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第九章 真実の歴史
9-2. 黒い噂
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「法皇」
「ああ、これはこれは。皆様お揃いでいらっしゃいますね」
「いや、まだ一人来ていない」
《北の大地》に創られた教会本部に、国王達が集まっていた。何故かそこに、フィニーランドの姿はない。
「実は……今日は御三方だけお呼び申し上げました」
「……どう言うこと?」
「パリア陛下、ガイア陛下、ノーラン陛下、どうぞこちらへ。幹部会が始まります」
怪訝な三人は、促されるままに席に着く。
厳しい表情の教会幹部達が、ヒソヒソと耳打ちをし合っているのが見え、何か余り良くないことが起こるようだとわかった。
苛ついた様子で、ノーランが口火を切る。
「法皇。いい加減、これはどういった集まりなのか、教えてくれるか」
「他でもない貴方方をお呼びしたのは……実しやかに囁かれる噂についてです」
「噂?」
「教会内部では勿論、居住区や《北の街》では、最早知らないものはいないでしょう」
法皇と呼ばれた壮年の男は、眉を顰めて、次に発する言葉を吟味しているようだった。
それを眺める一人の幹部が、吐き捨てるように呟く。
「グルではないのか」
「何のことだ」
「ガイア陛下は、フィニーランド陛下とは旧知の仲とか」
「だから、何を言っているんだ!」
立ち上がろうとしたガイアを制した法皇が放った言葉は、三人にとって、俄かには信じがたかった。
「《始まりの魔女》は、フィニーランド陛下と共謀して……世界を牛耳ろうとしていると」
「何だって!? 無礼な!」
パリアがテーブルに拳を叩きつける。ガイアは深く溜息をついて、法皇を見返した。
「何だってそんな噂が」
「あくまでも、噂です。《魔女》が、フィニーランド陛下を大層お気に召していることは、周知の事実。それを悪意を持って受け取るものがいる、ということもあり得ます」
法皇の言葉に、ノーランはちらりと先程の幹部を見る。フードから覗く金の髪に、その眼光が鋭くなった。
「なるほどな」
金の髪と瞳は、クタトリアの色だ。《魔女》が赦したその中に、彼女を陥れようとしている輩がいるのかもしれない。
ノーランの視線に気付いたその幹部は、顔を赤くして声を上げる。
「し、失礼な! 私は《魔女》に忠誠を誓った! 悪意があるわけではない!」
「では、何だというのだ」
「噂にしては、あまりに具体的ではないか!」
《始まりの魔女》はその魔力の全てをフィニーランド王に渡し、彼を最強の王として君臨させようとしている。
それが、噂の全貌だった。
「フィニーに限って、それはない」
「あの方は、そうでしょう。しかし」
「ああ、そうか」
相手は、《始まりの魔女》である。全ての人々に分け与えても有り余る魔力と、魔法の知識。加えて、《始まりの魔法》の脅威。
「《魔女》はフィニーを溺愛している。彼女が、あいつが最も嫌がることをするとは思えない」
ガイアは断言した。
あの日、庭園で見たはにかむ笑顔は、嘘偽りなかったと信じている。
「それでも、この話が噂として広まっている限り、何か手を打たないわけにはいきません」
「それは……そうだねぇ。どうしようか」
「簡単なことだ。《魔女》とフィニーに頼めばいい」
「ああ、そうだな。あの二人に直接否定してもらった方が、信憑性があるだろう」
どうだろうか、と提案する三人の王に、教会幹部会は満場一致で賛成した。
***
教会からの移動魔法陣を出て、三人は管理局へと向かう。
午後から《魔女》と王四人で、街道設備の話し合いが持たれる予定だったからだ。
そこで早速フィニーランドと彼女に打診しようと意見が一致する。
庭園の上空はどんよりと暗く、直ぐにぽつりぽつりと雫が落ちてきた。
「あれ、あそこにいるの、フィニーじゃない?」
パリアが指す方向に目を向けると、ロズマリアの花のアーチの下に人影が見える。
それに寄り添うように、一回り小さな影も見え、それが《始まりの魔女》だとわかる。
「しっ……何か様子が変だ」
いつもお互いに慈しむような視線を交わしている二人の表情が、今は何処か暗く悲痛で、声をかけることが躊躇われた。
しとしとと降り注ぐ小雨の中、《魔女》はフィニーランドの背中に手を回し、その頭を彼の胸に預けている。ぺったりと張り付いた黒髪の下の瞳は、雨粒のせいなのか濡れていて、それでも、真っ赤な唇は僅かに微笑んでいるようだった。
「……ね。だから、貴方に私の魔力全部を渡せば、出来るかもしれない。二人だけの秘密……」
「そんな危険な賭け……他の三人を裏切ることになっても、それでも《魔女》は良いの?」
「フィニーは?」
「俺は、貴女の望むことを叶えてあげたいけれど」
それは、何の算段だったのか。
三人の王達は、一人も言葉を紡げない。
教会で今しがた耳にした疑惑が、形のある棘となって三人に突き刺さった。
『《始まりの魔女》は、フィニーランド王と共謀して、世界を牛耳ろうとしていると』
「馬鹿な……」
「そんな……嘘だよね」
「……行くぞ」
茫然とするパリアとノーランを引き連れて、その瞳を怒りに燃やしたガイアは、教会への魔法陣を再発動していた。
「ああ、これはこれは。皆様お揃いでいらっしゃいますね」
「いや、まだ一人来ていない」
《北の大地》に創られた教会本部に、国王達が集まっていた。何故かそこに、フィニーランドの姿はない。
「実は……今日は御三方だけお呼び申し上げました」
「……どう言うこと?」
「パリア陛下、ガイア陛下、ノーラン陛下、どうぞこちらへ。幹部会が始まります」
怪訝な三人は、促されるままに席に着く。
厳しい表情の教会幹部達が、ヒソヒソと耳打ちをし合っているのが見え、何か余り良くないことが起こるようだとわかった。
苛ついた様子で、ノーランが口火を切る。
「法皇。いい加減、これはどういった集まりなのか、教えてくれるか」
「他でもない貴方方をお呼びしたのは……実しやかに囁かれる噂についてです」
「噂?」
「教会内部では勿論、居住区や《北の街》では、最早知らないものはいないでしょう」
法皇と呼ばれた壮年の男は、眉を顰めて、次に発する言葉を吟味しているようだった。
それを眺める一人の幹部が、吐き捨てるように呟く。
「グルではないのか」
「何のことだ」
「ガイア陛下は、フィニーランド陛下とは旧知の仲とか」
「だから、何を言っているんだ!」
立ち上がろうとしたガイアを制した法皇が放った言葉は、三人にとって、俄かには信じがたかった。
「《始まりの魔女》は、フィニーランド陛下と共謀して……世界を牛耳ろうとしていると」
「何だって!? 無礼な!」
パリアがテーブルに拳を叩きつける。ガイアは深く溜息をついて、法皇を見返した。
「何だってそんな噂が」
「あくまでも、噂です。《魔女》が、フィニーランド陛下を大層お気に召していることは、周知の事実。それを悪意を持って受け取るものがいる、ということもあり得ます」
法皇の言葉に、ノーランはちらりと先程の幹部を見る。フードから覗く金の髪に、その眼光が鋭くなった。
「なるほどな」
金の髪と瞳は、クタトリアの色だ。《魔女》が赦したその中に、彼女を陥れようとしている輩がいるのかもしれない。
ノーランの視線に気付いたその幹部は、顔を赤くして声を上げる。
「し、失礼な! 私は《魔女》に忠誠を誓った! 悪意があるわけではない!」
「では、何だというのだ」
「噂にしては、あまりに具体的ではないか!」
《始まりの魔女》はその魔力の全てをフィニーランド王に渡し、彼を最強の王として君臨させようとしている。
それが、噂の全貌だった。
「フィニーに限って、それはない」
「あの方は、そうでしょう。しかし」
「ああ、そうか」
相手は、《始まりの魔女》である。全ての人々に分け与えても有り余る魔力と、魔法の知識。加えて、《始まりの魔法》の脅威。
「《魔女》はフィニーを溺愛している。彼女が、あいつが最も嫌がることをするとは思えない」
ガイアは断言した。
あの日、庭園で見たはにかむ笑顔は、嘘偽りなかったと信じている。
「それでも、この話が噂として広まっている限り、何か手を打たないわけにはいきません」
「それは……そうだねぇ。どうしようか」
「簡単なことだ。《魔女》とフィニーに頼めばいい」
「ああ、そうだな。あの二人に直接否定してもらった方が、信憑性があるだろう」
どうだろうか、と提案する三人の王に、教会幹部会は満場一致で賛成した。
***
教会からの移動魔法陣を出て、三人は管理局へと向かう。
午後から《魔女》と王四人で、街道設備の話し合いが持たれる予定だったからだ。
そこで早速フィニーランドと彼女に打診しようと意見が一致する。
庭園の上空はどんよりと暗く、直ぐにぽつりぽつりと雫が落ちてきた。
「あれ、あそこにいるの、フィニーじゃない?」
パリアが指す方向に目を向けると、ロズマリアの花のアーチの下に人影が見える。
それに寄り添うように、一回り小さな影も見え、それが《始まりの魔女》だとわかる。
「しっ……何か様子が変だ」
いつもお互いに慈しむような視線を交わしている二人の表情が、今は何処か暗く悲痛で、声をかけることが躊躇われた。
しとしとと降り注ぐ小雨の中、《魔女》はフィニーランドの背中に手を回し、その頭を彼の胸に預けている。ぺったりと張り付いた黒髪の下の瞳は、雨粒のせいなのか濡れていて、それでも、真っ赤な唇は僅かに微笑んでいるようだった。
「……ね。だから、貴方に私の魔力全部を渡せば、出来るかもしれない。二人だけの秘密……」
「そんな危険な賭け……他の三人を裏切ることになっても、それでも《魔女》は良いの?」
「フィニーは?」
「俺は、貴女の望むことを叶えてあげたいけれど」
それは、何の算段だったのか。
三人の王達は、一人も言葉を紡げない。
教会で今しがた耳にした疑惑が、形のある棘となって三人に突き刺さった。
『《始まりの魔女》は、フィニーランド王と共謀して、世界を牛耳ろうとしていると』
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