてそちらを見ると、彼は指先で自身の長い前髪を弄んでいた。
「ヨルンはさ、それ、わざと? それとも、本気で気付いてないの?」
「リュカさん?」
リュカの表情は、いつものニヤニヤとした不敵なものだったが、ユウリは彼の目が全く笑っていないように見える。
「わざとなら、すんごく性格悪いよね」
「え、何、リュカ。怒ってる?」
「本気で気付いてないのも、それはそれで、ユウリが可哀想」
「ちょ、リュカさん、何言ってるんですか?」
慌てて止めようとするユウリをちらりと見て、リュカは溜息を吐いた。
「ユウリも、ユウリだよ。いつまでそれに甘んじてるの」
「え? ユウリ?」
「い、いいんです! ヨルンさんは気にしないで!」
暖かさに心を埋めて考えないようにしていた感情を、ヨルンに気取られたくなくて、ユウリはぶんぶんと首を振る。そして同時に、何故リュカがそんなに苛立っているのか、よくわからなくて不安になった。
頼り甘えるという行為は、ユウリにとって、ずっと未知のものだった。何の記憶もない異端の幼子は、周りの人間の顔色を伺い、決して弱味を見せず、常に溶け込もうと必死で、誰かに無条件に受け入れてもらうということを知らなかった。
けれど、シーヴとグンナルとの日々とその心地よさを思い出してしまうと、それをずっと渇望していたことを思い知らされた。
だから、手放しで甘やかして包み込んでくれるヨルンに抱く感情は、それと同じものだと思い込もうとしたのだ。
ユウリの頭を撫でる大きな手や、優しく細められる銀の双眸、穏やかな低音で呼ばれる自分の名前。
それらを想像すると、胸の奥がぎゅうっとして、直ぐにでもその温もりを感じたくなって、切なくなるのは、シーヴやグンナルを思うそれとは、少し違っていたというのに。
ヨルンが優しくしてくれる度、その感情はユウリの中でどんどんと大きくなっていき、もっともっとと求めてしまう。その先に何があるのかわからないのに、それを欲する自分が怖くて、ユウリはずっと目を背けていた。
ユウリはふと、リュカの視線がどこか寂しげで、それでいて、ひどく何かに怯えているような光を孕んでいることに気付く。
それで、彼が何に苛立っているのか、何となくわかってしまった。
「リュカさん。私は、ヨルンさんの優しさに救われていますよ」
「え?」
「そ、そりゃあ、ちょっとは、ホラ、挙動不審になったりしますけど、それはやっぱり嬉しくて、でも、それをどう言っていいかわからなくて」
いくら彼が鈍いと言っても、直接的な言葉をヨルンの目の前で言うことは流石に憚られるが、ユウリは精一杯、リュカに伝えようとする。
それを感じているのか、ヨルンはただ黙ってユウリの頭を撫でた。
「私は、例え失くしてしまうとしても、また傷ついてしまうかもしれないとしても、全部捨ててしまうことは出来ないです。だって、幸せな時間を知ってしまったから。もしかしたら、裏切られたり、悲しい思いをするかもしれません。でも、私が自分の誠実さを忘れなければ、その幸せな過去が嘘になることはないと思います」
ユウリの言葉に、リュカは一瞬驚いたように瞠目する。
「何、それ? 同情かなんか?」
「違います!」
「リュカ、どうしちゃったの? 俺とユウリが、何かした?」
「別に。綺麗事だらけだなって、思っただけ」
プイとそっぽを向いたリュカは、少なからず動揺していた。
あれ程までに愛した女性はいなかった。
クリスティーナがそこにいるだけでとてつもなく幸せで、彼女の澄んだ鈴のような声音が耳をくすぐるだけで満たされた。
魂を引き裂かれたかのような別れの時ですら、思い出されるのは自分に向けられる輝かんばかりの笑顔と柔らかに名前を呼ぶ声。
あの手紙を受け取った時、リュカは、ヴァネッサに零した通り、心から安堵していた。
あの笑顔が失われたわけではないと、どこか遠くで彼女は幸せなのだと、怒りや焦燥よりも先に、何よりもホッとしたのだ。
その姿を二度と目にすることはないという絶望すら、忘れていた。
けれど、心の奥に未だ燻る熱を見ないように、リュカは全てを投げ出してしまった。そこに想いを馳せることは、同時に、酷い喪失感をも呼び起こす。だから、何者にも執着したくないし、されたくもない。誰しもその眼差しの奥に打算が見え隠れしている気がして、嫌でもその先にあるかもしれない心変わりを想像してしまう。
それなのに、《始まりの魔女》として現れたユウリは、真っ直ぐにリュカを射抜いてきた。
あらゆる物事を支配しても有り余る魔力を持ちながらも、まるで裏表のない純真無垢な視線。
どんな逆境でも自ら立ち上がり、闘う姿。
人を信じて、疑わない強さ。
いつもと同じように、揶揄って苛めて弄んでしまえばいいと思った。
けれど、怒りながらも、呆れながらも、彼女はリュカの心情を推し量ろうとしていた。
地位や名誉なんて目にもくれず、リュカをリュカとして、向き合っていた。
彼女も喪くしてしまった大切なものがあるはずなのに、凛として前向きで、再び大切な人を作ることすら恐れていなかった。
だから、柄にもなく、感情が揺れた。
嘘をつくことなんて、隠すことなんて、造作もないことだったのに、ユウリの前ではそれらが全て剥ぎ取られてしまったかのように、苛立ったり、喜んだり、切なくなったり、自分の感情に引っ張られる。
ヨルンに対する苛立ちだって、基を質せば、ただの嫉妬だ。
少なからず、リュカはユウリを慕っていた。
暖かい感情を思い出せそうで、揶揄いながらも、その純粋な反応に癒されていたのだ。
けれど、当の本人の好意は、自分ではない誰かに向けられている。
例えそれが報われなくても良いというように、ただ寄り添い、見つめて、一挙手一投足に一喜一憂するその様は、まるであの日の自分のようで、馬鹿馬鹿しいという思いの裏で、チリチリと焦げる胸の奥が酷く煩わしかった。
そして、ユウリに心を許しかけた自分への自虐と八つ当たり。
それを、ユウリは悟り、何と言った?
——自分の誠実さを忘れなければ、その幸せな過去が嘘になることはない
まるで、断罪だ。
今まで不誠実に生きてきた自分自身が、あの幸せだった感情をも否定し、自らを苦しめているのだと。
失われたとしても、その時の幸福は、真実ではなかったのかと。
後ろ手に執務室の扉を閉めて、リュカは自嘲する。
(ざまあない)
《始まりの魔女》であっても、魔力が桁外れなただの少女。
どんなにクリスティーナに似ていると言っても、彼女ではない。
それなのに、どうしてここまで揺さぶられるのか。
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