TS聖女の悩みの種

ねこいかいち

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7 治療

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 宿へ戻り、昼食をとることにする。宿の前で店主さんがハムとレタスのサンドイッチにカップに入った茸のスープを用意してくれていた。

 手早く食べ終えれるメニューに感謝しつつ、口に放り込み、急いで広場へ戻る。そんな私を見て、セドル氏とグレイヴさんはやれやれと肩を落としていた。

 整理券を配布したとしても、やはり皆、並んで待っていた。椅子に腰掛け、今だ休憩中のセグル氏に代わり【探知】と【治癒】を同時に行っていく。今日中に追えて、何としてでもこの地区担当の聖女に一言言わねば気が済まない。

 その為には、探すことも兼ねて多くの村に行かねばならない。一つの村に長居は出来ない。せっせと【治癒】を施し、途中から参戦してくれたセグル氏と協力し治療を終えられたのは、夕刻を過ぎた頃だった。

「……また、時間がかかってしまいました」
「んなことねえって! お前さん、どんどん【治癒】の速度早くなってるぞ」

 背後に待機していたグレイヴにそう励まされ、作り笑いを浮べる。

 宿に戻り定期連絡とイトゥの村の惨状・行った工程を報告すると、疲れがどっと出てきた。連日歩き詰めで、村へ着けばすぐに治療を行う……思っていたよりも、ハードスケジュールだった。東地区の村はまだ、医療施設もきちんと備わっており楽だったのだと気が付く。

 今日のお風呂は止めておいて、明日、体をタオルで清めるだけでもいいだろうか……。睡魔に襲われている体はベッドから動けず、そのまま目を閉じてしまった。



 ハッと目を覚ました時、外は明るくなっていた。急いで体を清めねばと水を汲みに一階に向かうと、宿の店主がわざわざお湯を沸かしてくれていた。

 ご厚意に甘え、着替えを持ち脱衣所に向かうと衣服を床に落とし、拾い上げた服を麻袋に入れ浴室へと向かう。石鹸を泡立て、体の隅々を優しく擦っていく。シャンプーは髪の一本一本に染み込ませるように馴染ませていった。全ての泡を洗い流し、湯船に浸かる。

「はぁ……」

 思わず、気持ち良さに息が零れる。朝からお風呂を堪能するというのもいいものだ。

 さて、そろそろ上がろう。そう思い浴槽から立ち上がると、ガラリと浴室のドアが開いた。

「え?」
「は?」

 目が合い、互いに硬直する。思考も停止し、頭が真っ白になる。

 まさか、全裸でグレイヴと遭遇するとは思わなかった。互いに全てが見える状態。慌てて、浴槽の中にダイブした。

「わ、悪い! わざとじゃないんだよっ、本当だって! 稽古上がりに風呂を借りようとしただけで……」

 慌ててドアを閉め、ドアの向こう側でグレイヴが弁解している。となると、店主がわざわざお湯を沸かしていたのは、彼の為だったのかもしれない。

「と、取り敢えず私が先に出ます。出たら入れ替わりでこちらに入ってください」
「わ、わかった……」

 濡れたタオルを絞り、前だけでも隠してドアを開ける。恥ずかしさに、顔を上げることが出来ない。濡れたタオルは肌に張り付き、体のラインを浮き上がらせる。サッと隠せなかった背後が見えないように脱衣所に移動し、その隙に彼が浴室に入って行った。ドアが閉まり、床にへたり込んでしまう。

 お、大きかった……。何処が、とは言わないが、身長に見合った大きさで逞しかった。前世の自分とは、比べ物にならないくらいである。

 思い出さないように頭を振りつつ、急いで水滴を拭い着替えていく。彼が出てくる前に、部屋に戻らねば。



 部屋に戻り、地図を広げる。次はウルの街を通りこし、エッジの村だ。その前にウルに寄り、溜まった洗濯物をどうにかするのも考えるべきかもしれない。そこはグレイヴと相談になるが、果たして顔を直視できるだろうか……。だが、彼も洗濯物はあるだろうし、ウルへ寄っていくのが順当かもしれない。

 そんなことを考えていると、店主から食事の用意が出来たと声を掛けられる。彼には悪いが、先に食事をしておこうと、一階に下りて行った。いつの間にお風呂から上がったのか、グレイヴも席に付いていた。

「その……おはよう」
「お、おはようございます……」

 気まずい。物凄く、気まずい。互いに頬が紅潮し、顔を見合わせることが出来ない。

「さっきのは、その……事故ですので。気にしないようにしましょう」

 このままでは旅にも支障が出ると考え、先に言いだす。それに彼も「そ、そうだな……」と頷き、何とかなった。

 今日のイトゥでの朝食はライ麦の大きなパンに、肉と野菜の具沢山スープ、朝とったばかりというゆで卵。どれもとれたてという朝食は美味しく、思わず顔が綻んだ。



 宿の店主、そして村長に挨拶をし村を出ようとしていると、医療施設に行商人が来ていた。恐らく、先日のウルに連絡した薬や医療物資が届いたのだろう。本当に良かった。

 ホッとしつつ、私達はイトゥの村を出る。

「グレイヴさん、エッジによる前に、ウルに行きませんか?」
「ウル? 何かあったか?」
「洗濯ものを少々……」

 目を逸らし恥ずかし気に小さな声で話すと、納得したのか「それもそうだな」と了承してくれた。

 ウルはこの辺りでは大きな街だ。それ故、イトゥからウル、ウルからエッジには街道が整備されている。大きな街道だからか、そこには滅多に野盗も姿を現さない。

「俺も必需品を揃えたかったし」
「じゃあ、この道を真っすぐですね」

 ちなみに言うと、アイラトとイトゥで商売を行う人の多くは、首都ミダスとウルの街で商品を仕入れ、行商を行っている。

 それ程、ウルは大きな街であり、整備された街道と村道は重要な道にもなっているのだ。
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