異世界の魔女と四大王国 〜始まりの魔法と真実の歴史〜

祐*

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第六章 学園カウンシル

6-12. 月下の緋色

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 夜遅くに、リュカの居室の扉が乱暴に叩かれる。
 使用人から呼ばれて、リュカは嫌々ながらも廊下に出ると、その真夜中の訪問者をじろりと睨め付けた。

「何、フォン。俺、そろそろシャワーでも浴びようかと……」
「夜分にすみません。親衛隊の皆様が、下に」
「へえ。君は、いつの間に彼女達のお使いになったんだい?」

 リュカの冷たい声にも動じずに、様子がおかしいようなのでお呼びしました、とカウンシル塔の警備責任者であるフォンは告げる。

「……仕方ないなぁ」

 親衛隊は、解散したのだ——ただし、自分勝手に一方的に。
 不満が出るのも仕方のない事なのだろう。
 けれど、リュカは彼女達を再び側に置く気はない。

(文句ぐらい、聞いてあげるか)

 わざとゆっくりと階段を降りていき、『ゲート』を抜ける。
 数人固まっていた女生徒達がそれに気付き、わっと駆け寄ってきた。

「リュカ様! リュカ様!」
「もう、君達、言っただろう。俺はもう誰とも……」

 言いかけて、違和感に気付く。
 親衛隊長だったサーシャの顔色が酷く白い。心なしか、他の娘達も怯えたような顔をしている。

「何があった」
「リュカ様、申し訳ありません。わたくし……!」
「何があった!」

 力任せに肩を掴むリュカに、サーシャは唇を震わせ、ぼろぼろと泣き出す。
 彼女は、包み隠さず自分のした事を話した。
 他の親衛隊員達も、ユウリに渡したメモの写しを見せる。
 行商人から買ったものや、その後の計画まで全て話し終えた彼女達に、リュカは絶句した。

「見返したかったんです! でも、まさか、あんな」
「仔猫ちゃん……」

 ——俺を、助けに行っただって?

「なんて、馬鹿な事を……」
「ごめんなさい! 許してくださいませ!」

 泣き崩れるサーシャの声は、リュカの耳に入らない。

 彼女が買ったという、が入った小瓶。
 それが関わってきたとき、迫った危機。

 彼女達をそこに残したまま、リュカは駆け出した。

「くそっ、バイコーンか」

 暗い雲の隙間から、ぼんやりとした月光が不気味に辺りを照らしている。
 飛行魔法を詠唱して、リュカは全速で北まで進んでいった。

「どこだ……」

 学園の北門の外、街道から外れてすぐにある大昔の教会の遺跡。
 そこへ降り立ち、ぐるりと見回す。
 メモに示唆されていた場所はこの辺りのはずだが、そこは静寂に包まれていた。
 焦りを打ち消すように、リュカは周辺に手をかざして詠唱し、僅かな魔法痕を読み取る。

(あそこか……!)

 朽ちた遺跡の奥、いくつかの大柱がある場所に向かって、痕跡が濃くなっていた。
 近づくにつれ、金属のような、生臭いような、不快な臭いが鼻をつく。
 月明かりに照らされた深藍色の空間の中程に、べったりとした緋色を認めて、背筋に冷たいものが走った。
 短い詠唱の後、一気に跳躍して距離を詰める。

「……ユウリッ」

 血溜まりの中、遺跡の残骸に身を預けて俯いていた身体を抱き止めると、紙のように白い頰に影を落とす睫毛が揺れた。

「リュ……カ……さん」
「喋るなッ」

 ユウリの胸元を開き、機械時計がそこにあることを確かめる。血濡れた身体に触れて怪我の箇所を調べていたリュカの手は、ぞくりとして彼女の脇腹あたりで止まった。
 弾かれたように複雑な上級治癒魔法の詠唱を始めながら、溢れ出るものを左手で押さえる。

「よかっ……無事……」

 荒い息の中で微笑まれて、限界まで眉根を寄せた。

(なんで、この子はこんな)

 ——自分なんかに構わなければ
 ——拒絶していればよいものを
 ——何故こうも誠実であろうとするのか

 二度目の詠唱を終えるも、信じたくないほど早い間隔で溢れるものは止まらない。
 考えるより先に素早く詠唱し、伝達魔法で作り上げた鳩を飛ばす。

(先ずは、この傷をどうにかしないと)

 指の隙間から零れ落ちていく少女の生命を、何とか繋ぎ止めたい。——繋ぎ止めなければならない。

 既に意識を手放してしまったユウリの傍らで、リュカが何度目かの詠唱を始めた頃、幾つもの人影が上空に現れ、勢いよく降下してくる。

「リュカ!」

 伝達鳩を受け取ったカウンシルの面々が、二人の側に降り立った。
 それには見向きもせず、リュカは肩で息をしながら呪文を続ける。
 他の四人も、リュカの腕の中にある紅く染まった身体がユウリだと気付き、駆け寄った。

「リュカ、診せて」

 飛行魔法の後に最高位の治癒魔法を何度も打ち、リュカの魔力が尽きかけている。それを悟ったヨルンが、半ば強引にユウリの身体を受け取った。
 脇腹の傷は歪ながらも塞がっているのに、腕から伝わる冷たさにゾッとする。
 辛うじて動いている心臓を確認してほっとするが、誰がどう見ても予断を許さない状況だ。

「レヴィ、至急戻ってオットー先生を」
「はい」
「ロッシ、転送魔法の準備」

 言い終わる前に、ロッシは素早く魔法陣を描き始める。

「ユージンはリュカの回復を優先」

 詠唱の後大きく息を吸い込み、直接生命力と魔力を注ぎ込むために、ヨルンは色を失った唇に口づける。呆然とそれを眺めるリュカが、ぽつりと呟いた。

「俺の、せいだ」

(あの子がもし)

「ユウリが、死んでしまったら……俺は……」
「リュカ」

 咎めるような苛立ったような声音で、ユージンが止める。

「今は、そうならないよう動くことが優先だ」

 完成したロッシの魔法陣に半ば引きずるようにリュカを入れ、ヨルンの外套に包まれたユウリとともに学園へ戻るべく、詠唱を開始した。
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