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第七章 ユウリとヨルン
7-3. ユージンの兄
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「ユウリ! ここよ」
講義室の扉が閉まる寸前に駆け込んできたユウリに、ナディアは確保していた席から手を振る。
「あああ、ナディア、ごめん! 流石に座学と実技二連ちゃんは厳しかったかも」
「でも、間に合ったじゃないの」
「めっちゃ走ったもん」
ハンカチで汗を拭いながら、ユウリはナディアの隣に腰掛ける。その隣に男子生徒が立ち、ユウリに軽く会釈した。
「ここ、いいかな?」
「あ、はい。どうぞ」
「まあ、ウェズ様。御機嫌よう」
その男子生徒へ挨拶したナディアの上流階級な振る舞いに、ユウリは少し驚く。
「ナディアってば、そうやってれば、ただの美少女なのに」
「あら。ただの、ではダメでしょう? 親友のユウリを世界一愛している美少女じゃないと」
「今! 自分で美少女って言った!」
「ふふふ」
笑い声が聞こえて、慌ててユウリは隣に謝罪する。
「ご、ごめんなさい。うるさいですよね」
ふと、その男子生徒の容姿が目に留まった。
襟足だけ伸ばした紺色の髪を束ね、切れ長の紺の瞳が楽しそうに弧を描いている。その色は、ユウリのよく知る誰かを想像した。
「えっと、ウェズさんって、もしかして」
「上級Aクラス、ガイア王国第一王子ウェズ=バストホルムです。よろしく」
「あ、やっぱりユージンさんの……!」
「よろしくね、ユウリちゃん」
「よろしくお願いします……て、え、私の名前」
「弟から聞いたよ。今世紀最大に手のかかる《奨学生》だって」
くすりと笑われて、ユウリは真っ赤になる。
「こちらこそ、弟さんにはお世話になっておりまして……」
お世話、というか、常に拳骨をもらうほど迷惑をかけていることを思い出して、ユウリの言葉は尻すぼみになる。
それを気にした様子もなく、ウェズは面白そうに瞳をくるくるさせた。
「ふふ、冗談、冗談。むしろ、俺こそ、今世紀最大に手のかかる第一王子だよね」
(あ、そこ笑っちゃうんだ)
以前ナディアに聞いていたように、ウェズは、ユージンが次期王位継承者であることに、あまり関心がないようだった。むしろ、彼自身が自分の実力の低さを笑い飛ばしているようにも見える。
ナディアの肘に脇腹を突かれて、ユウリは慌てていつの間にか始まっていた講義に目を向けた。
「……そういったわけで、本日は土魔法と光魔法の組み合わせを実施します。このように組み合わせた魔法でも、単独の属性魔法同様、基本である魔法がいくつかあります。何だかわかりますか? ええっと、じゃあ、バストホルム君、お願いできるかな」
「……はい。成長促進魔法です」
「それ以外に、何かないかね?」
「……」
「はあ。では、他の……」
質問自体は、そう難しくない。初級の座学でも習う組み合わせ魔法で、ユウリでさえあと幾つか答えられるのに、当てられたウェズは、投げやるように一言だけ答え、教師の質問にも沈黙しながら、教科書に目を落としている。
調子でも悪いのか、と覗き込もうとしたユウリは、ナディアに袖を引かれる。
何を、と聞こうとして、周りの生徒がコソコソと話すのが耳に入った。
「出た、ウェズ様の必殺『黙秘』」
「ちぇっ、ほんとヤル気ないなら、講義出なきゃいいのに」
「点数ギリで必須単位だけ取って、上級居座ってんだよ」
噂話から、ウェズが講義で発言しないのは、珍しくないことらしいことがわかる。
「やっぱり、ユージン様とは全然違いますわね」
「あの方が第一王子でしたら、反感もなかったでしょうに」
「あ、あの!」
隣のナディアがぎょっとするが、ウェズの横顔が色を失くしたように見えて、ユウリは止められなかった。
「ん。何かね、ティエンル君」
「えっと、なんだか、体調が悪くなりまして……」
「おや、大丈夫かな? ええと、バストホルム君、答えないなら、彼女を連れて行って休ませてやってくれるかね」
「……はい」
困ったように溜息を吐くナディアに手を合わせから、ユウリはウェズとともに教室を後にする。
廊下を少し行くと談話室があり、ウェズは無言でユウリをそこへ座らせた。
「あの、余計なことしてごめんなさい」
聞くに耐え難い噂話に、思わず声を上げてしまったが、彼は気にしていなかったのかもしれない。何よりユウリが踏み込むべき問題でもないのに、お節介が過ぎたと自己嫌悪に陥る。
「えと……もう大丈夫なので」
「ありがとう」
「え?」
眉をハの字にして、困ったような、ともすれば泣き出しそうな笑顔で、ウェズはユウリを見ていた。
「俺、本当に勉強嫌いなんだ。ユウリちゃんが助けてくれて、サボるいい口実になったよ」
「た、助けるなんて、そんな」
「色々言われるのは、いつものことだから」
「そんなの、慣れることじゃないです!」
ウェズの発言に自分を重ねてしまって、思いがけず大きな声が出てしまい、ユウリは少し焦る。
「君は……強いんだね」
「む、無神経に、ごめんなさい」
「……」
「え?」
聞き返したユウリに、ウェズは弱弱しく微笑んだ。
「今度、ユージンと三人でお茶でもしようね」
「は、はい!」
「とりあえず、もう大丈夫みたいだから、俺は行くよ」
「ありがとうございました」
ぽん、と肩に手を置いてから談話室を出ていくウェズは、そのまま消えてしまいそうな印象を受ける。
(覇気の塊みたいなユージンさんと、本当に正反対な人だ)
柔弱なウェズの微笑みを思い浮かべて、ユウリは何故だか酷く切なくなった。
講義室の扉が閉まる寸前に駆け込んできたユウリに、ナディアは確保していた席から手を振る。
「あああ、ナディア、ごめん! 流石に座学と実技二連ちゃんは厳しかったかも」
「でも、間に合ったじゃないの」
「めっちゃ走ったもん」
ハンカチで汗を拭いながら、ユウリはナディアの隣に腰掛ける。その隣に男子生徒が立ち、ユウリに軽く会釈した。
「ここ、いいかな?」
「あ、はい。どうぞ」
「まあ、ウェズ様。御機嫌よう」
その男子生徒へ挨拶したナディアの上流階級な振る舞いに、ユウリは少し驚く。
「ナディアってば、そうやってれば、ただの美少女なのに」
「あら。ただの、ではダメでしょう? 親友のユウリを世界一愛している美少女じゃないと」
「今! 自分で美少女って言った!」
「ふふふ」
笑い声が聞こえて、慌ててユウリは隣に謝罪する。
「ご、ごめんなさい。うるさいですよね」
ふと、その男子生徒の容姿が目に留まった。
襟足だけ伸ばした紺色の髪を束ね、切れ長の紺の瞳が楽しそうに弧を描いている。その色は、ユウリのよく知る誰かを想像した。
「えっと、ウェズさんって、もしかして」
「上級Aクラス、ガイア王国第一王子ウェズ=バストホルムです。よろしく」
「あ、やっぱりユージンさんの……!」
「よろしくね、ユウリちゃん」
「よろしくお願いします……て、え、私の名前」
「弟から聞いたよ。今世紀最大に手のかかる《奨学生》だって」
くすりと笑われて、ユウリは真っ赤になる。
「こちらこそ、弟さんにはお世話になっておりまして……」
お世話、というか、常に拳骨をもらうほど迷惑をかけていることを思い出して、ユウリの言葉は尻すぼみになる。
それを気にした様子もなく、ウェズは面白そうに瞳をくるくるさせた。
「ふふ、冗談、冗談。むしろ、俺こそ、今世紀最大に手のかかる第一王子だよね」
(あ、そこ笑っちゃうんだ)
以前ナディアに聞いていたように、ウェズは、ユージンが次期王位継承者であることに、あまり関心がないようだった。むしろ、彼自身が自分の実力の低さを笑い飛ばしているようにも見える。
ナディアの肘に脇腹を突かれて、ユウリは慌てていつの間にか始まっていた講義に目を向けた。
「……そういったわけで、本日は土魔法と光魔法の組み合わせを実施します。このように組み合わせた魔法でも、単独の属性魔法同様、基本である魔法がいくつかあります。何だかわかりますか? ええっと、じゃあ、バストホルム君、お願いできるかな」
「……はい。成長促進魔法です」
「それ以外に、何かないかね?」
「……」
「はあ。では、他の……」
質問自体は、そう難しくない。初級の座学でも習う組み合わせ魔法で、ユウリでさえあと幾つか答えられるのに、当てられたウェズは、投げやるように一言だけ答え、教師の質問にも沈黙しながら、教科書に目を落としている。
調子でも悪いのか、と覗き込もうとしたユウリは、ナディアに袖を引かれる。
何を、と聞こうとして、周りの生徒がコソコソと話すのが耳に入った。
「出た、ウェズ様の必殺『黙秘』」
「ちぇっ、ほんとヤル気ないなら、講義出なきゃいいのに」
「点数ギリで必須単位だけ取って、上級居座ってんだよ」
噂話から、ウェズが講義で発言しないのは、珍しくないことらしいことがわかる。
「やっぱり、ユージン様とは全然違いますわね」
「あの方が第一王子でしたら、反感もなかったでしょうに」
「あ、あの!」
隣のナディアがぎょっとするが、ウェズの横顔が色を失くしたように見えて、ユウリは止められなかった。
「ん。何かね、ティエンル君」
「えっと、なんだか、体調が悪くなりまして……」
「おや、大丈夫かな? ええと、バストホルム君、答えないなら、彼女を連れて行って休ませてやってくれるかね」
「……はい」
困ったように溜息を吐くナディアに手を合わせから、ユウリはウェズとともに教室を後にする。
廊下を少し行くと談話室があり、ウェズは無言でユウリをそこへ座らせた。
「あの、余計なことしてごめんなさい」
聞くに耐え難い噂話に、思わず声を上げてしまったが、彼は気にしていなかったのかもしれない。何よりユウリが踏み込むべき問題でもないのに、お節介が過ぎたと自己嫌悪に陥る。
「えと……もう大丈夫なので」
「ありがとう」
「え?」
眉をハの字にして、困ったような、ともすれば泣き出しそうな笑顔で、ウェズはユウリを見ていた。
「俺、本当に勉強嫌いなんだ。ユウリちゃんが助けてくれて、サボるいい口実になったよ」
「た、助けるなんて、そんな」
「色々言われるのは、いつものことだから」
「そんなの、慣れることじゃないです!」
ウェズの発言に自分を重ねてしまって、思いがけず大きな声が出てしまい、ユウリは少し焦る。
「君は……強いんだね」
「む、無神経に、ごめんなさい」
「……」
「え?」
聞き返したユウリに、ウェズは弱弱しく微笑んだ。
「今度、ユージンと三人でお茶でもしようね」
「は、はい!」
「とりあえず、もう大丈夫みたいだから、俺は行くよ」
「ありがとうございました」
ぽん、と肩に手を置いてから談話室を出ていくウェズは、そのまま消えてしまいそうな印象を受ける。
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