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しおりを挟むユネグレイス公爵領の紋章を掲げる馬車は王都にそびえる立派な城へと入って行く。
ふと行き先を聞いていなかったとリィアデルは、馬車の窓から外を覗き込んだ。しかし見えた景色に絶句し顔色を青くした。
「……城…?」
恐る恐るといった感じで小さく呟かれた声は、近くに控えていた侍女にすら聞こえていなかった。だが明らかに顔色を悪くした主人に気付いた侍女は気遣わしげにリィアデルを伺う。
気遣う侍女にすら気付かないまま、真っ青になったリィアデルはぶるりと震えて父が言っていた“婚約者”の存在に当たりをつける。
え? ナニ、嘘でしょう? まさか、“婚約者”が王子とか言わないわよね? ないない! ありえない! そうよ! 王子は王子でもこの国には第三王子までいたはず!! まさか私が、次期王太子妃なんてありえないわ!! ……ありえないわよね? 王太子妃教育なんて受けてないもの! そんな馬鹿げたこと国が許すはずないわ!!
蒼白な顔で百面相し始めた主人に、気遣わしげな視線を向けていた侍女は次第に慌て出す。そんなことも気付かずにリィアデルは考え込む。
あれ、でもお父様、よくやったって……言ってたわよね? あれは? どういう意味? あれよね!? 言葉のアヤよね?
「……リィアデルさま……リィアデルさま!」
思考の渦に囚われていたリィアデルを掬い上げたのは、意を決して声をかけた侍女だった。
「は、はい?」
声に飛び上がったリィアデルは、不安げな侍女を見て完全に自分の世界に入っていた事を知る。
「大丈夫でございますか? 目的地へ到着致しまたが…」
「ごめんなさい。気がつかなかったわ」
内心冷や汗ダラダラなのを貼り付けた笑顔で隠し、執事に迎えられつつぎこちない動きで馬車を出る。
こんな時に倒れられたらどんなにいいか。いっそのこと、婚約はドッキリでしたー! とかにならないかしら。
無駄な事と知りつつ現実逃避を試みるリィアデル。
城へと入れば待ち構えていたであろう担当官。げっそりしたリィアデルにきょとんと不思議そうな顔を浮かべつつもとてもいい笑顔でこちらです、と案内し始める。
「我が主人は、この良き日をとてもとても楽しみにしておりまして」
とてもを二回言った。第三王子までいる、第一王子な訳がない、そう自身に言い聞かせても嫌な予感しかせずガクガクブルブルしているリィアデルには、そのとてもが恐ろしいのだ。何でもいいから、帰らせてくれ。いっそのこと勘当してくれてもいい。お父様とお母様には悪いが、人目がなければそう言って逃げ出したい気分である。
そんなこととはつゆ知らず、担当官は得意げにそして幸せそうに話しを続けている。
「正式に婚約発表をする前に一目リィアデル様を見ておきたいと。ですから、私も驚きました! まさかあの何でも平均以上にこなして公務以外殆ど興味を示されなかった我が主人がこうして女性に興味を示されるなんて! と。」
この国の王子様方は、皆優秀だ。ほとんどのことをそつなくこなし、何でも期待される以上の結果を出す。リアルハイスペックチートといっても過言じゃない。
「陛下や王妃様も、即決でしたよ!! 王妃教育なんて後からでもできる! と言って、早く連れてこいと城内てんてこ舞いです。本当に嬉しい悲鳴ですよね!」
にこにことこれぞ至福とでも言いたそうな顔で、近況を話してくれる王子様の側近らしい担当官は、決して悪意がある訳ではない。……筈だ。
「こちらですね」
既に決定しているらしい未来の旦那様がいる部屋へとたどり着いた。
リィアデルには、そこが魔城のボスがいる部屋の扉にしか見えなかった。
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