瑞稀の季節

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御成街道

灯明台

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今度は社長のゴールキーパー抜きで、裏階段を2人で登った。
だから別に、22歳と18歳の健康でうら若き美人姉妹(笑)だから、この程度の勾配の石段を登る事に心配は要らないよ?
ウチの社長が変に心配性(小心者なだけだから心配症でも可)なだけだよ?

そのまま拝殿に前を横切ると、南北にも台形を描く境内の1番東北部分、少しずつ北に微高地になっていく高所にその灯台はある。

江戸時代は鐘を鳴らして場所を海の船に教えていたそうだけど、戊辰戦争で焼き尽くされた跡に西洋式灯台を建てた。
それが「船橋大神宮灯明台」。

その和洋折衷な不思議な、違和感だらけのくせに、なんともいかにも、日本風な灯台を2人して、外から見上げる。

姉妹2人して、大口を開けてやんの。
自分が間抜けヅラしている事に気がついたので、「私は横の人みたいな惚けた顔してませんでしたのよ」と言った体でカバンからデジカメを取り出した。
こっそり隣を見ると。
どこが美人姉妹だよ。

「……ねぇ理沙。何故、先生はこの灯台を取材して行かなかったのかしら。先生は''脇街道を歩く''と小さな歴史を紐付けていく意向が有るのよね。」
「うぅんとね。」

あぁもう。
文化財に指定されているから仕方ないけど、これ以上近寄れないし、写真の構図に変化がつけられてないじゃないか。
それでもなんとか、満足のいく写真が撮れた。

「私もこの企画の詰めに深く関わっていないから。社長自身、見切り発車って言ってるし。ただ、ここまでの社長の言動を思い返すと、多分テーマに沿っていないからだと思うな。」
「テーマ…。」

デジカメデータを再生して、不必要な灯台の写真を削除した。
これは社長が執筆する時に、必要だと思ったら見返してくれれば良いので、事務所に帰ったらサムネイルにして、この仕事用にまとめたデータにしておけば良い。

「社長はよく、ゴール地点をビジュアルで完成形として構築するの。昨日お姉ちゃんが見たアルバムだって、仕事を受けた時に最初から思いついてたんだって。」

雪が降る中を桜を舞い散らせる事と。
あの、真っ白なアルバムと。

「さっきの東照宮で社長が語った中で力の入ったキーワードは、徳川家康と秀忠の初代と2代の将軍様だけ。家光以降の残り13人は放ったらかしで、戊辰戦争の話でも慶喜は名前すら出してない。」
「ほうほう。」
「だからつまり、この御成街道が将軍家御用達だった時代に絞っているんだと思う。社長の話の中では、日本武尊から大久保利通まで選り取り見取りだっただけど、それじゃ焦点がボヤけちゃうじゃん。社長の頭の中では、この道路を下にい下にとかやってる大名行列が見えてるんだと思うの。」
「…それを、異性の歳上の思考を見抜きますかね。18歳の高校生が…。」

仕方ないじゃん。
わかっちゃうんだもん。


「……貴女、大学を卒業したらどうするの?」
「真面目な話。」
デジカメをしまって、灯台の前を離れた。
せっかくだから、社務所で御神籤と御朱印を買って行こう。
御朱印帳売ってるかな?

「割と本気で社長のとこに行くつもりだよ。」
「それは1人の女として?」
「社会人としても正式なマネジメント業がしたい。それが出来る配偶者に成れれば、それはそれで良さそうでしょ。」
「そっか。」

ええと、御朱印帳御朱印帳…。うわぁ、紺色の表紙に思い切り灯明台が書いてある。
御守りはなんにしようかな。
家内安全・子宝良縁、まぁ普通に学業成就だろうな。
ここら辺、変に生真面目で絶妙に洒落が通じない人だし。
パンフレットの由緒書きと、マスコット付きの御神籤を引いてみた。
中吉。
マスコットは小さなカエル。
無事帰るの掛け言葉は昔からだね。

「あ、大吉だ。」
「なぬ?」
「小さな恵比須様の人形が入っているわ。お財布に入れておきましょう。」

あぁ、なんか羨ましいな。
大したことじゃないんだけどね。

★  ★  ★

ついでだからまた階段を降りて、さっきの戊辰戦争の銃痕も写真に収める事にします。

「いいけど。使わないんでしょう?」
「お姉ちゃん、あの通りウチの社長は無駄知識の塊なの。調子に乗った時の社長をもっと乗らせるには、今日見てきた通り馬鹿な話を被せ続けないとならないの。だから私は、社長好みの役に立たない知識を脳味噌に刻み込むのさ。」

何しろスイッチが切れた社長は、ヒロの耳を触る事以外何もしなくなる。
本人的には問題なしって認識だけど、秘書としては色々インプットして欲しいし、アルバイトとはいえ勤め先にはお金をたくさん稼いで欲しいのも事実だ。

「勿体無いと思います。」
「そうかなぁ?」
これも秘書の仕事だと思うけど。
「勿体無いよ。これはね、編集者としての私と、姉としての私の意見ね。」
「?」
お姉ちゃんは何が言いたいのだろう。

「理沙、貴女も原稿を書きなさい。」
「はい?」

………


「''脇街道''は歴史の紀行文です。当然、執筆内容から弾かれた材料もたくさん出てきます。理沙がそれを『念の為』であっても細かく拾って行く事は、プロの編集者として情け無いけど、私にはその価値を把握し切れているとは言えないの。ただ通常ならば、※(米印)を打って別項か欄外に注釈を1~2行付けて済ませるところを、ネット記事なら写真付きのコラムを本文より長く書いても問題無いわよ。」

いや、本文より長い脚注とか無いでしょう。

「大丈夫。平井和正って言う昭和期の有名なSF作家が、本文の漫画エッセイより遥かに長い後書きを書いた事あるから。」
「滅茶苦茶です。」
「文字しかない世界では、なんでも有り、やったもん勝ちなのよ。理沙は土佐日記を知ってる?」
「…今で言うネカマの元祖よね。」
「そ。映像としてダイレクトに伝わってこない文字の世界だから、悪い言い方を敢えてすれば、人の脳を簡単に騙せるの。」

まさか船橋の道端で、姉と文学談義を始めるとは思わなんだよ。お姉ちゃん。

「モルグ街の殺人って読んだ事ある?」
「青空文庫でなら。」
「犯人をどう思った?」
「ふざけるな!かな?」
「そのふざけるな!を崩すのにミステリー作家は80年かかってるの。クロフツって作家が樽を書いて、日本だと松本清張が点と線を書くまでね。」
「…お姉ちゃんは何が言いたいの?」
「貴女、てにをはは大丈夫よね。」

そろそろ呆れ始めて飽き始めた私がおざなりに頷く。
戊辰戦争の跡も写真に収め終わったので、もうここには用がないぞぉ。

「貴女が御朱印を貰っている間に、編集部に話を通して見ました。さっき返答のLINEが帰って来ました。」
「ちょっと待て。待ち過ぎろ、馬鹿姉貴!」
「HP連載なら問題なし。書籍化の際は出来次第によって別冊付録の小冊子にしても構わない。」
「ああああ。」

そうだった。
即決即断!別の言い方をすれば大暴走!がウチのお姉ちゃんの特筆すべき欠点だった。

…そして、全く同じ欠点を私も抱えているから、今こうやって、春休みの初日に船橋の市街地を歩く羽目になっている訳で。
クソっ、こうなったら…

「デジカメのデータを消去したら、後日2人でまた来るだけよん。」 

バレてるし。
改めて同じ思考回路を持っている姉妹だ。

あとその、不二子よん的な語尾はなんだよ。
私に色気出されても意味はないぞ。
 
「貴女に色気が足りないから、貴女の先生が女子高生に欲情しないのではないかしら。」
「うるさいよ。あと、色気ムンムンの女子高生ってなんだよ。ウチの社長ヘタレだからな。ポメラニアンとうさぎ抱えて逃げ出すぞ。」
「なるほど、だから清純派で攻めると。」
「肉食女子とバレてるから、そう言った駆け引きはもう無駄な努力です。」
「実の妹が肉食獣だとか、引くわぁ。」
「あんたの何処を切り取ったら、草食の部分が出てくんねん!」

でんがなまんがな。
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